舞踏会
「いやー よくぞ来てくれました、シオン様」
と、手でゴマをすりながら、小太りの、身長の低い男が近寄ってきた。
口の周りに生えているちょび髭が印象的だが、丸々とした目といい、その暑そうな体型といい、ファスピア男爵に似ているような・・・
現世ではそこそこイケメンだったのに、俺もこうなるのかーと、鏡で見たシオンの顔を思い起こしつつ想像する。
案の定のかっこ悪さに、つい苦笑しそうになるところで、しきりに汗を拭くゲステ男爵の隣にいた、長身の男が話しかけてきた。
「こちらからお会いに行けず申し訳ありません。
何ぶん、我々はあのような辺鄙なところに行くことがないもので」
と、明らかな嫌味をぶつけてくるこの男は、ゲステ男爵の弟のビットだ。
ティールの事前説明によれば、このゲステ男爵領をウォーカーと共に発達させたのはビットの方であり、見識も深く、頭のキレる男らしい。
確かに、メガネをかけているせいか、頭が良さそうに見える。
だが、あくまでも貴族の伝統や尊厳を重んじ、家柄の差から、現正室派(つまりシオンの敵)の有力貴族の一人でもある。
「いえ、こちらこそ早くに伺おうと思っておりましたが、機に恵まれず、多忙でしたので」
そこまで言って一呼吸置くと、
「しかし、この街は活気のある分、物騒なことも多いようですね」
と、シオンは言った。
「それは、どういう意味でしょう?」
ビットの顔が少し赤みがかった気がする。
「文字通りですよ。今日街中を見回りましたが、衛兵に連行される市民が怒号を飛ばしていたり、一つ裏路地に行くと、ボロボロの服に身を包んだ浮浪者が何人も倒れていたり。治安が良いとは言えないのでは?」
この言い争いに、いつの間にか出席者たちも目を向けている。
その中心にいるビットの顔は、真っ赤に染まって、今にも湯気が出そうだ。
しかし、それでもなお貴族の矜持か、毅然とした態度で応じてくる。
「なるほど。ご指摘はもっともですが、人口が増えれば貧しい者や不正を働く者が増えるのも道理。私はかねてよりウォーカー様に、私兵軍の駐留を認めていただけるよう進言しているのですが、まだ良い返答を貰ってないのですよ。是非、シオン様からも進言していただければ、そのような問題も少なくなるかと」
なるほど、ゲステ男爵領を急成長させた実績は伊達じゃない、と思いながらも、
「治安維持の件は私が何とかします。なので私兵軍の駐留の話は、今後は一切持ち出さないように」
シオンは力強く答えた。
「それはつまり、失敗した時は責任を負うということですよ?」
「無論、その通りです。その覚悟が無ければ、私がここに来ることなどあり得ないですから」
一瞬の沈黙の後、
「まあまあ、今日は楽しい舞踏会ですから、施政のお話は明日以降にするということで。皆さんも今日という日を楽しんでください」
と、ゲステ男爵が言ったところで、またワイワイとした活気が会場に漂い始めた。
「シオン様、先ほどの堂々とした様はきっと良い結果に繋がりますよ」
と、ティールが嬉しそうに声をかける。
「ええ、そうなるといいですね」
と返したところで、シオンの元に、一人の少女が歩み寄ってきた。
「失礼します、シオン様。私、エッセン市爵の娘で、ルートと申します。是非とも、私と一曲踊っていただけませんか?」
隣でティールがニコニコしながら、
「練習の成果を見せる時ですね」
と、耳打ちする。
面白がってるな、こいつ!と、心の中で叫びながらも、断ることは出来ない(それは相手やその家を嫌いであることを意味する)ので、
「喜んで」
と、一言返して中央に進んだ。
それを待ていたかのように、オーケストラが新しい曲を演奏し始める。
練習のおかげか、何とか気楽に踊れるようになったところで、ふと曲に耳を傾けた。
・・・。
この曲どこかで聞いたことあるような・・・。
そこで、シオンだけでなく、東助の記憶も遡ると、すぐにその曲が甦ってきた。
たしか、チャイコフスキー作曲のくるみ割り人形だ。
でもなんで前世の曲がこんなところで・・・
「シオン様、少し二人きりでお話ししませんか?」
完全に曲に意識を向けていたシオンは、
「はい」
と、無意識に相槌を打ってしまった。
シオンが意識を目の前の少女に向けた時には、すでに右手を掴まれて、走り始めていた。
外は一転して静かな静寂に満ちている。
少し寒気がするのは冬が近いからだろう、虫の鳴き声もか弱く思える。
「シオン様、実はお願いがございます」
ルートは冬前の虫のようにか細い声でつぶやいた。
返事をした以上は、話を聞かなければならないだろう。
それに、踊るよりは話を聞く方がいい。
そう判断して、
「なんでしょう?」
と、シオンが聞き返すと、
「シオン様のおっしゃる通り、数年前からエッセン市でも治安が悪くなっており、わが父も心を痛めていました」
そこまで言うと、少女は俯きながら、さらに話を進める。
「そこで私兵軍の駐留を進言し、承認されたのですが、その私兵軍の長は街のごろつきと手を組んで、エッセン市を乗っ取ろうとしたのです」
「なぜ、そんなことに・・・」
「エッセン市は職人の街で、木工・加工技術に優れています。父はその技術を職人だけのものとしていました。しかし帝国の大商人は技術の占有だとし、不満を募らせていたのです」
「では、その大商人と私兵軍団長が協力してエッセン市を乗っ取ったと?」
「ええ・・・。そして、父は執務室に半ば幽閉され、副市長のレーマンが軍団長と共に治めるように」
少女は涙を堪えながら、そこまで話してくれた。
「その事を私の父上に言おうとはしなかったのですか?」
そのシオンに質問に対し、
「何度も何度も試そうとしましたが、いつも揉み潰されてしまって」
と答える。
「一体誰がそんなことを?」
「それは・・・ ビット様です。もしかするともっと上の方かもしれませんが、ビット様は確かに私に、『もしこのことを言えば、お前の父親がどんな目にあうか分かるな?』と申したのです。それ以来、私はどうする事も出来ませんでした。しかし、今日この舞踏会があると聞いて、エッセン市の者が誰もいないと不審がられると申して何とかお願いに参ったのです」
少女の激白は、予想を超えるものだった。
大商人、私兵軍団長、さらには中流貴族よりも上の者となると、首謀者は恐らく・・・。
だがもしこの場でビットを問いただしても証拠はない。
本当にこれが事実だとすれば、何としてでも解決しなければならない。
シオンはそう胸に誓った。
「・・・ルート。必ず私が、エッセン市爵を救い出します。あなたも協力してくれますか?」
「もちろんです。どうか父を、エッセン市民をお助け下さい!」
少女の目には、涙が溢れて、月に照らされ光っている。
だがその奥には強い意志が宿っているのが伝わった。
「これで涙を拭ってください。早く戻らないと疑われます」
と、シオンは笑顔でハンカチを渡す。
ルートはすぐに最初の無垢な笑顔に戻ると、
「ではダンスをしに戻りましょう」
と、また手を引っ張って走り始めた。
もう踊りたくない・・・、と内心思いつつも、その逞しい少女の姿に元気づけられ、シオンは舞踏会に戻っていった。
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