第11話 ナイスなアイディア

 光はほんの十秒ほどで消えてしまったが、恵美子えみこは、


(やっぱり、この人は神様やったんや!)


 と感動を覚えていた。

 昨日見せられた「アイスクリームげろげろ~」に比べたら、見た目的なインパクトがぜんぜん違う。望子もちこが発したまばゆい輝きは、とても神々しかった。


 でも、さっきの光はいったい何だったのだろうか? これで「特に意味はない!」と言われたらずっこけてしまうが……。


「ウケモチノカミ様。さっきの光は何だったのですか?」


「人が近くにいる場所でウケモチノカミと呼ぶなと言っているではないですか。望子さんと呼びなさい。あなたは本当に人の話を聞かない子ですねぇ。……さっきも言ったでしょう? 稲藤いなふじ東吾とうごのまずい料理を美味しくするおまじないだと」


 人の話を聞かないのは望子も一緒なのだが、望子は自分のことは棚に上げて恵美子を叱った。


「東吾さんの料理、とても美味しかったですよ?」


「それは、私が一週間に一度、さっきのおまじないをかけているからですよ。食物神である私の霊力を浴びた厨房で調理したら、どんな料理下手でも一流の料理を作ることができるのです。えっへん」


 望子はまっ平らな胸を反らし、どやぁ~と自慢した。


 望子の語った内容によると、四年前に開業したカフェーいなりにはそれなりに腕のいい厨夫コックがいて、加奈子かなこ手作りのコーヒーはとても美味だったので客の評判は良好だったという。しかし、関東大震災でその厨夫が腕に重傷を負い、故郷に帰ってしまった。


 コーヒーを煎れるのは得意だが料理は下手な加奈子は大いに困り、新しい厨夫を探したのだが、震災後の銀座は続々とカフェーの新店が建った。銀座を数分歩いたら十数件のカフェーを目にするような群雄割拠のカフェー戦国時代が始まり、店のオーナーたちはこぞって女給や厨夫などの人材確保にいそしんでいた。


 頼りがいのある姐御肌あねごはだだけれどのーんびりとした性格の加奈子の元には、美しい女給たちが加奈子の人柄を頼ってたくさん集まっていたが、新しい厨夫探しには失敗してしまったのである。目ぼしい人材は他のカフェー店が雇っていたのだ。


「もうこうなったら、しょーがない! 無職の弟にやらせよう! あいつも私に似て不器用だけれど、真面目な性格だから、料理を勉強させたら意外と上達するかも知れないし!」


 というわけで、別に料理ができるわけでもない東吾が半ば強制的にカフェーいなりの厨夫をやらされることになったのである。


「な……何という適当な……」


 望子の話を聞いた恵美子は大いに呆れ、口の端をひくひくさせた。


「とーぜんですが、西洋料理の本を片手に稲藤東吾が作った料理はまずくてまずくて。私は、このお店のすぐ近くでまつられていますから、彼のゲロまずい料理を食べた客が発狂する声を一日に何十回も耳にしたものです」


「よくお店潰れませんでしたね……」


「はっはっはっ! そこで救いの女神ウケモチノカミちゃんの登場ですよ! 神社再興のために人間の少女に化けてお金儲けしようと志した私は、今にも潰れそうなカフェーいなりに女給として雇われ、食物神の加護をこの店の厨房に授けてあげたわけです。神社のすぐ近くのお店が潰れちゃったら、銀ブラしている人たちが豊代磐とよいわ神社の周辺に寄り付かなくなって私が困りますからね」


「なるほど。それで、このお店で働いていたのですか。……でも、唐突に料理が上手くなって、東吾さん本人や加奈子さん、お客さんたちは不審に思わなかったのでしょうか?」


「もちろん、驚きましたよ? 『俺、料理の才能があったんだな! 自分でも驚きだ!』『さすがは私の弟!』『人間、努力すれば何でもできるんだな! 明日もご飯食べにくるよ!』ってね。私がいくら『きっと、豊代磐神社の神様のご加護のおかげですよ!』と言っても、誰も話を聞いてはくれませんでしたが……」


 さっきまで鼻をフンフン鳴らしながら自分の力を自慢していた望子は、急にしょんぼりと肩を落とした。感情の起伏が激しい女神である。


「まあ、みなさんは東吾さんの努力の賜物たまものだと思っちゃいますよね……。でも、それだと、望子さんが人間のためにいくらがんばっても、みなさんは『神様のおかげだ』とは思わないのではないでしょうか?」


