第2話 先手の流れ

 契約が成立、圭と森は真の王と向き合う形でポジションを取った。


「提示された問題が正解すれば回答者が、不正解なら出題者に点が入る形。二点先取であるため、長くても三回戦で終了する。

 先攻後攻はお前が決めていい。好きなほうを選ぶといい」


 真の王は少しキツネの仮面の顎にあたる部分に手を触れた。しばらく爪でそれをはじくしぐさをした後、小さく頷く。

「出題者が攻撃側という意味での先攻後攻だよな? だとすれば、後攻でいい」


「一戦目は真の王が回答側、それでいいと?」

「あぁ」


 どちらかと言えば先攻と取ってもらいたかったが……まぁいい。結果に変わりはない。


「よし、なら始めよう」

 そういい、まずは森のほうに目を向けた。


「アリス、とりあえず一戦目は黙って見ていればいい。余計な口出しはするな」


 まずは、田村が机に並べられた道具を見渡し、ピンポン玉を手に取った。それを一度目立つように床をバウンドさせる。

 ピンポン玉特融の乾いた音が真の王の視線をしっかり奪った。


 そのままピンポン玉を真の王に向けてあげる。反射的に彼女がキャッチしたところで見計らい口を開いた。


「問題、俺はピンポン玉を持っている。マルか、バツか」

 そのセリフはいともたやすく、教室の中にいる人物すべての意識を集めることに成功していた。

 だが、圭のターゲットはただ一人、真の王。


 真の王は自分の手に持つピンポン玉を摘み眺める。

「………今、わたしにピンポン玉を渡してきた。問題を出したのはそのあと、見たまんまに答えるならば、それはバツだろう。……が、」


 真の王の指先が圭の腰ポケットに向けて伸びてくる。

「そのポケットにも膨らみがある。大きさはどうだろう、ちょうどポンポン玉くらい? より大きい……? 布地の上からでは判断は付きにくいな……。


 ならば問題は、そのふくらみの正体がピンポン玉かそれを模したものかどうか……ということになると……」


 真の王は想定通り圭を観察し、答えを導きだそうとする。よりしっかり観察するため、圭に向かって歩んでくる。だが、圭は当然それを避けるように後ろへと下がる。


 数歩の距離だが、真の王に体を触れさせる気はない。


 このゲームの重要な点はプレイヤーの行動制約がほとんどないということ。いざとなれば、物陰に隠れることもOKだ。もっとも、教室の中に限定される以上、ほぼその行動は無理だが。


 と、考えているときだった。

「ガハッ!?」

 突然来る腹の衝撃、瞬間的に体が浮く感覚を覚える。同時に圭の視界いっぱいに広がるキツネの仮面。

 あまりに真の王の行動が想定外で、起こった事実がしばらく飲み込めなかった。


 真の王が圭のポケットに手を突っ込み、中身を取り出したとき、圭は真の王による容赦ない膝蹴りを受けたのだと理解し、そして同時に痛みに押され崩れ落ちた。


「おい、お前! 何を!?」

 森が圭に近づき、真の王をにらみつける。だが、真の王は平然と態勢を戻し圭の前で堂々を立つ。


「何って、ゲームさ。別に契約でプレイヤーに接触してはならないという制約は設けられていなかった。よって、ルールの範囲内で行動をとっただけに過ぎない。これは、そういうゲームなんだろう? なぁ、小林圭?」


 うずくまる圭を見下ろしてくる真の王。攻撃の威力自体は大したことなかったため、すぐに痛みは引いていったが、やはりあまりに唐突だったため、完全に態勢を崩してしまったことに変わりはなかった。


「……あの説明でこの手段を一戦目で思いつくなど……さすがに……イカれているぞ……」


 真の王は「あぁ」とつぶやきながら、圭から奪い取ったものに視線を移した。

「別にさっき思いついたわけじゃない。もともと、西田からこのゲームの内容について聞いて知っていただけだ。まぁ、言わしたってほうが正しいが」


 ……そうか……、解放者については契約で口外出来ないことになっていたが、次郎のこのゲームをしたのは、解放者になる前の出来事。合わせて、ゲームの内容なら解放者のことを話さずとも伝えられる。


 しかし、だからと言って一発目からこの手段をとるなど……、ルール上問題ないとしても、さすがに躊躇するんじゃないのか……。一戦目から取るか、普通? ……いや、そもそも次郎の人質にとるような奴なんだ……。

 その普通が通じなかったと……いうだけか……。


「まぁ、というわけでアリスは黙って後ろに下がってろ。問題はこっちだ」

 そう言って、自分の手のひらに奪ったものを転がす。


「ただのハンカチの塊……に見せかけて……」

 ハンカチが振るわれると中から、黄色の玉が零れ落ちる。そして乾いた音を床に鳴らした。


「何にはハンカチ。というわけで、ポケットの中にピンポン玉はあったわけだ……。だが、このゲームで要求されるのは、言葉の定義。

 お前は『持っている』と言ったが、その意味は果たして……」


 ぐっとキツネの仮面を圭の顔面に近づけてくる。

「もし、持っている、という定義を自分の所持品という定義にしたならば、答えはバツになってしまう。実際、ピンポン玉は田村零士の持ち物だったのだから」


 ……本当にゲームのことは次郎から聞いていたらしい……。


「しかし、お前の反応から見て、わたしが攻撃的な手段に出ることは想定外だったと考えられる。すなわち、わたしがポケットの中身を確認できないことを想定してされた問題提示だったはずだ。


 その状況で実際にピンポン玉をポケットに入れながら、さらに自分の所持品ではないからバツという答えにしてしまえば、裏をかきすぎることになる。

 であれば、自分の所持品はという定義ではなく、現在所持しているという定義で問題を出したか。


 ポケットの中にある物をピンポン玉と確信できない上、ピンポン玉より少し大きめのふくらみ。ピンポン玉をわたしに渡して分かりきった答えを見せ、その裏を見せようと作ったポケットのふくらみ。だがそれもまたあからさまで誘導的だと捉え、バツと答えさせる……、という流れを想定したか?


 なら、答えはマルだ。お前はピンポン玉を持っている」


「……正解だ……」

 真の王はことごとく冷静だった。圭の筋書きは完璧にばれていた。いや……バレてしまったというべきか。


 マルバツという二択においてあからさまな答えは敬遠されがちになる。そしてその敬遠をより促させるポケットのふくらみで、誘導し逆に敬遠されるあからさまな答えを出させる。実際はその逆。


 だが、誘導するための要素が、奪取という手段で、確定持ち込まれた。それによって、そこまでの考えを真の王に組み立てさせてしまった。

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