御対面

 周りは念入りに確認したが、大丈夫みたいだ。避難していた人がほとんどだったようだ。最初に確認しているべきだったが、衝撃があったであろう天人とか、車の中にいるだろう、特にかぐや姫の方が気になる。


 かぐや姫、あなたさえ、無事なら僕の心には平和が訪れます。


 会ったことはなく、どんな姿なのか分からない人に思いを馳せた。そして、少しでも良く見て貰おうと、心配から震える体を治めるために深呼吸して言う。


「中の方は大丈夫ですか?」


 しかし、待ち望んだ瞬間は訪れなかった。中には王と思われる天人しかいない。かぐや姫がいない。どういう事だ。なぜかぐや姫は中にいないんだ。僕はまだ話に関わってほとんど経っていないはずだから、内容が変わっていることは考えられないのに。かぐや姫は中にいるはずなのに!


「かぐ」

「わっ!」

「うわっ!」

「あははっ、びっくりした?」


 後ろから急に声がし、驚き振り向いた瞬間僕は、あぁ、この人こそが僕が想っていた人なのだろうと分かった気がした。



 この世に男として生まれたならば、意識せずにはいられない絶世の美少女がそこにはいた。


 艶やかで、絹のようで、どこまでも変わることのない黒の髪に、日本人風に整った顔立ち、160程と思われるその躰には、着物の上からでも分かる、男なら目を固定される凹凸のくっきりしたラインがある。露わになっているその肌は薄く積もった柔らかい雪のようだ。そんなまさしく大和撫子を体現したかのような少女がこちらを上目遣いに見ていた。

 それは男に生まれた者全て、いや老若男女全ての思考を止めるには十分過ぎるほどの魅力だった。実際、その場の誰もが、息すらも止めその少女をただ見詰めていた。




 あれ?

 しばらく彼女を眺めていた僕はここで二つの違和感に気付いた。一つはすぐに分かったが、言語だ。古典的な口調になるはずだが、お互いに通じている。これはかぐや様が付けてくれたスキルだろう。

 しかし、それよりもかぐや姫の美しさが、竹取物語が書かれた時代とは遠く離れ、現代を生き、美の感覚が異なるはずの僕に美しいと感じさせることだ。もしかしたら、かぐや姫の美しさというのは現代よりだったが、それでもなお、当時の人々を魅了するには十分だったのではないだろうか。


「急に考え込んでどうしたの?」


 か、可愛い! 美しいとも言える。そんな風に覗かれたら嬉しすぎる~。表現出来ないよ。


「だ、大丈夫です!」

「そう? なら良し!   何はともあれ、助けてくれてありがとう!」

「い、あ、え、どどういたしまして!」


 呂律が回らない。僕の緊張に気付いているのか、かぐや姫は僕にやたら顔を近付けて話してくる。つい、背けたくなってしまう。


「あ、あの、かぐや姫はどんな罪を犯して地球に下りて来たんですか?」


 すると、急にかぐや姫は俯き、周囲の空気が濁り始めた。彼女がもたらすそれは、人間ではなし得ないものだった。

 

 彼女は腰に手を当て、胸を張ると


「えっへん! 私、まずね、自分でこの地に下りて来たんだ」

「えっ、えっ~!!!」


 今までの空気は一体どうしたというほどの切り替わり。そして、この物語の根底を揺るがす事態が判明。

 どこからか、聞き慣れたどっかの神様の声すら聞こえてきた。


 これは、元からなのか、それとも僕が関係しているのか。どっちなんだ? 誰も答えられないが、聞きたくなった。


「永遠とも言える命を持っている私たちに与えられた時間は物凄く長かったんだ。今は一度下界に下りた事で短くなっているんだけどね。月の世界にも街とかが広がっているのだけど、そこで友達と話している時に聞いてしまったんだ、下界って楽しいらしいと」


 それで下りて来たんだ。元々は罪を犯しただったけど、これからの竹取物語は下界に興味を持って自分自身でになるのかな。学者達が、月の王の求婚を断っただとか色んな予想をしたが、この予想を思い浮かべた人は多くはないだろう。


「連れ戻されそうになったけど、君が助けてくれたからまだここに残れる。ありがとう。私を救ってくれた君の名前は知りたいのだけど教えてくれないかな」

「宵冬春です!」

「そう。冬春くんは好きな女の子とかいるの?」


 急に聞かれた。どうしよう。自分でも動揺しているのが分かる。体内にあるはずの心臓の跳ねが外から耳を通って聞こえているみたいだ。

 

 自分が恋心を抱いていた人から好きな人の有無を聞かれたんだ。だったら、思い切って、言おう。


「かぐや姫さん、僕はあなたが好きです」


 付き合って下さいと言おうとしたが、この時代にそんな概念が存在するか迷い、言うのを止めた。というか、古典では顔を見せる=結婚するだと思ってたんだけど、天人には関係ないのかな?


「安直過ぎるかもしれいけど、一目惚れした、かな」


 頬を紅くさせ、照れ恥じらいながらそう言われた瞬間、『ずきゅん!』と僕の心を通り抜けた何かがあった。


「ぼ、僕は別の世界から来たけど、まだ時間があるのであなたと過ごしても良いですか?」

「うん、お父様達が許してくれれば」


 そう言ったかぐや姫が翁達の方を振り向くと、翁はえっ、何言ってると言いたそうな顔をしていたが、嫗と使用人の方たちが頷いてくれていた。きっと、翁は帝とかぐや姫が結ばれれば、安泰だとかいろいろと考えていたのだろう。


 かぐや姫は記憶を失ったから気付いていなかったけど、帝はどこにいるんだ?


 探してみると、さっき覆い被さっていた側近の人に背中をさすられ、慰められているように見える。これは僕が原因と言えないこともないな。でも、元を糺せば、羽衣とか大部分が天人にあるような。


「大丈夫そうだね! そうだ! 冬春くん、私のことはかぐやって呼び捨てにしてね!」

「か、かぐや…さん」


 頬を少し膨らませて、彼女はこっちを見ていた。うぅ、手汗が凄い。


「かぐや、これからよろしくね!」


 僕はこのよろしくねという言葉にいろいろな意味を含めて言った。一目惚れという言葉は相手をいい気持ちにこそするが、あなたの性格は見ていないよという宣言でもある。だから込めた、これからあなたに大好きだ、離れたくないと想ってもらえるよう努力しますと。


「うん」


 静かに呟いたかぐやは僕の方へ近付き優しく、一瞬だけのキスをした。


 いけてる高校生ではない僕が経験しているはずもなく、恐らくかぐやも経験していないキス。


 初めてのそれは、彼女の匂いと、柔らかい唇の余韻を残したのだった。

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