第11話 亜壽香の奥に潜むもの
昼休み。圭は一人、フライハイトの端っこに陣取り、片手に持つたまごサンドをかじっていた。
ここのところはずっと一人で昼食をとっていたため、次郎がいない昼食にもかなり慣れてしまっている自分がいた。ただ、どうせ一人で食べるなら教室にいとけばいいものの、いつもフライハイトには足を運んでいるのもまた事実だった。
ちなみに次郎の姿はこのフライハイトにない。と言うことはおそらく教室にいるのだろう。一緒の教室にいるのを避けたいと思っているのかもしれない。
そんなことを考えつつ、少しはみ出た卵の具をかじっていると、こちらに近づいてくる人の気配を感じた。まぁ、田村だろう。朝の登校中に話していた通り……、田村は言ったら絶対実行する人だというのは理解していた。
「ねぇ、ここに座っていい?」
「……どうぞ。好きにしてください」
ほら来たと思いながら受け入れる。どうせ、拒んでもついてくる。……ん? でも……口調が田村と違う……?
違和感を得て顔を挙げると、そこには男子生徒の田村零士ではなく、女子生徒が座っていた。そして数秒立ってそいつが泉亜壽香であることを認識。
ただ、目を合わせたまま無言の時間が過ぎる。どうすればいいのか、どう反応すればいいのか、精いっぱい考えてみたが、まるで選択肢ができない。
「……ど……どういうつもりだ?」
挙句、必死に絞り出したセリフがこれだった。
「別に。ここ最近、あんまり話をしてなかったから……しかも、圭が一人だったから、ついね。まぁ、学校でこうやって話すこと自体、あたしたちの間では珍しんだけどね~」
優しい口調で話す亜壽香。それはまさに圭が知っている亜壽香だった。そして、それはまるで昨日のことなどなかったかのようにさえ、思えてしまうほど。
「そっちはいつも通りたまごサンドなんだね。ちなみにあたしは今日も、じゃ~ん! 同じたまごサンドです!」
そう屈託のない笑顔と共に、自分の頬に圭が食べているのと同じものを出してきた。
亜壽香は「へへぇ~」とつぶやきながら袋を開ける。そして、そのまま普通に一口たまごサンドをかじりだした。
それはあまりに自然すぎて、この状況ではあまりに不自然。圭は何か声を出そうとするも、何を発したらいいか分からず、ただパクパクと口を動かすだけになってしまう。
「ふふっ、どうしたの圭? ポッカーンとして。締まりないね~」
亜壽香はケラケラ笑いながらたまごサンドを圭の目の前でかじり続ける。
その姿に我慢ならず、何とか言葉を紡いだ。
「……お前……状況を理解しているのか? ……それとも……二重人格だ、とでも言いたいのか?」
「えぇ? 何? 何のこと?」
亜壽香は自然な笑顔でごまかそうとする。そんな亜壽香にもう一歩踏み込んで野郎かと思ったのだが、それより先に亜壽香が圭に顔を近づけた。
「あ、そうそう。一応言っておくけど、ここであたしがキングダムのリーダー、王だって言いふらすなんて馬鹿な真似は絶対によしてよ? というか、あたしの正体を公開するようなことはしないでよ?」
急に来た本題に圭の顔が無意識にこわばったのを感じ取った。亜壽香の口調はか分からず亜壽香のままではあったが、内容は明らかに違う。
「そんなことをすれば西田くんがどうなるのか、責任を取ることは出来ないし。そもそも、お互いにデメリットがある、そうは思わない?」
「……俺にデメリット?」
「うん。だって、あたしと圭は昔からの仲だし。圭はそんなあたしを必要以上に責め立てることはしない。圭がそういう人だってこと、あたしは知ってるから」
「……今、俺はお前を敵だと認識しているぞ?」
「それでもだよ。それでも圭はあたしの正体をバラす真似はしない。それを信用しているからこそ、あたしは仮面を取った」
口調は亜壽香そのものだ。だけど、その奥から確かに真の王のものをチラチラと感じ取れてしまう。
「さぁ……どうかな。保障しかねるぞ? それに、あの場には藤島さんに、アリスもいたぞ?」
「藤島さんはあたしの正体を公開するような行動力は持っていないと見ているから。アリスは公開に踏み切ろうとするかもしれない。だけど、圭はそれを絶対に阻止してくれると信じているから。
今までの君たちを見て、アリスが無断で行動を起こすような危うい組織でないことも確信している」
亜壽香の推測は外れている。正直、森が勝手にしでかす可能性は十分あり得る。結果として自分の首を絞めるわけにはいかないから慎重になっているだけで、森ならいざとなれば勝手に動く。
だけど、圭やアリスが亜壽香の正体を公開するに踏み切れないということは当たりだった。それは。今の圭の目標の一つが、コントラクトからみんなを救うというところにある。
ここで真の王の正体が亜壽香であると公開したとしよう。確かにそれで亜壽香が追い詰められ、キングダムは崩壊する。だけど、その結果起きるのは別の支配者の誕生という可能性が非常に大きい。
それでは大した意味がない。結局、キングダムの支配者が変わるだけで終わりだ。キングダムのピラミッド式は簡単に崩せるものじゃない。一番てっぺんが消えても二番手が昇ってきて来るだけに終わりがち。
ゆえに、支配を終わらせるには真の王をねじ伏せるしかない。ねじ伏せて丸ごと、取り込まなければならないのだ。
おそらく、亜壽香もまたこのことを十分、理解しているのだろう。だからこそ、こうやって正体をばらしたんだ。圭の精神を追い付ける攻めの手段として。
合わせて、ここでは理由を「圭を信じているから」の一点張りで済ませている。圭の性格を知りながら、より確実な行動をとらせるため誘導しようとしている。間違いなく、目の前にいるのは真の王だ。
ここまで分析できてもなお、今の圭は目の前の亜壽香に攻め入る手段が見当たらなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます