既視感

リーマン一号

既視感


午前中の診察を終えた私が医務室でくつろでいると、看護婦がコーヒーを持ってきてくれた。


「お疲れ様です」

「ああ。ありがとう」


猫舌な私は何度も息を吹きかけると、コーヒーのいい匂いが鼻孔をくすぐる。


「ふぅ。うまい」

「ふふ。入れ方にコツがあるんですよ」


お盆を小脇に抱えながら微笑む看護婦を見ると、「もし私に妻子がいなければ・・・」なんて禁断の妄想が膨らんでしまう。


「最近、患者さん多いですよね」

「寒くなって来たからね」

「そうですよね・・・って、あれ?先日は、寒さと風邪に関係性は無いとおっしゃってませんでした?」

「それは直接的にって意味さ。寒いと家からでなくなるだろう?そうするとウイルスへの免疫力が無くなって風邪をひきやすくなるんだよ」

「ああ。そういうことでしたか。お代わりいります?」

「いや。大丈夫だよ」


いい子を雇ったものだ。

私は自分の裁量の良さを再認識していると、受付のベルが鳴が鳴ったらしい。

看護婦が私に誰か来たことを告げた。


「ベルなっちゃいましたね・・・。どうします?まだ一時前ですけど・・・」

「一息付けたしいいよ。受け入れしてあげて」


看護婦が「はーい」と返事をして受付に行ってからしばらくすると、一人の20代後半くらいの女性が私の診察室へと通されてきた。


「こんにちは。初診の方ですよね?今日はどうされました?」

「あの。お医者さんにかかるような事ではないのかもしれないのですけど、最近ずっと違和感がありまして・・・」

「違和感ですか?どちらに?」


カルテに症状を書きながら、私が患者の方をチラリと流し見ると、患者はずっとソワソワとした雰囲気である。


「いえ、何かできものがあるとかではないんです・・・。なんて言ったらいいんでしょう・・・。既視感ってわかりますか?なにか前にもこんな事あったような気がする現象というのでしょうか・・・」

「ええ。わかりますよ」

「それが、ずっとしているんです!朝起きてからこちらの医務室に通されるまでずっと!」


女性は少しナーバスになっているのか、語気を荒げる。

その症状を見て、私の頭には精神疾患の可能性が浮かんだ。

一応、内科医なので専門外だが、独立する前は精神科医も受け持っていた私は、一つ芝居を打ってみた。


「それは、既視性二次疾患ですね」

「きしせい・・・」

「既視性二次疾患、別名、相乗デジャブ症候群。あなたのようにずっと前にもこんなことがあったような気がする、といった症状がずっと続くことです」

「私、やっぱり病気なんですか?」

「ええ。ただ非常に簡単に治る病気でもあります。家に帰ったらこの薬を飲んでください。明日には治っているはずです」


私は自分のデスクから錠剤をいくつか取り出して彼女に手渡した。

もちろん、薬ではなくただのビタミン剤だが、精神疾患においてプラシーボ効果は非常に有効だ。


「ありがとうございます!」

「いえいえ、医者として当然のことですよ。それと、お代は結構ですので」

「え!?お金は払いますよ」

「良いんですよ。明日になっても症状が残るようならいらしてください。その時は診察料をいただきますから」

「・・・わかりました。なにもかもありがとうございます」


お大事に。そう言って私は患者を見送ると、しばらくした後、看護婦が医務室にひょこっと顔を出した。


「変わった患者さんでしたね・・・」

「そうだね」

「明日も来ますかね?」

「たぶん。来るんじゃないかな?」


冷めてしまったコーヒーに口を付け、私は彼女のカルテに症状を追記した。

願わくば今ので治ればいいが、きっとまた来てしまうだろうから。

それこそ、私が本当の特攻薬を見つけない限りはずっと。



そして、忘れてしまうんだ。



自分が今やうちの看護婦であるということに・・・


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