第12話 奴の思惑

 フライハイトの端で亜壽香と圭の話は続いていた。ただし、コントラクトに関わる話は本当に必要最低限の音量。周りを見てみるが、圭たちの話を聞いていそうな人はいなかった。


 亜壽香は口調こそいつもの亜壽香のままでも、真の王を感じさせる話を盛り込んでくる。その亜壽香の構えは、確かに圭を追い込もうとするものであった。

 圭との張り合いは望むところ……というわけか。


「どうしたの? 食べる手が止まってない?」

 かと思えば、あまりに普通の会話をしてくる。


 田村が攻撃的な攻めを見せてくるタイプだとすれば、亜壽香は陰湿な攻め方をしてくる感じか。目の前にいるのに何も手出しできない状況があまりに腹立たしい。

 相手との関係も相まって、それは着実に圭へ有効打を売ってくる。


「……お前……いつから……?」


 たまごサンドを口にすることなく、亜壽香に質問を試みる。だけど、そんなとき、また別の人物から話しかけてきた。


「圭くん、こんにちは」

 軽く手を挙げて、圭に挨拶をしてきたのは、今度こそ田村零士だった。圭はすでに一方的ではあるが約束をされていたので、この登場に驚きは特になかった。


 ただ、田村を見た亜壽香の表情はわずかではあるものの、確かに怪訝な表情をしているのを見逃さなかった。


「先客がおられたようで。お隣、かまいませんか?」

 と言いつつ、本当に亜壽香の隣に位置する椅子に手をかける田村。圭の隣にも席はあることを考えれば、意図的だと見ていい。


「えぇ。大丈夫ですよ、どうぞ」

 亜壽香は田村に対しても屈託のない笑顔を見せて着席を促す。田村もまた笑みを浮かべつつ、亜壽香の隣に座り込んだ。


 圭の目の前に座ることになった田村と亜壽香。二人は確かに笑みを浮かべているが、事情を知る圭から見たら、それが偽りの物なのだとヒシヒシ感じ取れてしまう。このテーブルにあるのは……圭も含めて嘘ばかり。


「君が泉亜壽香さんなんですよね? 圭くんから話を聞いています」

 先に話を振り出したのは田村だった。


「えぇ、そうです。初めまして」

 亜壽香は特に大きな反応を見せることなく、さらりと返す。しかし、そんな亜壽香に対して田村は亜壽香に向かって身を乗り出した。


「あれ? “初めまして”ですか? てっきり、わたしのことはとっくにご存じ頂けているものだと思っていたのですが」

 田村の笑みは一瞬にして不敵なものへと変わっていく。


 亜壽香はたまごサンドを口から離し、目を丸くさせた。

「……それは……どういう意味でしょう? あたしは……あなたとお会いした覚えはないのですが、……それともあたしが忘れていたのでしょうか? でしたら、すみません」


 丁寧に謝る亜壽香に対して、田村はさらに続けた。

「いえぇ、会ったことあるはずです。あなたはキツネの仮面をかぶっていらっしゃったのですけどね」


 そのセリフを聞いた瞬間、亜壽香の表情から笑みが消えた。

「……キツネの仮面? 一体何の話でしょう?」


 田村は亜壽香の質問を返さずに続ける。

「あ、そうそう。泉さんのこと、圭くんからも聞いていたのは確かですけど、西田くんからもよく話を聞いていたんですよ」

 このセリフが、亜壽香にとって実質の回答であったのは言うまでもなかった。


「……西田? 次郎……」

 亜壽香の田村を見る目つきが変わり始めた。表情も少しばかり、圭の知る亜壽香から離れているように見られる。


 亜壽香は少しうつむきぶつぶつと小声がしゃべりだす。

「……お前も西田と繋がりが? ……あいつ……流してやがったのか……。とんだ隙かよ……」


 亜壽香が真の王の口調をよみがえらせる。そこに田村はしっかりと突っ込んで行く。

「今、仮面は付いていませんよ? 大丈夫ですか?」

「え? 何の話ですか? 良く分かりませんねぇ」

 すぐに屈託のない笑みに戻す亜壽香だったがその意味は十分分かった。


 にしても、亜壽香がここまで驚きを見せるとは思っていなかった……。予測できなかったのか……? 次郎もまた解放者の一員だというのは見破っていたのに……。


 いや、そうか……。解放者チャーリーと田村の繋がりは想定できたとしても、次郎と田村の仲は……その範囲外か……。……確かに、次郎と田村の関係は、亜壽香の立場からは確認する方法はなかった……。


 ……もしかして、これは……田村が計算してやったこと?

 田村が偽物の解放者の指導者、ニューキングダムの実権を持つ立場である限り、真の王の正体にたどり着けないと思い始めていた。だから、敢えて前線を離れることで隙を伺ったとでも?


 実際、亜壽香が正体を明かしたのは、相手が圭であったことが非常に大きかったはずだ。それに合わせて、正体を知られても公開しようとしない人たちであることも条件。


 田村はそこから外れるため、直接会っても正体を知れることはなかったが……、敗北を認め離れることで、逆に知れた……と。


 確かに真の王の正体が圭と次郎の知り合いである可能性はかなり有力になっていた。それを踏まえれば、正体を知る手段としては……十分あり得た……。


 そして今、田村は一気に亜壽香にとって、真の王にとって厄介な人物に再びのし上がった。


 この状況では森も田村もこいつに対して攻め入る手段はかなり少ない。だが、田村零士となれば別だ。こいつは解放者でもなければ、次郎と深い関係にあるわけでもない。なにより、こいつの目的はゲームを楽しむこと。


 結果、今の圭よりも田村零士のほうが圧倒的に真の王を倒せる存在になっていしまっている。亜壽香にとっても田村は何が何でも黙らせなければならない対象になった。


「今日の放課後、お二人はパーティーを開かれるご予定のようで。ぜひ、わたしもご招待いただけないでしょうか? 泉さん、あなたもまたそれを望むはずですから」


「……ご自由にどうぞ」


 田村と亜壽香はお互いに笑みをぶつけあっている。その間に火花が散っているのは、言うまでもなかった。

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