第12話 ガラケー

 長井に疑われながら手伝いを申し出るか、このまま黙ってかえるか。

 実質、選べる選択肢はひとつしかない。であれば、長井の策と思考を根本から覆す、ある事実を叩きつけてやる。


「ぜひ手伝わせてください。ただ、その前にひとつだけ明かしておくべきことがあります。先輩は、僕が支配する側の人間ではないかと危惧しているということですが、それは無意味ということです」


 そう言いながら圭はポケットからガラケーを取り出した。


「僕が持っているのはガラケーだけ。スマホは持っていません。もちろん、コントラクトというアプリも。逆に言えば、コントラクトの被害を受ける心配すらないんです。


 だから、先輩に……解放者に近づいて手を貸すことに、リスクは一切ありません。ゆえに俺は、特に心配をすることなく、近づいたんですよ」


 圭の発言とともに、長井の表情が変化。優しい笑みを見せる顔から、見開き圭の手に持つガラケーを見る顔へ……変わった。

 そう、今圭は、長井の戦略を根本から覆す事実を突きつけたのだ。


「ガ……ガラケー? ……本当なのかい?」


「えぇ。だからこそ、俺は先輩に、解放者に近づいたんです。ガラケーであり、コントラクトの影響を受けない俺だからこそ、できること」


「ごめん、ちょっと待って……。整理が追いつかない」

 長井が一度俯くと、自分の頭に手をやった。



「……ん? え? じゃあ、なんで演説を聴いてたの? なぜ、わざわざ、僕に手を貸そうと? 全く関係ないじゃないか」


 まぁ、当然くる疑問だ。対して、圭は真剣な表情を作り上げた。

「俺の友人が、コントラクトの被害を受けているんですよ。あいつのためにも、俺にできることならやってやりたいと思ってるんです。


 といっても、その友人は俺がコントラクトに関わろうとすると拒否するんですけどね。巻き込みたくないって。俺にとったらその優しさに対して、何が何でも答えてやりたいんです。


 だから、友人にも内緒にして、今ここであなたと会おうと思ったんです」


 この話はけっして間違ってはいない。田村と圭、友人の次郎の間にある架空のシナリオ通りなのだから。裏では違うかもしれないが、表向きの動機は、まさにこのとおりだ。


 実際、今の圭はその動機で動いていることになっているのだから。


「……友人……、その人を助けたいと?」


「はい。これはおそらく、ガラケーでコントラクトの影響を受けない俺だからこそ、できることだと思っています。なんの縛りもなく、自由に行動することができる。


 まぁ、そのことを踏まえていいただくと、コントラクトを使った手助けはできないということになりますが」


 長井は右手で頭を抱え、いくらか唸る。

「……う~ん……、まぁ、君の言いたいことは確かにわかるよ。理屈も通っている……。


 確かに、スマホを持っていないのであれば、僕に躊躇なく接近することができるという意味も理解できるよ。しかも、その話だと、支配する側の人物であることもないわけだ……」


 口で圭の言ったことを復唱し、確認する長井。そのままさらに長井は顎に手を当て、考え続けている。


「……ちなみに……スマホを持っていないという証明はできるかい?」

「俺には思いつかないですね。先輩になにか案があるなら、聞きますけど?」


 長井は少し斜め下を見て、やがて首を横に振った。

「……ないな……」


 これに関して、証明など揃えられないのは重々承知だ。田村に対してもそれでやってのけている。いわゆる、悪魔の証明ってやつだ。


 あるという証明は簡単に出せる、見せればいい。だが、ないという証明は簡単に

できない。この場合だと、例え圭の持ち物全てをここでぶちまけても証明にはいたらないのだから。


 ゆえに、それに対しては言及できない。ないということが、真実であるか虚偽であるかは、実際に圭が持っているスマホを見せない限り、分からない。


「どうやら、君が本当にスマホを持っていないかどうかは、探りを入れるだけ無駄みたいだ。少なくとも、君はそうやってガラケーを持ち出したんだからね。ガラケーを持っているという事実は変わらないということだよね」


 そこに関しては、長井も同じ結論に至ったのだろう。考えるのをやめたようで、顔をしっかり上げた。


「分かった。ひとまず、君には解放者の手伝いをお願いしようかな。ただし、それでも君に対して疑いを持ち続けていることは理解してほしいけど」


「……、やっぱそうなんですか?」


「当然だね。言ったとおり、スマホを持っていない、コントラクトと本当に関係ないという証拠はない。支配する側の人間が、ガラケーも同時持ちしていて騙しにこようとしているかもしれない。

 それか、支配する側の人間が、差し向けた刺客である可能性だってある。


 僕はこれから、君がそういうやからではないか、常に疑いながら、付き合っていくことにするよ」


 長井の言葉に対して、圭は笑みを浮かべた。本当なら、とてつもないプレッシャーが掛かる。ちょっとでも隙も見せたら、こいつに本物の解放者であることがバレるかも知れない。


 だけど、こいつの目的が、こいつがどういうやつなのか、こうして会話することで見えてきた気がする。


「その用心深さ、策。あなたは確かに本物の解放者なのでしょう。ここまで俺を疑ってくる人だからこそ、俺は先輩に全てをあずけることができそうです。信頼にたる人物だと確認しました。


 きっと先輩なら成し遂げることができる。あなたは、解放に導くことが出来る力を持った人物。俺は、そんなあなたに、忠誠を誓いましょう」


 圭は、コントラクトで契約されないことをいいことに、真っ赤な嘘をペラペラと長井に対して述べたのだった。

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