第9話 無慈悲な契約

 真の王が教室を出ていく中、圭は仮面ファイターの仮面を右手に呆然と立ち尽くしていた。真の王の姿が完全になくなった教室を一人黙って出ようとする。


「あの……ボブ?」


 森がそんな圭に恐る恐る声をかけてこようとする。だけど、圭はそんな森に顔を向けることは出来なかった。ただ、ドアに顔を向けつつ、言葉だけ口にする。

「悪い……今は話すのは無理だ……」


「……でも……明日……どうするつもり?」


 この状況においてこれでもかと最重要で的確な質問。

「……さぁな」

 だけど、圭はその質問に対する的確な答えを見つけることは出来ず、ただひきつった笑みを浮かべ教室を出るしかなかった。



 そんな状態での放課後だった。一人で下校中、角を曲がったその時だった。

「圭くん、こんにちは」

 あまりに唐突だったため、反射的に半歩後ろに下がっていた。


「そんなに驚かせましたか? それは申し訳ありません」

 そんなことを言いながら圭に不敵な笑みを見せるのは田村零士だった。手を振りながら一歩近づいてきたため、自分も合わせて一歩後ろにさらに下がる。


 そういえば、前に一緒に帰ったことで圭の帰り道は田村に知られていたことになる。待ち伏せされていたわけだ……。

「……突然……なんでしょう?」

 警戒しつつ、言葉を選んでいく。


 対して田村はじっと圭の顔を覗き込み、首をかしげる。

「ふむ……随分と浮かない顔をしていますね。何かあったんでしょうか?」

 もはや、この追求には何の感情も抱かなかった。“さすが”とも“なぜ”ともない。


「……例え俺が何かあったとしても、先輩にわざわざ言う必要はないでしょう?」

 少し大きめに円を描き、田村を避けつつ角を曲がり歩き出す。


「いやいや、言ってくださいよ。だってわたしたちは……」

「友人だから、っていうのは無しでお願いしますね」

 後ろをしっかりついてくる田村に釘を差したつもりだった。だが、田村は表情変えることなく付いてくる。


「なぜ、友人を理由にしてはいけないんです? 素晴らしい理由ではありませんか?」


「……素晴らしい……ですか……。お互い、はっきりと口にはしていませんが、先輩ははっきりと理解しているんでしょう、俺のことを?

 それでもなお続く友情があるというのですか?」


「それは当然あるに決まっているじゃないですか?」


 あまりに圭からしてみればありえない答えだった。そんな答えを何の躊躇もなく言い放った田村に思わず、圭の足が止まってしまう。

「……なぜです? なぜ、そう言い切れるんですか?」


 田村は圭の反応に満足したようで、ニコリを笑う。

「小さいころ友達だった子が、高校の部活で敵同士になったとき、その子との友情はなくなるのですか? 前からずっと仲良かった相手、高校で成績の一位を取り合うライバルになったら、友情はなくなるんですか?


 わたしはなくならないと思っています。少なくとも根本には残り続けるはずです。ライバル同士であっても、敵同士で会っても、友人同士であり続けることは可能だとわたしは思います」


「……その例えは合っているようで……違っていると思いますよ」


「そうですか? こういう場合の彼らは、ライバル同士の関係と友人としての関係を切り分けます。ライバルとして向かい合っているときは手加減なしの全力勝負。友人として向かい合えば、トレンドの話。


 実際、君だって、コントラクトに関わっている人物と、何も知らない小林圭の二側面を持っています。わたしも真の王を倒す……ゲームを楽しむわたしと君の友人という二つの側面を持っています。

 一方の側面では敵同士かもしれませんが、もう一つの側面では友人同士なんですよ」


「……それは、あなたがコントラクトに関わることをゲーム……試合のようなものとして捉えている狂人だから、そういう価値観になっているだけでしょう? 俺は違います。絶対にそんな捉え方はできません」


「そうですか……。価値観は人それぞれです。ここは友人の価値観もまた尊重すべきなのは言うまでもありませんね」


「……」

 言ってろ。口にはできないが心で毒づく。


「まぁ、でも今回、圭くんの身に起きたことを考えたら、そういう考えに至ってしまうのも致し方ないのでしょう。あなたは幾度となく友人に裏切られたことになります。わたしを含めて、二度あることが三度あったわけですから」


 ……、本当だよ……。田村零士、西田次郎、それに続き泉亜壽香……。

「うん? 待ってください……。その情報をどこから? どこかで聞いていたんですか? いや……それとも……実は元から?」


 圭の問いに田村は首を大きく横に振った。

「あぁ、いやいや……わたしもついさっき知ったばかりですよ。実は西田くんにお願いして通信式盗聴器を持ってもらっていたんですよ」


「……な? 次郎に? ……バカな……あいつがさらに俺を裏切ったと? 先輩はそういいたいんですか?」


「いやいや、違いますよ。盗聴器のONOFFは西田くんの手に握られているんです。渡すときにはわたしはこう言いました。

『もし、どうしても必要な時があれば、わたしに情報を流すべきだと判断したときは、この盗聴器をONにしてください』とね。


 すなわち、彼はあの状況で、わたしに情報を流すべきだと判断してくれたんです。それがきっと君の……圭くんの助けにつながると思ったから」


 ……確かに次郎と田村の接点はあった。それが……こういう形で利用されることになるとは……。だが、確かに今の次郎からしてみれば、それは悪くない話だったわけだ……。


「あ、そうそう。わたしが今一番伝えたかったのはそこじゃないんです。まだ、共闘契約は継続中だというのは理解していますか?」


「……は?」


「あの契約で、お互いに打倒真の王の目的を妨げる行為は出来ないことになっています。一度、わたしが代わりに成し遂げるという名目でボブを騙し、そして解放者たちは、逆に自分たちが真の王を倒すのだと言って、わたしを黙らせました。


 つまり、今の圭くんは、例えどう思っていようが、絶対に真の王に立ち向かわなければならないんですよ? わたしの目的を踏みにじって、闘いを挑むのはやめます、なんて選択肢は許されないんですよ?」


 田村の言葉で忘れかけていた契約がざわッと脳内に刻み込まれていった。そうなってしまえばもう……圭は……抗えない。


 目を見開く圭の肩にポンと手を置く田村。そっと耳元で不敵な笑みを浮かべつつ言う。

「安心してください。わたしが付いてますから。挑みましょう、真の王に。そして倒しましょう。“我々”の目的を遂行しましょう。コントラクトの契約に従い。

 ね? 解放者ボブさん?」


 あぁ……もう……いやだ……。コントラクトは本人の意思を無慈悲に捻じ曲げ、感情をも握りつぶしてきやがる……。

 田村は……コントラクトは言っているのだ……『戦え』と。

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