第2話 ハンデ

 森は打ち合わせ通り言って身を乗り出し、こちらの要求を述べ始める。


「少しハンデをもらいます。このゲームはあなた方が選んだ内容です。きっと、それ相応の準備をそちらのタッグ相手としていることでしょう。

 それに対してこちらは急きょ揃えたメンバー。それぐらいのものはあってもいいのでは?」


「急きょ……ねぇ」

 田村がそう言って不敵に笑う。


「なに? 何かあるの?」

「いや……何もないですよ」

 仮の王と田村がそんな短いやり取りをする。


 そうだ、田村がここにいる時点で急きょでないことはバレている……。なぜなら、仮の王に森が接近して事前契約を結んだ直後に、仮面をかぶった圭は田村と出会っているのだから。


 あの時点で解放者が二人いることはバレていた……。だが、そのことを知る由もない森が、リーダーとしてそんな交渉を始める。


 だが、田村はそれ以降口を挟みにこなかった。となりに座る仮の王は顎に手を当てながら仮面をかぶる森に視線を合わせてくる。


「……ゲーム内容の代わりに日程時間場所の選択を委ねたよね、君に。それでこの部分はチャラになるんじゃない?」


「いや、タッグ戦を申し出る分までは入ってないでしょう。わたしはあなたの要求である二対ニを呑んだのですから。それぐらいなくては困ります」


 どういうことだ……? 仮の王があの日の段階で解放者が二名以上いると知っていたならば、そこを真っ先についてくるはず……。少なくとも「急きょではないだろう」、そう突っ込んでくると思っていた。


 だが、実際は交渉を進めてきた……。


 田村零士……まさか、あいつ……この情報を……仮の王にリークしていないのか? だが、なぜ? そんなことをするメリットが……? いや、伝える義務がないから伝えなかった……?


 圭が思考を重ねている中、仮の王は口を閉ざした。口に軽く手を当て俯く。しばらくブツブツとつぶやいていたが、そのまま言葉を並べる。


「初期チップの枚数に差をつける。それでいい?」

「どれぐらいを?」


「……元々の初期枚数がお互い百枚ずつ。君たちはプラス二十枚で百二十枚にしてあげる」

「四十枚で」

 森がすかさず希望額を上げてきた。


「……二十枚」

「四十枚」

「……二十五枚」

「四十枚」


 このやり取りの中、圭の目には疑問が映った。


 森は確かに攻めているように見える。敵の仮の王は追い込まれているように聞こえる。この応酬を耳で聞くだけでは。


 でも、仮の王からはまだまだ余裕が見受けられる。「こんなハンデなどいくらでもくれてやる」、セリフと裏腹にそう言っているように見えるのは気のせいか?


「なら……三十枚でどうだ?」


 いま、お前笑ったな? それはどういう意味の笑みか……。


 森がこのあたりでいいかというように、一度こちらに視線を向けてきた。だが、それに対してただ、無言で首もふらず、アクションは一切取らない。


 圭のそんな行動で何かを察してくれたようで森はさらに身を乗り出した。

「四十枚で!」


「き……君……交渉というものを分かってるの? 釣り上げすぎじゃないかな」

「いや、まだそちらに余裕が見受けられたので」


 さて……仮の王よ、お前はこれに対してどう出る?


「どうせ、なにか仕掛けてるんでしょ? こんなハンデ、もろともしないのでは?」


「……無理ね。三十枚……三十枚で」


 あら? 違うらしい……ってことこは……さっきの余裕そうな雰囲気は……演技。実際はハンデ三十枚が限界ってとこか。


 そこから逆算するに、必勝法はないと見て……いいのかもしれないな……。だが、なにかしら勝てる自信はあるらしい。これぐらいのハンデなら。


「分かりました。三十枚で手を打ちましょう」

「では、契約といこう」


 森と圭、そして相手の二人全員がスマホを取り出した。

 圭は一旦、次郎との通話を切断。集団契約の条文作成に入る。


 圭は森のスマホで543レインとして、森は圭のスマホで仮面ファイター5103として契約を進めた。


集団契約『エンゲーム契約』

第一章 仮面ファイター5013(以下甲という。)、543レイン(以下乙という。)、ヴァームス(以下丙という。)、レクス(以下丁という。)はこれからエンゲームを行う。

  2 ゲーム内容は丙が作り上げたルールに沿って行われる。

  3 このゲームはタッグ戦であり、甲乙対丙丁のチームで戦う。


第二章 このゲームの勝敗に応じて、甲、乙、丙及び丁はこの集団契約を改正する。このゲームの敗者は勝者が望む条件を可能な限り呑まなければならない。

 2 チップの差、十枚単位で一つ条文を作れるものとする。


 第三章 ゲーム中、ショーダウン以外で自分以外の手札の表を見てはならない。

  2 もし、プレイヤーの意思とは関係なく、他人の手札の表を見てしまった場合、その事実をプレイヤー全員に示し、その一戦を一からやり直す。


 第四章 チーム同士で互いに指示をすることは禁止とする。あからさまなジェスチャーなどによる指示も含める。行動はあくまでプレイヤー自身の意思で行うこと。


 第五章 チーム甲乙はチーム丙丁からハンデをもらう。

 2 ハンデの内容は、初期のチップ枚数をチーム甲乙はプラス30枚された130枚とする。


 しかし……チップ差十枚単位で作れる条文の数が決まるのか。確かに、勝利目前になった後、勝負を降り続けられるのを避けるため、必要な条件かもしれないが……少々厄介だな。


 こっちとしてかなえたい条文は最低一つ……いや二つは欲しい。つまり、二十枚の差はほしいということになる。


 と、契約を進めていく中で、仮の王はピクリと反応した。


「543レイン……このアカウントは見たことあるな……」

 そう言って、圭のほうを見る。


「なるほど……君、キングダムのメンバーだね?」

 その仮の王のセリフに、つい圭は反応してしまった。だが、それは仮の王の隣に座る田村も同じ。


「集団契約のアカウント一覧で、見たことあるからね。『仮面ファイター5103』は見たことなかったのに、妙に彼女、キングダムの事情に詳しかった理由、よくわかったよ」


 ……ば……バレないのか……。正直言って、森と圭、スマホを……アカウントを取り替えて使用していることなど、すぐバレると思っていたんだがな……。

 これは割と都合がいい。このまま押し通せれば、今後も何かと有利になるかも。


 が、隣の田村はじっと圭のほうを見続けていた。やはり……こいつは疑っているのか……。だが、それを知ったところでどうになる? 影響はない。

 せいぜい、今後、キングダムのメンバーだとバレた森の動きが制限される程度だ。それに関しては本人が覚悟済み。


「もう、いいですよね。後はこのゲームに勝ってからいくらでも聞けばいい事でしょう」

「ふっ、その通りだね。始めよっか」


 森のその一言で仮の王も動く。そうしてプレイヤー四人は契約を同意。契約が成立すると同時にエンゲーム、タッグポーカーが始まった。

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