第4話 手段と効率
「残念。正解はバツだ」
真の王はキツネの仮面を揺らし、クツクツ笑いながら確かにそう言った。
「……なんで? ……いや……考えすぎた?」
外れた……。まさか、あれのさらに裏があるとは思えない。となれば、すなわち圭が裏をかきすぎたごとになる。
真の王は自分の仮面をつつきながら言う。
「“わたしの仮面”の定義、これは見事正解だった。真の王が真の王たるに必要な仮面というのは言い得て妙。わたしの考え方をしっかり見抜けていたと言える。
が……、後ろの定義は……まったく……。いや……お前は、わたしの想定した通りに思考を進めていったので見てみて面白かったよ」
真の王はそう言いながら、問題を提示したとき立っていた場所で再び足を止める。
「後ろの定義を広げていけば、最終的に目の前も後ろと言える。その発想というか屁理屈にはわたしも確かにたどり着いた。だが、わたしでたどり着けたのだから、ゲームの提案者であるお前なら当然たどり着けると期待した。
そして、わたしはその一歩手前でお前に裏を書かせる答えにしたまで。
実際、わたしがこの問題で行った後ろの定義は、この教室の中の西側半分だけだったよ。そして、わたしが付ける仮面はわたしの後ろにはなかった」
……本当に考えすぎたわけだ……」
「問題点は、この屁理屈に気づけたとしても、わたしがそこまでの発想に至れるか疑問に思われること。だが、一戦目でこのゲームのことを事前に聞いてかなり知っているという雰囲気を出していたため、お前はそこに疑う気はなかったらしい。
一応「定義の仕方によったら~」というセリフで、この発想に誘導する手助けをしたんだが、それもうまく生きてくれたみたいだな」
……それだけじゃない。後ろという表現から、後ろ側全体という定義範囲を広げる思考をすれば、さらに広げて広げてと追求しやすくなる。うまく答えを誘導しようとしていたか……。
「わたしを誰だと思っている? お前の幼馴染、泉亜壽香だぞ?」
そう言いながら真の王は狐の仮面をそっと横にずらす。当然出てくるのは亜壽香の顔。
「圭がどこまで考えるかなんて、ある程度なら想定できるんだよね。逆に圭は、亜壽香のことは知っていたとしても……」
再びキツネの仮面で顔を覆い隠す。
「真の王のことはたいして知らない。お前は真の王を理解しきれていない。それはこの第一ゲームで十分に分かった」
……どちらにしても、本来取らなければならないところで点を持っていかれた。流れは向こうに持っていかれた。
次また点が入れば相手にマッチポイント。流れを払拭するのは、次に点をもぎ取るほかない。
「ちょっとよろしいでしょうか」
そんなときだった。圭たちの後ろで黙って見ていた田村が手を挙げる。
「第一ゲームは決着付きましたし、もうわたしも口出しして構わないでしょう?」
真の王はキツネの仮面を抑えつつ、無言で田村を見る。
「正直な話を言えば、心のどこかであなたを侮っている自分がいました。一度、わたしはあなたに完全敗北を経験していてもなおです」
「……何が言いたい?」
「ここまで圭くんの提案したゲームに真っ向から挑み、勝てるとは思っていなかったんですよ。君は今まで力……いわゆる暴力系統による支配を望んできた。わたしをキングダムの王座から落とした時もそうでしたし、今回次郎を人質に取ったときもそうです。
そして、第一ゲームの一戦目のやり方などルール上OKだったとはいえ、実に典型的な力技。さらに言えば、三つ巴のゲームの時、自ら提案したゲームで実質の最下位になった点からも、君は知能派とはいいがたいと考えてしました」
「……別に自分は知能派だという気はない。自分の頭がいいとは間違っても言えない。そして、それは小林圭も同じ考えを持っているはずだ。亜壽香の知っている圭ならな」
……確かに、自分が天才だと豪語する気はさらさらない。知能派かどうかと聞かれれば、おそらく自身をもって首を縦に振れない。なにしろ、圭の考える策は穴があって運だよりで……そして結果、こういう状況になっている。
「そんな小林圭は自分の頭は決して良くないと考え、それを理解しているからこそ、少しでも策を考えて、可能性を考慮してあがこうとする。それが、相手との空いた差の埋め方だ。
わたしはその埋め方の手段として、力を使用しているに過ぎない」
「……なるほどね。しかし君は自身の知能を確かに発揮して……」
「待て!」
田村が言葉を返そうとしたところ、強引に真の王は手を前に出し止めてきた。田村は見開き、同時にその反応に対し不敵な笑みを浮かべる。
「いろいろ言葉を並べて、わたしにさっきのゲームで行ったような暴力手段を使いづらくさせようというのならば、それは無意味だ。
それに、あの三つ巴のエンゲームでわたしは本気で挑んで敗北したというのならば、それは否だ。今更何を言ってもダサい言い訳にしか聞こえないだろうが、それでいい。
強引な手段に出るのは、そのほうが効率いいからに過ぎない。運に頼らない方法、わたしの知能で行える方法、確実性がある方法を模索した結果、取った行動に過ぎない。
そもそも、エンゲーム自体が自らの力を示して交渉を有利に進めるための手段だろう? 同じように、強引な手段もまた、交渉を有利に進めるための手段というわけだ。勝率を挙げるためにな。
事実、こうして今わたしは、相手を自分の土俵に立たせて戦うことに成功している」
田村は真の王の説明に首を小さく横に振り、圭の元へと寄ってきた。圭と顔を向かい合わせ見てくる。
「すみません。あの暴力手段は思考の難しさを挙げると思い、封印したかったのですが、できなさそうですね。彼女は彼女なりの意思でこの手段を取られている。
時折垣間見せる知能派っぽい部分を祭り上げて、その気にさせて暴力手段を取りづらくさせようと思ったんですが」
「……おい、わざとわたしに聞こえるよう話しているだろ?」
後ろから聞こえていた真の王の釘差しに田村はこっちを見たまま、口角を吊り上げる。
対して真の王は鼻で軽く笑う。
「このやり方が、頭の悪い奴のすることだと思うのならば、それで結構。むしろ、頭が悪くても勝者にはなれるという証拠になるじゃないか」
……だが、このやり取りは、真の王はより躊躇なく強引な手段を取ろうとしてくるはず。そこはしっかり対処できるよう、身構えればいい。
不意を突かれないように……。
「さて、くだらない話は終わりにして、第二ゲームへと進めるぞ」
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