ゲステ男爵領
蜜柑の発見から、早2週間。
新しく育てる蜜柑の栽培地の確保や栽培方法の伝授等の、諸々の作業が終わりかけた頃、屋敷に一通の手紙が届いた。
それはゲステ男爵からの手紙だった。
新しく赴任するはずのシオンが挨拶に来ないため、耐えきれなくなって出したのだろう。
内容こそ、ゲステ男爵主催のパーティーへの招待状というものだが、ファスピア男爵領にずっと留まっていられては面目が立たない、というのが本音だと思う。
ど忘れしてた・・・ やっべー などど思いつつも、行かない訳には行かないので、早速参加の旨を送り、残った雑事をファスピア男爵に任せ(押し付け)、馬車に乗った。
ゴトンゴトンという、気持ちの良い音と共に馬車は道を進んでいた。
両脇には一面、小麦色の畑が広がっている。
そんな畑を突っ切るように、幅の広い道路が、ずっと先に見える町まで続いている。
道路は綺麗に舗装され、凹凸も少なく、移動も快適だ。
しかし、何故こんなにも整備されているのか・・・ という問いは、ティールが道中に教えてくれた。
そもそもゲステ男爵領はウォーカーの22領の中でも最も広い領地だ。
その上、ファスピア男爵領と同様に、山脈から流れてくる雪解け水の影響で土地が肥えており、主食である麦の栽培に適している。
帝国編入前は、中小国家が乱立し、争いの絶えない地域であったが、編入後は平和となったことで、格段に生産量が上がった。
そんなゲステ男爵領はウォーカーの治政の下、家畜を使った耕作方法を導入し、帝国一の農業生産額を誇っている。
そしてこの道路の舗装もウォーカーの治政の一環によるものだ。
出来るだけ移動を快適にすることで、家畜の負担を減らしたり、農作物を一回で大量に運べたり(揺れの少ない分、山盛りに積んでも作物が落ちない)するそうだ。
また、南の港市群と帝都を結ぶ主街道として、商人や軍の移動にも利用されている。
その結果、道中には宿場町と呼ばれる大きな町が形成され、その中心都市でゲステ男爵のいるハンブルは、一般の市爵領よりも規模が大きくなっている。
城門をくぐると、そこには活気あふれる街並みが広がっていた。
「うわ・・・ 凄いですね」
と、思わず声が漏れる。
「ここハンブルを南商都(サド・コメッチェン)と呼ぶ者も多いですから。しかし勿論、良いことばかりではないんですよ」
「そうなのですね? 例えば、どんなことが?」
と、矢継ぎ早に聞くが、
「まあ、まずは市場を見回ってからにしましょう」
というティールの提案と、ちょうどお昼時ということで、食べ歩きをすることになった。
「おーい、そこのお坊ちゃん。これを食べていかないかい?」
そう呼び止められ、シオンがお店を覗くと、何やら香ばしい香りがする。
「これは・・・ 南部の白肉詰ですね。肉に香草を練りこんで焼き上げるんです」
そう言われて、良く見ると、白く細長い肉の塊はやや三日月状に曲がっている。なるほど、現世でいうソーセージか・・・。
そう納得し、一本買ってかじってみる。
「あっつ・・・ でも美味しい!」
と、焼きたての肉をハフハフしながら食べ進める。
すぐに一本食べ終わったが、肉のジューシー感をもっと味わいたくなる。
脂っこくないのは、香草のおかげだろうか。
そんなシオンを見て、
「なりは貴族様みたいに見えるけど、食べっぷりは私らと変わんないね」
肉詰屋の女主人は嬉しそうに笑いながらそう言った。
「もう一本、おまけに上げるよ。この街を楽しんでいきな!」
気前のいい女主人の好意に甘え、もう一本(ちゃっかりティールも貰っていたが)もらい、またハフハフしながら食べ進めながら歩く。
すると今度は煌びやかに輝く、宝石屋が目に入ってきた。
「これほどまでに、色々な種類の宝石を見れるなんて、さすがは商都ですね」
と、その中でも一際黒い鉱石を手に取った。
「おお、目が高いね。普通なら周りの派手な石に目がいくんだがな」
中年のおじさんが、感心したようにこっちを見る。
「何か特別な石なのですか?」
「そいつはな、黒艶石だよ」
シオンが首を傾げながらティールの方を見ると、ティールは目を見開いて驚いている。
「黒艶石って・・・ こんなに純度の高い物があるんですか?」
「隣の兄ちゃんは分かってるね」
と、また感心したようにティールを見ると、
「黒艶石ってのは、割と多くの鉱山で発見されるんだ。だが、その多くは純黒色じゃない。何でか分かるか?」
と、シオンに対して質問する。
「えーっと、他の鉱物と混ざるから?」
答えるとおじさんは、うんうんと言わんばかりに何回も頷いた。
「黒艶石は他の鉱物と比べてかなり固い。が、生成過程で他の鉱物と混じりやすいんだな。当たり前だが、純度が下がると硬度も光度も下がる。だから、混合物の多い黒艶石はゴミ扱いされる」
そこで、シオンが持っている石を指さして、
「こういう純度の高い奴は貴重で高価なんだ」
と締めくくった。
「こんな純度の高い物、一体どこで・・・」
とのティールに質問に対し、
「そういう情報も商売のうちだぜ、兄ちゃん」
と、明言を避ける。
たしかに、このような公の場で聞くのは営業妨害にあたるだろうな、と納得したので、
「おじさん、この石を売ってください。それなら大丈夫でしょう?」
と、尋ねる。
「もちろんだ。けど、お金はあるのかい?」
そう言われたので、金貨の詰まった麻袋をドン、と置く。
一瞬、驚いていたが、
「なるほどな。見る目があるだけのことはある、気にいったぜ」
と納得したようで、黒艶石の宝石を購入し、再び歩き始めた。
数分も歩かないうちに、人が集まっている場所に到達した。
