第8話 子供のような女性

いつものように仕事に行き、マンションに戻る。

生きる為に仕事をしている。

以前は違った。これでも周りから一目置かれる位は優秀だった。

優秀な・・・マネージャーだった。


腕が見込まれ、あの世界的に有名な女性歌手、ソラの専属マネージャーに

抜擢ばってきされた。


出会いは最悪だった。

「顔が怖い、もう疲れ切ってる。若い男の子だって期待してたのに」


開口一番の言葉がこれだった。


「元からこんな顔です」

俺は思わず不機嫌そうに彼女に向かい言ってしまう。


事務所からは笑顔で接する事。

絶対に何を言われても、不満は言わない事。

そう言われてたのに・・・。


俺は慌てて謝ろうとすると

「あはははっ!僕にそんな事言うの君くらいだよ。面白い、採用!」

お腹を抱えて彼女は、ソラは笑っていた。


それから彼女との関係が始まった。

彼女は言った。

「皆、僕の言う事なんでも聞くんだよ。嫌な事でも笑顔でさ。

 気持ち悪い。僕は歌手である前に人間だ。だから僕のマネージャーに

 なるんだったら条件がある。嫌な事は嫌と言う事。わかった?」


俺の額に指をつけ、意地悪そうに笑いながら彼女は言った。

今まで彼女のマネージャーがクビになっていた理由もわかった。


俺は彼女の要望通り、嫌な事は嫌という事にした。

でないとすぐ睨んだり、仕事を放り出したからだ。


「あ、あそこのクレープ食べたい」


「駄目です。さっきアイス食べたばかりです」


「え〜、もう消化したよ〜。僕はあれが食べたいの!」


「駄目です」


「あっそ、じゃあもう歌わない。もう帰って寝てやる」


「駄目です」


「僕の言う事が聞けないのか」


「聞けません」


「ぐぅ!この鬼、人でなし」


「はぁ〜、仕事終わりに買ってきます」


「本当!だから君は好きなんだよ、やった〜」


「そのあとジムに行ってもらいます」


「マジで?」

嬉しそうに上げた手のまま、彼女は固まった。


そんなやりとりが続いた。

本当に子供のような女性だった。


「♪〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

でも歌う時は別人だった。

特徴のある白い髪をなびかせどこまでも届きそうな声。

俺はいつの間にか魅入られていた。


彼女はとても綺麗だった。

それに積極的な女性だった。


「よし、一緒に住もう」


「は?」


「もう、マンションも契約してきたから」


「意味がわかりません」


「ん、僕たち付き合ってなかった?」

当たり前のように言う彼女。


「初耳です」


「そっか、じゃあ今言った」

そう言って彼女は笑った。


週刊誌に撮られた。

事務所に隠していた事がばれ、俺は首になりかけた。

その時も彼女は、やっぱり彼女らしかった。


「好きで何が悪いのさ、彼が僕のマネージャークビになるなら

 僕も歌手やめる。歌なんてどこでも歌えるんだから」


この言葉に事務所も困りなんとかクビは回避された。

テレビでの発言も大きかったろう。


「僕は自分の事で恥じる事なんて何もない」

笑顔で言う彼女に、マスコミも魅入られたようだ。

それからは世間からも好意的に見られるようになりますます人気に

なった。

体調管理は人一倍気を配っていた。

歌えなくなるのは嫌だと。

俺も全力でサポートした。



それなのに病気になった。

しかも治らないそうだ。


「神様が僕の歌を聴きたいらしい。チケット買えって言ってくんない?」

困ったような、でも泣かないように精一杯我慢しながら俺を見る彼女に

何も言ってあげれなかった。


世間では過密スケジュールなどと叩かれ、俺も一時は外出禁止になった。

でも彼女は、治療をしながら俺と過ごす時間を選んでくれた。

マンションでぐうたらしながらも楽しそうだった。


「今が一番幸せだね。僕は生まれてきてよかった」

そう俺の隣で言った。




長くは続かなかった。


「ごめんね。マンションは好きに使っていいからね」

体調が悪くなり、とうとう入院になった。


俺は毎日彼女に会いに行った。

面会時間ギリギリまで彼女のそばにいた。


彼女はそんな俺を困ったような笑顔で見ていた。


ある日、いつも笑顔の彼女が言った。

「君だけに言うね。ホントはね、嫌だ。死にたくなんかないっ!」


「やっと、やっと好きな人に会えたのに。何で僕なの、何で」

細くなった手で俺にしがみつき、声をあげ泣いていた。


俺は彼女に言った。


「ごめん、何もできなくてごめん、ごめん・・・」


彼女は何も言わず、泣き続けた。


彼女は死んだ。俺は事務所を辞めた。

今はただのサラリーマンだ。




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