第18話 私たちの縁結びはこれからだ!
その後、
「恵美子さん。ご両親には一度連絡しといたほうがええよ。可愛い娘が家出して、ひどく心配しとったみたいやから」
と、和樹は彼にしては最もなことを言い残していった。お腹が痛いのか、しきりに腹のあたりをさすって顔が青ざめていたのが心配だったが、恵美子は
もちろん、恵美子はその後の和樹の悲劇を知らない。
カフェーいなりを出て数分後に腹痛が本格的になった和樹は公衆便所を探したが、残念ながら銀座には北の端の京橋に一つ、南の端の新橋と土橋にそれぞれ一つずつしか便所がない。
広い銀座に公衆便所が三つだけ!
しかも、和樹は銀座の地理に詳しくない!
到底、便所を探し求めてさ迷っても、見つけ出せるはずがなかった!
「あ、あばばばば! 僕の便意の危険が危ないっ! どうしよう、どうしよう。カフェーいなりに戻って、便所を借りようか……。で、でも、恵美子さんに『う〇こもれそうだから、便所借してください!』なんて恥ずかしくて言えやんやん……。う、うわーん! もうあかーーーん!」
彼が結局どうなったかは、お食事中の読者様がいるといけないのでコメントは差し控えておこう。
* * *
和樹がカフェーいなりを去って一時間ほど経った、午後二時過ぎ。
お店にやって来るお客が少なくなってきたので、恵美子と望子、それに数人の女給たちは銭湯に出かけた。また忙しくなる夜の時間帯に向けて、体を綺麗さっぱり洗って英気を養うのである。
「恵美子さん。あの優柔不断野郎も言っていましたが、本当にご両親には連絡をしてあげてくださいね。あまり心配をかけるのは親不孝ですよ?」
「そうですね……。お父様に今住んでいる弁当屋『
「……恵美子さんのお父様って、恵美子さんに護身術を教えた方なのですよね? もしかして、恵美子さんよりも強いですか?」
「そりゃ、当然ですよ。私の師匠ですから」
「あっ、しばらく連絡しなくていいです。あなたよりもデンジャラスな人とお知り合いになんかなりたくありませんから」
「し、失敬な! 私の父は温厚な人ですよ⁉ 愛娘の私のことになると性格が豹変する困ったところはありますが……」
「そこが恐いんじゃないですか! 絶対に今の住所を教えちゃ駄目ですからね⁉」
「さっきと言っていることが違う……。というか、和樹さんに働いているお店の場所を知られたので、遅かれ早かれ銀座に来ると思いますけれどね」
「……あの優柔不断野郎。致死率の高い毒を入れておくべきでしたね……」
「え? 何か言いましたか?」
「いいえ、なーんにも!」
恵美子と望子は、仲間の女給たちから少し離れた場所で体をごしごし洗いながら、そんな会話をしていた。
ここは、
周りを見回すと、カフェーいなり店だけでなく、他のカフェー店の女給らしき女たちもたくさんいるようだ。彼女たちは、男前な客の噂話をしたり、チップをけちる客の悪口雑言を吐いたり、楽しそうにやっている。銀座のカフェーで勤める女給たちは、こうやって昼間の労働の疲れと汚れ、鬱憤を洗い流すのだ。
「今回は、私のシュークリームおみくじが大活躍でしたね! 私たちオリジナルの
「却下です(キッパリ)」
「え? ええーっ⁉ なぜ、なぜ、ホワーイ! 恵美子さんが『お洒落なお菓子がいい』と言っていたから、シュークリームにしたのに!」
「シュークリームの中に入っているおみくじがべっとべとになっていたではありませんか。シュークリームは辻占菓子には適していません。私がお洒落なお菓子を考えておくので、シュークリームおみくじはやめておきましょう」
「う、う、う……。しょぼ~ん……」
がっくりと肩を落とす、食物神兼縁結びの神。
ちなみに、オーナーの加奈子からは、
「食後に辻占菓子をお客さんに出すアイディア、いいわねぇ。恵美子ちゃんとモチちゃんに任せるから、面白い辻占菓子を考えておいてちょうだい」
と、すでに「銀座いなりの
「
「別に気にしなくていいですよ、あの無職の弟には決定権はないんですし。あいつ、盗賊の親分みたいな顔をしているわりに、とっても慎重な性格なんですよ。新しいサービスをやると聞いて、きっと不安なんでしょう。ほんと、図体がでかいだけの無能
「そ、そこまで言わなくても……。私は、東吾さんっていい人だと思いますよ? 東吾さんが『くよくよせずに前を向け』と励ましてくれたから、私は立ち直ることができたのです。昨年の震災で壊滅的な被害を受けたのに、新しく銀座の街を再興して必死に働き、カフェーで仲間たちと明るく笑っているみなさんを見ていたら、東吾さんの言う通りだなぁ~……って思いました。
高村光太郎という人が自費出版した『道程』という詩集に、こんな言葉がありました。『僕の前に道はない。僕の後ろに道は出来る』……。
幸せは、自らの力で開拓した道を歩いてこそ、見つけることができるのかも知れません。私、この銀座でしっかりと前を向いて歩いて行きます。誰かに幸せにしてもらうのではなく、自分の幸福を開拓してみせます!」
「おお、自分で自分の幸せを見つけると? それはいい心構えです! じゃあ、私の縁結びの力を借りる必要もありませんね! よかった、よかった。実は、責任重大で胃が痛くて痛くて、ずっと悩んで……」
「は? 神様、何を寝ぼけたことをおっしゃっているのです? 最初に交わした約束はちゃんと守ってもらわないと困りますよ」
「え……? だ、だって、さっき、『誰かに幸せにしてもらうのではなく、自分の幸福は自分で開拓する』と……」
「はい。私の力で、望子さん……いいえ、ウケモチノカミ様を立派な縁結びの神様にした後、ウケモチノカミ様に素敵な旦那様を見つけてもらうのです。……ほら、ちゃんと自力で幸せになれているじゃないですか!」
「それ、自力って言います⁉ 文学少女のくせして国語がおかしいですよ、あなた‼ ぜんぜん成長してないぃぃぃ‼」
「成長しているじゃないですか! もう自殺なんて考えないと心に決めたんですから!」
銭湯でぎゃあぎゃあと騒ぐ、かしましい乙女二人。他の女性客たちも好き勝手にペチャクチャと喋っているので、「やかましいわよ!」と
「よーし! がんばって、自分の力で(
ピカピカに体を洗った恵美子は、ガバッと立ち上がり、拳を振り上げてそう叫んだ。
「え、ええーい! もうこうなったら、ヤケクソです! わ……私も恋占いのおみくじでたくさんの人を縁結びして、
望子も立ち上がり、気合いを入れてバンザイした。大草原の小さな胸は微動だにしない。
「ハァ……。頭ノオカシイ人ガ、マタ一人増エタ……。ウチノ店、変人奇人バカリデ嫌ニナル……」
湯船につかっているスーニャが、恵美子と望子をジト目で睨みながら、独りそう呟くのであった。
かくして、縁結びのために大正末期の銀座を所狭しと駆け巡るでこぼこ(主に胸ね、胸)コンビが誕生したのである。
二人の
待て次回っ‼
第二幕につづく。……つづくよね?
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