第11話 演説の目的

「その返事の前に……ひとつだけ、君に伝えておきたいことがある」

 長井はゆっくりと軽く腕を組む。


「な……なんでしょう?」


「僕は、あの演説の後で僕に近づいてくる人物は、全て怪しい存在として捉えている」


「……え? それは……つまり?」


 長井は質問をする圭に向かってゆっくり指を向けた。

「君に対して僕は今、限りなく危ない人物として疑いの目を受けているということだよ。何かしら、裏を持っている可能性があるとね」


 疑い……か。

 まぁ、事実圭には裏がある……というかありまくりだ。別にこれっぽっちも長井の演説に感化などされてないし、長井の目的を探るために接近している。しかも本当の解放者、張本人。


「……疑いですか? ……別に俺は何もないですよ! 俺はただ、先輩の言葉に共感して、こうして」


「当然だよ、近づいてくる人物は誰しもがきっとそう言う。少なくとも、そこで、「裏ならあります。あなたを陥れるためです」なんてことをはっきり言う人、いると思う?」


 全く思わない、そんなのは本当に当然だ。考えるまでもない。


「……そ……それは……、でも、なぜ、そうやって近づいてくる人、全員に疑いを向けるんですか?」


 長井はそっと自分の顎に手を当てる。

「そういうふうに僕は仕込んだからだよ。そういう演説をしたからね」


 長井は優しい声でゆっくりと説明しだした。

「まず、僕の目的は仲間集めじゃなかったのはもう言ったよね。じゃあ、なぜ顔を晒して演説をしたと思う? 仲間を集めるなら、顔を晒して信頼を得てから僕のもとに来るよう言うとは思う。でも、仲間集めが目的ではないなら、顔を晒す必要はなかったとは思わない?


 解放者という存在は、支配する側の人物からしたら倒さなければいけない敵だ。僕が解放者と名乗れば、支配する側の人は、皆こぞって僕を標的にしてくるだろう。


 しかも、支配する側ということは、既に力を持っている人たち。そんなのに目をつけられるような行動は避けたいよ、普通は」


「……確かに」


「本来なら顔を隠して然るべき解放者が、顔を晒して演説をした。しかも、仲間も集わない。演説を聞いた人たちの中には、何かしら不信感を持った人もいるだろうね。


 しかも、顔を晒した解放者に堂々と近づけば、自分はコントラクトに支配されていると言っているようなもの。人目にもつく。君も、そこは考慮した結果、こういう形で会おうと思ったんだよね?」


 そのとおりと深く首を縦に振る。


「ただ、そこまでして、何のメリットがあるのかな?」

「……メリット?」


「仲間を集めるわけでもない。演説を聴く限り、黙って待っていれば、いずれ解放される、助かるということになっている。


 なのに、わざわざ解放者に近づくのかい? むしろ、近づけば、余計コントラクトの被害を受ける可能性だってあるんじゃないだろうか? 少なくとも、僕に手を貸すということは、自ら危険に飛び込むことだ。


 こっちがそれを望むようなことは言っていない。君たちに立ち上がる必要はないと、演説で宣言したはずだよね」


「……確かに……そう聞きました……」


「そう、君たちを必要以上に巻き込む気はさらさらない。それも含めて、演説を行った。なのに、君はこうして僕に手を貸すため近づいた。これは……どういう意味だと思う?」


「……解放者を……倒す……支配する側の……人間……ですか?」


 長井はビシッと圭の答えに対して指を天へ差した。

「そのとおり。それもひとつの可能性だ。他にも、本当に解放に導いてくれる人物か、見極めるため、って人もいるかもしれないね。


 少なくとも、僕に近づくにたる一番になりえる理由は、信仰心なんかじゃない。僕のことを知るため、懐に入り込むため、そういうことになるんじゃないのかな?」


 それとプラス、近づいて来るのは本物の解放者の可能性……というわけか。


 間違いない、こいつはタダの目立ちたがり屋なんかではない。ここまでのことを確かに計算して、あの演説をしている。今、長井に置かれている、声がかけづらい、支配される側の人たちから避けられるような状況も、意図して作り上げたものだろう。


 あの演説の一番の目的は……支配する側の人物、そして本物の解放者をおびき寄せること……というわけだ。


「僕が君に対して、疑いをかけている理由、分かってくれた?」

 圭は一度、長井としっかり目を合わせ、そして頷いた。

「はい。……大体は……」


「良かった。では、君に疑いを持っているという前提で、聞いておこう。それでも、僕に手を貸したいのかい?」

 ゆっくり右手を前に広げ、圭に問いかける。


「……先輩にとって、手伝いをしようとする俺は、邪魔になるだけですか? 俺に……できることはないんですか?」


「……そうだね。疑いを持っているという点においては、信用できない人物を近くに置くわけだから、邪魔だよね、当然。

 でも、手伝い自体は邪魔だとは思わないかな。君にも……できることならあると思う……」


 ならば、答えはひとつだ。どうせ、ここでなら辞めると言っても、余計疑いが濃くなるだけ。


 その代わりに、ひとつだけ、こちらからもひとつ攻めを出しておこう。長井の策と思考を根本から覆す、ある事実を叩きつけてやる。

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