「え?」


「え? じゃないですよ。だって、そうでしょう?」


「い……言われてみたら、そうかも。私が恋に悩む男女に助言したり、くっつくお手伝いをしたりしても、明智望子という人間の少女は感謝されますが、豊代磐神社のご加護のおかげだとは誰も思いません。それでは、豊代磐神社への信仰心を集められない……。これは今まで気づかなかった盲腸でした! ちがう、盲点でした!」


「いや、そんな当たり前のことぐらい、気づきましょうよ……。というか、なぜ盲点と盲腸を言い間違えるのです?」


「えええ恵美子さん! 何かいい方法はありませんか⁉ 私に協力してくれると約束したのですから、ナイスなアイディアを出してください!」


「急にそんなことを言われましても……」


 涙目の望子に幼子おさなごみたいにそうせがまれ、困った恵美子は眉をひそめた。神様としての威厳なんて全く感じられない醜態である。さっき一瞬でも望子のことを神々しいと思った自分の感動を返して欲しい。


「恵美子さん、早く早くぅ~!」


「せ、急かさないでくださいってば。焦ることは何の役にも立たぬのですよ? ……そうですねぇ。望子さんの神様としての能力を何とか活かすことができたらいいのですが……」


 恵美子は、何だかんだで面倒見がいい少女である。わがままな望子が無茶な要求をしてきても、苛立ったりせずに真剣に「ナイスなアイディア」を考えていた。名古屋の女学校では下級生の少女たちに慕われる優しい「恵美子お姉様」だったので、精神年齢が自分よりも幼く見える望子を助けねばと無意識に思っていたのである。(ただし、望子は何千年も生きている女神なのだが……)。


「望子さんは、他にどんな能力があるのですか? 食物神としての力がすごいことは十分分かったのですが、縁結びの神としての能力は完全に失ってしまったのですか?」


「う、う~ん……。恋占いのおみくじぐらいなら……まだ出せるかも? かもかも?」


 そう言って首を傾げながら、着物のたもとを広げる望子。袂からかもの首がニョキッと出てきた。食材にできるものなら生きている動物でも出せるらしい。恵美子はギョッと驚いたが、さすがにこの女神の奇行にだんだん慣れてきたのですぐに冷静になり、「しまってください……」と低めの声で言った。


「おみくじですか。でも、おみくじなんて人間の私でも作れますよ? 紙に意味ありげな言葉を適当に書いておけばいいのですから」


「罰当たりな発言禁止! 神様お手製のおみくじは、人間どもが街で売っている辻占つじうらなんかよりもずっとずっと的中率が高いのですぅ~! 意味ありげなのではなく、本当に何らかの意味があるんですぅ~!」


 望子はプンスカ怒り、抗議した。


 辻占とは、吉凶を占った短い文句が記されている小さな紙のことである。この占いの紙を煎餅せんべいや豆、昆布などに入れて売ったものを辻占菓子という。江戸時代ごろから辻占売りは現れ、大正の御世となった今でも街角で行商人や子供が辻占を売り歩く姿があった。


「ふぅ~む、なるほど。いちおう霊験あらたかなのですね」


「いちおうって言うなー!」


 望子はムキーッと怒ったが、相変わらずの迫力ゼロである。恵美子は望子を無視して、「おみくじ……おみくじで何かできないでしょうか……」とブツブツ言いながら頭をひねった。


「あっ、そうだ! いいことを思いつきました! 食べ物なら何でも出せる食物神の能力と、恋占いのおみくじを出せる縁結びの神の能力を組み合わせたら、辻占菓子を作ることができるのではないですか?」


「え? たしかに、お菓子とおみくじを同時にえいやっと出すことは可能ですけれど……」


「加奈子ねえさんの許可をいただいて、カフェーいなりで食後に辻占菓子をお客様に提供するサービスを初めてみましょう。名づけて、『銀座いなりの恋占こいうらお菓子』です! 恋に悩むお客さんにお稲荷さんの恋占いのおみくじを引いてもらい、その後で私たちがその方の縁結びの手助けをしたら、お客さんは『銀座のお稲荷さんのおかげで、良縁に恵まれた!』と喜ぶはずです!」


 これぞナイスなアイディアだ、と思った恵美子は拳をグッと握って力説するのであった。

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