第10話 今の圭と前のボブ

 次の朝、起床したころだった。LIONのチャットが圭のスマホに入ってきた。表示されている相手の名前はアリス。

 寝起きで頭を掻きながら画面を見る。


「で、どうする?」

 メッセージはこの一言だった。ただ、時間帯を考えれば。早い決断を求められているということはすぐに分かった。

 真の王との勝負できるチャンスを前に、どうするのか……。


 アリスこと森にとって、それは念願の目標が目の前にあるという事なのだから……焦るのも含めて気持ちは良く分かる。


 さて、圭が一晩を得て出した答え。


 とにかく確定なのは、真の王……泉亜壽香との闘いは絶対に避けられないという事。田村零士と結んだ共闘契約でそれを拒否するのは不可能。

 それもあって、今の圭の気持ちは冗談みたいに吹っ切れてしまっていた。これこそがコントラクトの影響というわけなのだろう。


 では、真の王との約束についてはどうするか……。……次郎が人質に取られているという状況を考えれば答えは一つだけだった。


「予定通りにする。奴とエンゲームをする」


 森からの返事はすぐに来た。

「……敵陣ど真ん中に突っ込むわけ……でいいのか?」


 森のこの質問は痛いほどに理解している。普通に考えたら愚策なのは言うまでもない。ほとんど真の王が作り上げた土俵で戦うことになる。だが、ここで断ったところで、無視したところで、次はいつある?


 大体、次郎が相手の手の中にある以上、選択肢もないのだから。愚策だろうと飛び込むしかない。今の圭の第一目的は次郎を助けることなのだから。


「いや、お前が決めたことだ。従うとしよう。その選択はお前の友人のため、という事なのだろう? 敵もまた友人らしいが」


 ……。

「まぁ、そういうわけだからよろしく頼む」


 半ば一方的に話を切り上げ、登校に向けて準備を進めた。



 そして登校中のことだった。昨日であったところと同じ場所で待ち伏せしていた田村零士と鉢合わせになる。


 一瞬立ち止まったが、小さくため息をつき、スルーするように足を進め続けた。そんな圭を追うように、田村が付いてくる。


「で、結局のところ、どうされるんです?」


「……今朝、まったく同じ質問をしてきた人がいましたよ。誰とは言いませんが」

「なるほど、アリスさんですか」


 ……、まぁ……そりゃ、そうなるんだけどさ……。


「まぁ言っても答えは分かっています。おそらく君なら今日、真の王に戦いを挑むのでしょう。君の、西田くんに対する友情は本当に優先順位が高いものなのだと、わたしは知っていますから」


「……先輩の思惑通りことが進んでよかったですね。俺は先輩のお望み通り、真の王に戦いを挑むことにしましょう」


 今更隠すことはない。もう、完全に開き直って言葉を発していた。対して田村は不敵な笑みを浮かべつつ、圭の隣を歩き続ける。


「君はほんとうに強い人です。何事にも、どんな状況でも結果、立ち向かおうと動いてしまう。たとえコントラクトによって動かされていたとしても、それに負けず勝ち残ってしまう」


 ……。

「そして、そんな君の友人であり、互いに高めあえるライバルであり、敵であるわたしから一つ、アドバイスをさせてください」


 圭は特に反応せず、前を向いて歩き続ける。否応なく耳には入ってくるが、すべて聞き流しているような振りさえ見せて。

 田村はそれを演技と知ってか知らずか、返事を求めることなく続ける。


「今の君は非常に危ういように見えます。前までの圭くんと違って、今の君には確かな信念が見られます。だけど、その信念があまりに強すぎて、君の視野が狭くなっているように見受けられます。冷静ではない」


 ……。


「前までの君は信念などなかったのでしょう。おそらく、コントラクトの契約で仕方なく、という傾向が強かったのでしょう。しかし、そうであるが故、目の前の状況を冷静に分析し、目の前の問題を解くのに神経を集中させていました。


 そして、それことが解放者ボブの強みなのでしょう。ただ勝つこと、全力で目的を成し得ることに集中されていた。その目的に理由も理屈もなかった。そこに向いてしまう神経すら、敵に向けられていたんです」


 ……。


「別に明確な信念を持つことは悪いことではないでしょう。むしろ素晴らしいこと。より目的と意思が強固となり、力となるでしょう。しかし、信念が強ければ飲み込まれてしまう。


 君はこれから真の王に挑むという事ですが……、何か具体的な策はお持ちなのですか? 昨日の今日で、対策をたてられたのですか? 今の君のままむやみに飛び込んでも……敗北が待っているだけでしょう。


 今の君は、信念を全うしようとする自分に満足を得ようとしている。圭くん、あなたは当たって砕ける精神ではいけない。勝って、勝利を収めて満足しなければなりません」


 田村の一方的な話を片耳で聞いていると、校門が近づいてきていた。


「君はわたしの代わりに真の王を倒す目的を果たさなければなりません。君は勝利しなければならない契約を結んでいるんです。


 また、昼休みか放課後決戦前にお話でもしましょうか。それまで、圭くんの気持ちを整理しておいてください。少なくとも、わたしはあなたの味方ですから」

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