エッセン市騒乱 その2

工房を出たゴロツキ達は、散り散りになっていたシオンの仲間達を集めるため、すぐに市内の捜索を始めた。


昼前だというのに、市所でバラバラになったメンバーだけでなくビットに暇を出されていた兵士まで、全員を例の工房に集めたのだから、その情報収集力は大したものだ。


「シオン様、ご無事で何よりです」

合流したティールはシオンの顔を見た瞬間そういった。

流石の彼も本気で心配してくれていたようだった。


「それで、私達を集めてくれた彼らは…?」

「彼らはエッセン市の職人の、弟子や子供達だよ」

シオンがそう言うと、

「そんなたいそうなもんじゃねえ。ただの負け犬だ。だけど、それも今日で終わりにする。俺たちだってこの街を荒らされて黙っていられるか!」

と、ゾーンが応える。

むろん、他のメンバーの士気も高い。


昼ご飯を食べた後、話題は詳細な作戦の立案の話になっていった。


「シオン様、何か作戦がありますか?」

「僕達の目的はエッセン市爵の救出と市所の制圧です。そのどちらにも私兵団がいるのは間違いないでしょう」

「私兵団は曲りなりにも正規の軍人です。そうなると、正面突破は難しいように思いますが?」


「そこで、まずは三つに部隊を分けます。囮部隊、市爵救出部隊、市所制圧部隊ですね。囮部隊には僕の振りをして貰い、出来るだけ私兵団を引き付けて貰います。次にエッセン市爵をこっそりと救出し、騒ぎになったところを市所制圧部隊で抑えるというわけです」

「なるほど… 当初の目的を果たしつつ、二重の囮で敵を削るわけですね」


ティーンが納得したその時、ずっと黙って聞いていたゾーンが口を開いた。

「ところで囮ってどうするんだ?」

「確かに、10歳の殿下に成りすますとなるとかなり小さい子供でなくては…」

シオンにとってもそれが問題だった。

見た目だけで言えばルークが一番近いのだが、彼女にそんな危険を冒す行為をしてもらうわけにはいかない。


「俺、やりましょうか…?」

端っこの方に座っていた少年が手を挙げた。

「俺、いっつも身長低くて馬鹿にされてたけど… でも、親父やこの街のために働きたいんだ!」

「背格好は似てるし、覚悟もあるようだ。シオン様、如何なさいますか?」

「そうだね。危険な役割になると思う。でも、頼んでもいいかな?」

「おう、任せとけ。これでも俺は15歳なんだぜ!」

「えぇっ!」

見た目以上すぎる実年齢に、ティーンもシオンも、周りの衛兵達ですら声を上げて驚いた。


そのあと、各部隊のメンバーに分かれて詳細な打ち合わせを行った。


囮部隊は、シオンの影武者と、衛兵二人。

エッセン市爵救出部隊は、ゾーン達とルークに任せることにした。

事前の情報から市所から少し離れたエッセン市爵の邸宅にいる事が分かったので、屋敷の内部に詳しいルークと怪しまれにくいゾーン達に任せることにしたのだ。


残りの衛兵達は、出来るだけばれないよう、近くの工房の中に潜み、ルーク達からの合図をもって市所に攻撃する事になった。

職人達も思うところがあったようで、ゾーン達の説得もあって、無事奇襲出来る場所を確保することに成功していた。

合図は色つきの信号弾を使う手筈となった。


「それでは作戦通りにいきましょう!」

シオンの号令と共に、エッセン市制圧作戦が開始された。




市所の近くでシオン達が見張っていると、急に私兵団の動きが慌ただしくなった。

どうやら囮作戦の方は成功したらしい。

「おい、お前らも急いで増援に行け。何としてもシオンを捕まえるんだ!」

私兵団団長のイェーガーが焦った様子で指示を出している。

「次はエッセン市爵の方ですが、どうなるでしょうか…」

「信じるしかないよ、ティール。合図を待とう」

シオンにはそう答えるしかなかった。


・・・あれからどれくらい経っただろうか。

シオンは何十時間も経ったような不思議な感覚に襲われていた。

外の様子を見張っていた衛兵に呼ばれたのは、そんな時だった。

「シオン様。信号弾です!ですが、あれは…」


ゾーンには信号弾として赤、青、黄色の三色を渡していた。

赤は失敗、青は成功。

そして黄色は予想外の事態が起こった時のものだったが…。


「黄色の信号弾です。どうしますか?」

衛兵達の視線がシオン一人に集まっている。

予想外の事態が良い意味なのか、悪い意味なのか、シオン達には判断できない。

だが、それでも・・・。


「全員で市所に突撃します! 皆さん、僕を信じてください!」

その言葉と同時に、ティールは一気に市所の前に飛び出して、見張りの兵士二人を一瞬で倒してしまった。

それを見た衛兵達が次々と工房から飛び出して、剣を抜き、市所へ駆け出した。

シオンも覚悟を決めて、飛び出していた。


「何事だ!状況を報告しろ!」

イェーガーの額には嫌な汗が流れていた。

確かに市所への攻撃は警戒していた。

だが、これほど大掛かりなものになるとは思っていなかったのだ。

シオンと思われる人物、エッセン市爵の邸宅に現れた怪しい集団。

それらに兵士を回した結果、市所の守備兵は少なくなっており、侵入してきた敵よりも数ではやや下回っていた。


「市爵の執務室には絶対に通すな。あそこには機密書類がいっぱいあるのだ」

そう周囲の兵士に指示を出しながら、証拠をもみ消すために、イェーガーは執務室へと向かう。

急いで階段を駆け上り、目の前に執務室が見えてきた、というところで足がもつれて廊下に倒れこむ。


イェーガーが見上げたその先にはティーンが血塗られた剣を握って立っていた。

瞬時にイェーガーは自分が殺されたのだと理解し、そこで意識は無くなった。

私兵団団長として腕前は確かだったが、ここ一年程全く剣を握らず金に溺れていたこと、目の前の証拠のもみ消しに気を取られていたこと、そして、ティーンの腕前が他よりも抜きんでいたこと。

