第10話 偽解放者と
田村から一通り偽解放者の情報を貰う。……と言っても本名と組の番号だけだが……。
偽解放者のリーダー、本名、長井敏和(ながいとしかず)。三年二組ということらしい。ちなみに、この情報をどうやって手に入れたか聞くと、勝手に周りに情報が流れていた、という。
まぁ、あそこまでたくさんの人数を集め、顔を晒して堂々と演説したんだ。それぐらいの情報が確かにすぐ出回ることだろう。
だが……、
「あいつだよな……」
圭はその長井と思しき人物を遠目から眺め首をかしげた。
その人物は何の変哲もなく、ただ廊下を歩いている。そう、何の変哲もないのだ。下手すれば正義の味方……まではいかなくとも、少しばかり彼に人だかりが出来たりするものだと思っていた。
もちろん、注目を浴びていないというわけではない。すれ違う人たちが皆こぞって長井をチラ見などしている。まぁ、扱いとしては英雄とは程遠い、変人を見る目、といったところか……。
少なくとも、色々な意味で警戒されているのだろう。長井敏和という存在に対してもそうだし、それに近づこうとするときの周りの目もある。果たして、長井にとってこの状況は狙い通りなのだろうか……。
せめて……顔を隠して演説に挑めば、逆に信頼度は上がったかもしれない。解放者というカタチ無き存在を崇拝できるからだ。顔をはっきりと分かっている人物が解放者だと名乗っても、この状況下では逆に胡散臭くなる。
……あの曖昧な演説も影響しているとは思うが……。
考えれば考えるほど、奴の目的が分からなくなる……。
ひとまず、長井の後を下校まで付けた結果、彼の下駄箱の位置も把握した。あとは、明日、長井に接近を始めるとしよう。
次の日の昼休み、長井宛ての手紙を下駄箱に入れておく。その放課後、先に指定した空き教室で待機していた。
「……まるで告白だな……」
こっそり下駄箱に手紙を入れて、呼び出す。王道とも言える作戦の間違った使い方をしている自分にビックリする。本当に愉快だよ……。
コントラクトのおかげで、ふざけたことを真面目にやらないといけなくなるんだからな……。
そんなことを考えていると、教室のドアがノックされた。そして入ってくる人物は爽やかな顔を持つ男子生徒、長井敏和だった。
改めて近くで見ると、自分よりずっと背が高い人物だった。
「初めまして、わたしは小林圭と言います。あなたに会いたかった、長井先輩……いや、解放者さん」
自分の印象を良く思ってもらうため、真っ先に丁寧な挨拶を長井に向けて言った。
対して長井のその爽やかな顔にピッタリな優しい笑みを浮かべる。
「ということは、やっぱり君がこの手紙をくれたんだね?」
そう言って確かに圭が下駄箱に入れた手紙を見せてきた。
『解放者と名乗るあなたに是非会いたいと思っています。今日の放課後、特別等四階一番奥の教室で待っています。小林圭』
「はい。本当に来ていただき光栄です」
圭は丁寧に腰を折り曲げた。
「もちろん、僕も嬉しいよ。こうやって声をかけてくれると、演説をやった甲斐があったと思えるからね」
圭は長井と会話をしながら、内心唸っていた。
あの演説のときとは明らかに雰囲気が違う。演説の時は力強く訴えかける口調だったのに、こうやって対面している限り、その雰囲気はどこにもない。完全に雰囲気を使い分けている。
「俺のあの演説には痺れました。世の中には本当にこういう人がいるんだな、って思えて……嬉しかったし、感動もしました」
「それは良かった」
長井は教室にある椅子を引っ張り出してくる。圭にも座るよう促しながら静かに腰をかけた。
「で、僕に直接会って何がしたいの? まさか、本当にただ会いたかっただけってことはないよね」
圭はこの質問を待っていたという思いをしっかり身体に出すべく、前に体をだした。
「はい。ぜひ、先輩の力になりたいと思って」
「……力?」
長井が大きく首をかしげさせた。
「はい。先輩は……解放者はコントラクトで支配される人たちを助けるため活動されているんですよね? その手助けを、少しでもいいからしたいんです。俺にできることがあれば、なんなりと」
圭は自分の胸に手を当て、長井と目を合わせる。対して長井はしばらく圭の顔を見たが、やがて少し顔を俯かせた。
「……僕は……演説で、仲間を募るようなことを行った覚えはなかったんだけどな……。もちろん、嬉しい申し出と捉えてもいいんだけどね……。
別に、手助けをしてもらいたいとは思っていないんだよ。僕も目的はコントラクトで苦しんでいる人たちは助けること。なのに、手伝わせて、さらに苦しみを大きくさせてしまいかねないことは、望まないよ」
そう言って長井は首をゆっくりと横に振ってみせた。
圭はその長井のセリフを聴いて、残念というように顔を歪ませた。
「……じゃあ、あの演説の目的はなんだったんですか?」
「うん? あの演説かい? それははっきりと伝えたはずだよ。『希望を持て』とね。コントラクトに苦しんでいる人たちに希望を与えたかったんだよ。光を与えることであって、仲間を集うことじゃない」
「そ……そんな……」
「実際、こうして君は僕に光を感じ、希望を感じ訪ねてくれたんだから、演説の目的は達成できているということだよ」
圭は一度顔を俯かせた。
やはり、仲間を集うという目的は一切なかった。やはり……注目を浴びるためか……それとも、解放者という存在を広め乗っ取るためか……。
「でも! 手伝いが増えるのはいいことじゃないですか! 確かに表向きは仲間を集っていなかったとしても、仲間が増えることに越したことはないんじゃ!? 俺なら、必ず役に立ってみせます!」
ひとまず、少し食い下がってみた。自然に考えたら、このまま、はいそうですかと去るような人が、わざわざ手紙で呼びつけるようなことはしないだろう。
「……随分と積極的だね。そこまで?」
「もちろんです。でなければ、先輩をこうやって呼び出してまで会おうとしませんから」
すると、長井はしばらく黙り、顔を上げた。
「その返事の前に……ひとつだけ、君に伝えておきたいことがある」
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