第5話 アリスかボブか

 特別棟四階にある空き教室で待つ圭。ケータイからドアを何度も開ける音が聞こえてきている。

 ちゃんと言ったとおり警戒してくれている。


 今、森は第二普通棟の四階の空き教室を片っ端から覗きまわってくれているはずだ。

 これは圭が指示したこと。田村は待ち合わせ場所に一番奥を示していた。

 もし、田村がなにかしら仕掛けていたら、空き教室に仮の王がスタンバイしている、なんて考えてのことだ。


 ただ、これに関しては正直問題ないだろうと予測していた。田村が一番奥の教室を待ち合わせ場所に使ったのは、何も仕掛けていませんとアピールしているように思えたからだ。


 どうぞ、周りすべてをチェックしてから来てください。そう言っているように聞こえる。実際、昼休みや放課後すぐ、あのあたりを見渡してきたが、特に問題はなかった。


 事実、森は全ての教室を見終えたらしく、ドアのノックがケータイ越しに聞こえてきた。

 それと同時に『どうぞ入ってください』という声。アリスが隠し持っているスマホからくる音なので雑音が入っているが、雰囲気からして田村で間違いない。


 やがて、ドアの開閉音がした。


『お久しぶりです。解放者のアリスさん。どうぞ、こちらまで』

『……どうも』

 始まるか……。


 圭はちらりと横を見た。

 ここは特別棟四回、ならば第二普通棟四回は隣の棟であるため、廊下を前に挟みはするが目通すことができる。


 田村から見えないようこっそりと遠くから眺めるだけなので、はっきりは見えない。だが、確かに田村らしき人物と仮面をかぶった女子生徒の姿が見えた。


『わざわざ、わたしのメッセージに答えていただきありがとうございます。こうしてまた会えたのは嬉しい限りですよ、解放者さん』

 声を聞くだけで、あの田村の忌々しい不敵な笑みが思い浮かぶ。


『あなたは解放者に協力すると言いました。でも、それは本当なのですか?』

『ええ、もちろん。嘘偽りありませんよ』


『なぜ、協力を? あなたの目的は? あなたと手を組むことで、あたしにどのようなメリットがあるのですか?

 あたしを信用することはできるのでしょうか?』


『あれ? おかしいですね。わたし、アリスさん、”君に協力する”とは、一言も言ったつもりはないんですけどね』

『……何?』


 しばらく、沈黙が訪れた。

 この田村の発言……もしや……。


『何を言っているのですか? 解放者に協力したいとメッセージを送ったのはあなたでしょう? 何を今更』

『ええ、確かに送りました。でも、君に送ったわけではありません。仮面ファイター5103に送ったんですよ?』


 ……そうか……、やはり田村は仮面ファイター5013が森ではないと、既にあらかた察しついていたわけか。


『なら、問題ないですね。あたしが』


『君じゃない。アリスさんじゃない、ボブさんをわたしは呼んだつもりだったんですけど? エンゲームの時、スマホ取っ替えていたんでしょう? 

 ボブさんこそが仮面ファイター5103。そして、君、アリスさんが543レインなのでしょう』


『なぜ、そう思うのですか?』

『別に対した理由はないです。単純にアカウントのネーミングセンスを見たら、逆の方がしっくりくるというだけのことですよ』


『あたしが特撮ファンじゃだめなんですか? それ、偏見っていうんですよ? 性差別っていうんですよ?』


 森は随分粘ってくれているが、ついに田村の声のトーンが切り替わった。


『もう芝居は結構です。ボブさんを出してください。わたしが話をしたいのは彼のほうです。解放者のリーダー、あなたです!

 ねえ、君も聞いているんでしょう? ねぇ!?」


『いい加減にしてくれます。寒いですよ?』

「もういいアリス。俺が出て行く」


 俺がそう言うと同時、森の喋りが止まった。

「ロミオはアカウントの取っ替えについてはほぼ確信している。今更何を硫黄が無駄だ。ならば、俺が出て行くまでだ。お前はそこで待ってろ」


 圭は諦め出口のドアに向かって歩きだした。

『その反応。無事、ボブさんと連絡とれたみたいですねえ。良かったですよ、ちゃんと話が通じて。アリスさんは、ボブさんに返事、しなくていいんですか?』


 観察眼は変わらず健在らしい。森は黙りこくっているが、もう田村には筒抜けなのだろう。

「もういい。そのまま黙ってろ。すぐに行く」

 圭は通話を切ると教室を出た。


 田村と森がいる空き教室に向かって歩みながらケータイを取り出した。


 一応ケータイはここで電源を落としておこう。田村は圭のケータイ番号の連絡先を知っている。もし、田村が圭を解放者の正体として疑ってきた場合、真っ先にやるのはケータイに電話をかけることだろう。


 本来なら、そのタイミングで圭が圭として電話にできることができたらいいが、残念ならが、圭は分身できない。下手に別の人に頼むのはリスクでかすぎるし。


 そもそも、田村が圭だと疑ってくるかなんて、可能性は現状低いはず。まずは、直接会って確かめるしかない。

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