市民を蔑ろにし、街を貪っていた男はたったの一振りで絶命したのだった。


シオン達が執務室へ入ると、そこには副市長であるレーマンが立っていた。

「逃げずにこの場に留まるとは、文官でありながら胆力は持っているようだ」

ティールが嫌味を言うが、レーマンは全く気にしていない様子だ。

「私だって命は惜しいですから、危なくなれば逃げますとも。ですが今回ばかりは私の方が上手だったようですね?」


レーマンがそう言うのと同時に、執務室に新手の兵士達が現れた。

「彼らは元々エッセン市にいた衛兵です。それと、エッセンの邸宅にイェーガーは兵を向かわせていましたが、私の命で戻るよう指示しました。貴方達はまさしく袋のネズミというわけです」

レーマンは不敵な笑みを浮かべていた。


「シオン様、敵の増援は我々の倍程の規模です。このままだと全滅の可能性も」

ティーンは外の様子を確認しながらそう言った。

「私としても使える兵士を無駄に失うのは心苦しいんですよ?ですからここは取引しませんか?」

「取引だと…?」

レーマンの急な提案にシオンの口調が強くなる。


「簡単なことです。貴方達が一生私の奴隷になるというのなら、他の兵士達は生かしておいてあげましょう。もちろん、この都市からは出させませんがね?」

そこまで言うとレーマンは大声で笑い始めた。

「何をさせましょうか…。そうだ!まずは私の靴でも舐めて貰いましょうかねえ?」


「シオン様に何という侮辱を…」

ティールは今にも襲い掛かりそうな勢いだ。


「・・・分かりました。本当にみんなの命は助けてくれるんですね?」

「えぇ、えぇ、勿論ですとも。貴方達が余計な真似をしない限りは、命だけは保証しましょう」

「シオン様…」

「さあ、分かったならこの誓約書にサインを」


そこにはレーマンへの永従を約束する旨が書かれていた。

誓約書の効力は絶対で、後で誤魔化すことは出来ない。

「申し訳ない、ティール」

シオンはそう言うしかなかった。


そして、シオンがペンを手に取り誓約書にサインをしようとしたその時。

ビュッという音と共に、血塗られた剣が誓約書を真っ二つに切り裂いた。

「貴様、何を・・・!」

レーマンも驚いた様子で、顔が赤く硬直している。


「ティール、なんてことをするんだ! これじゃあ犠牲者を増やすだけじゃ…」

「安心してください、シオン様」

ティールがそういうのと同時に、後ろにいたはずの敵の兵士達が一斉に倒れこんだ。

執務室には新手の兵士、そしてルークとゾーンも入ってきた。


「なんでここに!?」

「この人達が助けてくれたんだ」

そう言って、ゾーンが視線を向けた先にいたのは、筋肉隆々とした髭の濃いおじさんだった。


「シオン様、遅くなり申し訳ありません。私は、第三私兵団団長のドライグと申します」

「なぜ第三私兵団が此処にいるんだ…?」 

レーマンが困惑した顔で誰となく呟く。


その疑問に答えたのはティールだった。

「私がウォーカー侯爵の命で応援を呼んでいたのです。エッセン市爵領の惨状はすでに問題となっていたのですよ」

「くそ、何でこの私がこんな目に…」

その瞬間、レーマンの胸に矢が刺さり、胸から血が噴き出した。


その矢が飛んできた方向をみると、そこにはビットが立っていた。

「ウォーカー様に歯向かうなど、死をもってすら許されることではないが。ともかく叛逆者は始末しなければなりませんからね」

それだけ言い残してビットは執務室から出ていった…。


結局、第三私兵団の到着により、エッセン市は鎮圧され平和が戻った。

首謀者であるイェーガーとレーマンは共に死に、また執務室にあった書類からは不正の証拠は出てきても、他との繋がりを示す証拠は何も出てこなかった。

恐らく、シオン達が潜伏している間にビットが関連する書類を処分したのだろう。


「結局、僕は何も突き止めることが出来なかった」

騒乱の後処理が終わった後、シオンはそう呟いた。


「シオン様、そんな事ありませんわ」

そう言うとルークはあの舞踏会の時のようにシオンの手を引っ張って、市所の外に連れ出した。

そこにはワイワイと、どんちゃん騒ぎをする職人たちの姿があった。

まだ陽が出ているというのに酒を飲み、歌ったり踊ったりしている。


「ここにいる市民を守ったのは貴方です。ですからどうか、何も出来なかったなどと自分を否定するのは辞めてください。笑っている方が人生楽しいですから!」

「うん!ありがとう、ルーク」

シオンの目には大粒の涙があふれ出ていた。

けれど、その顔はエッセン市に来てから一番の笑顔だったと、ルークに聞かされるのはだいぶ先のことであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る