その中心からは、
「おい、離せ。このクソ野郎ども」
と罵声と怒号が響き渡っている。
一体何事かと思いつつ、人混みをかき分けると、何やら商人と思われる人物が衛兵に連行されようとしていた。
「一体何があったのですか?」
シオンは最前列にいた人に質問した。
「あの連行されている商人、どうやら許可証を持ってなかったらしくてね。昨日までは普通に営業出来たらしいけど、更新を忘れてたんだろうな」
その商人を一瞥すると、
「ま、どこでもよく見る光景さ。何せこの国の商売は、全て許可制だからね」
と言った。
商人はしばらく叫んでいたが、やがて衛兵に無理やり運ばれていった。
その場に平穏が戻ると、野次馬達も満足げにそれぞれ解散していく。
それを見つめながら、シオンはティールの道中の講義を思い出していた。
徴税は、地方自治に置いてもっとも重要な事柄だ。
そして現在、帝国の主要な税金は3つある。
1つ目は、土地税。
耕作地において、面積に応じて作物が接収されるという、もっともシンプルでどこの国でも採用されている税金。
ただし、この税金の税率は各領主(つまり、皇帝、上級貴族、下級貴族)が決めることができる。
農民達はこの三者に対して納税しなければならないので、裕福な生活を送れるものはいない。
2つめは、商業税。
これは街において商売を行う全ての者に対してかけられる税だ。
ただし税率は、品目毎に一律で皇帝(実際には中央官僚)によって決められている。
また、納税相手が、皇帝、下級貴族の二者であることも土地税との違いであり、納税相手が減る分、利益も増え、商人が裕福である原因になっている。
この商業税を徴収するために、商業者の人数や販売品を把握しなければならないというのは、必然なことであり、よって帝国では許可制という、商売を行う場合には許可を必要とする制度を整備し運用している。
この許可証の発行にもある程度のお金が必要となる。
3つめは、交通税。
その名の通り、関所や港でかけられる税金だ。
領土の境目にある関所や港の場合は、出る領土と入る領土の領主に、半分ずつ納税する義務が生じ、その税率は皇帝(宦官)によって定められている。
こちらも、皇帝、下級貴族の二者に納税義務が生じるが、上級貴族の許可証が有れば下級貴族に関しては納税する必要がない、という例外措置がある。
この許可証は上級貴族が治める全ての領土に関して有効なため、有力商人はこの制度を利用し、上級貴族の許可証を買うことで、自由に移動出来るようにしている。
なお、期限は一年間あるので、一年ごとに商人が買い、それが上級貴族の主要な収入源となり、商人との癒着も激しくなっているのが現状だ。
この3つの他にも、戦時緊急税や治安維持税といった、特別な税金もかけられているが、主な帝国の税金はこの3つだ。
そんな講義を思い出しながら、商売の許可制の生む弊害、つまり、持ってない者への厳しい処罰や新規加入の困難さを身に染みて感じていると、
そんなシオンを察したのか、
「これもまた、悪影響の一つです」
と、ティールは呟いた。
そして、
「もう少し奥に入ってみましょう」
と中心から離れた裏路地に向けて歩き始めた。
表の活気とは裏腹に、どこか犯罪都市めいた、嫌な雰囲気が流れている。
脇には、ボロボロの服を着て転がる貧困者も多くいる。
「この辺りは文字通り、貧民街と呼ばれています。ハンブルだけではなく、主要都市・・・ つまり、帝都でも同じような街は形成されています」
そこまで言うと、ティールは一つ質問を投げかけた。
「では何故、大都市には貧民街が存在し、地方の農村などには存在しないのか、分かりますか?」
確かに、田舎の農村は厳しい暮らしをしていた。
が、それでも家族と共に明るく生活をしていたし、ここの住民のように暗く沈んだ表情をするものもいない。
「・・・ 仕事がないから?」
「さすがですね、その通りです。地方では農業に従事するという仕事があります。しかし、ここにある仕事は商売をするという仕事だけ。その仕事をするにはお金を払って許可証を貰わなければなりませんが・・・」
そこまで聞いて、シオンは理解した。
要するに、商売で一旗揚げようと来たものの、早々にお金が無くなり、許可証を貰えず商売が出来ない。
またお金が無いので交通税も払えない。
結局は、街に居残り続けながら、卑しい仕事や犯罪を行って生活するしかない、という訳だ。
「今の制度は間違っている、そう思いますか?」
ほぼ無意識的に、シオンはティールに問いかけていた。
「それは、とても難しい問題です。確かに、ここに住まう人々は貧しいですが、その分、人が率先してやりたくない仕事を担っています。また、多くの平民がこういった者に成りたくないと、商売に励んだり、農業に励んだりしているのも事実です」
せめて、最低限の生活を保障出来れば・・・ と感じるも、今の自分にはどうすることも出来ないという実感が湧く。
いくら、前世の記憶を持ち、貴族の教育を受けていたとしても、最良の方策が思いつくとは限らないのだ。
「焦ることはありません。変えようとする意識が存在する限り、いつの日か変えることができます」
そう言って、ティールはシオンを励ました。
「さあ、そろそろ舞踏会の準備をしないと。荷物はすでに宿屋に運んでくれていますから」
・・・。
そういえば、そんなイベントもあったような・・・。
久しぶりに公の場所に出席するとあって、酷く怠く感じつつ、宿屋に向けての帰路に着いた。
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