第6話  仮の王、接近

「では……アリス、手筈通り頼む」

「了解」


 イヤホンを隠すように、今一度深くかぶった帽子をチェックするアリスこと森太菜。彼女には、ターゲットに少なからず、「解放者は彼女である」という雰囲気を作り出してもらう。


 が、改めてその正体を隠した森を見て圭はマスク越しに苦笑いを浮かべた。


「しっかし……やっぱり制服に帽子は変だな」

「それに顔全面を隠す仮面をつければ、晴れて変態の完成ね」


「まあ、それでもフルフェイスヘルメットよりましだろ?」

「……う~ん、どっちもどっちかな……まあ、でも……逆に言えばそれだけ普段のあたしと印象が変わるということ。変装はばっちりだと受け取っておくよ」


 そんな会話をしていると、次郎のスマホに小林圭という名の次郎から通話が入った。


『チャーリー、こちらボブ。ターゲットが置手紙を確認。悩んだ様子を見せたが、無事今、動き出した。そちらに向かうもよう。送れ』


 次郎が小さめの声でそんなセリフを吐いてきた。

「……こちらチャーリー、了解。送れ」


 よし、ここまで順調か。


『待った。今、スマホを取り出し、いじりだした。送れ』


 続いてまた次郎から声が来た。このタイミングでいじるのか……やはり、誰かと連絡を取りあっているな。


 圭の見解だとおそらく、対象は本当の王ではない。となると、やはり本当の王と連絡を取り合って指示を仰いでいる、いや、少なくとも上の立場に状況を伝えているということになるか。


「妙な動きがあればまた連絡くれ。切るぞ」


 そういって圭はすぐにスマホの通話を切った。続いて、アリスのスマホから次郎のスマホに電話をつなげ、アリスのスマホを隠し持ってもらう。


「よし、頼むぞ」


 森は無言でうなずいた。


 今の森は仮面に帽子をかぶるだけでなく、制服の着方を普段と崩し、森とは違う雰囲気を演出してもらっている。髪が長ければ髪型のカモフラージュもありだが、森のショートヘアではそこまでは無理だった。

 でも、帽子を深くかぶれはそれでいい。


 圭は今一度森の姿を確認すると、教室を出て、隣の教室に入った。



 しっかりと扉を閉め、圭は次郎のスマホを耳にかけた。何の音も聞こえてこない。

 だが、しばらく時間が過ぎる頃、ドアの開く音が聞こえてきた。それは当然、スマホの外側からも聞こえる。隣の教室のドアが開けられたのだ。


『こんにちは、キングダムの方』


 先に声をかけたのは森のほうだ。


『君が……解放者なの? 女の子だったんだ……』

『ええ、その通りです』


 冷静に、なめらかで自然な口調で森は続けてくれている。見事な演技だ。


『それにしても驚きました。まさか、素顔をさらけ出したまま出てくれるとは』


 森にはなるべく自然に状況を口で圭に知らせるよう伝えてある。電話越しでも状況をしっかり伝えてもらうためだ。


 そこから考えると、マスクやヘルメットをかぶらず、そのままの奴が隣の教室で、解放者(森)と対面しているということになる。


『まあ、あんな手紙をよこされたら、正体を隠す意味もないよね。もともと、正体を隠していたわけでもないんだから』

『それは……その通りですね』


 さて……ここからどう動いていくか……。


『でも、解放者さん。わたしに何か用? いったい何かな?』


『解放の次のターゲットが、あなた方になっただけのことです。キングダムを元の結束集団に引き戻す。わたしはキングダムを変えたやつを許さない』


 あらかたのセリフはあらかじめ森に伝えておいた。

 よし、事前の話通りに動いている。


 まずはターゲットにケンカを売ってみる。これによってターゲットはこの解放者がまずキングダムの人間、少なくともキングダムと関係性がある人物だと思うことだろう。


 実際、いろいろ噂が流れたが、キングダムが支配体制に変わったという噂は流れていない。すなわち、このことはキングダムの連中しか知らないということだ。


『それは……わたしとエンゲームをしようと言っているの?』

『その通りです。そちらとしても願ったり叶ったりじゃありませんか?』


 さて、これに対してはどう動く? ……エンゲームを受けるか……拒否するか……。


『そっちからエンゲームを仕掛けてきたからには、わたしにゲーム内容を考えさせてもらえる権利ぐらいはくれんだよね?』


『いいですよ。ただし、その場合、場所時間指定はわたしがもらいます。逆に場所時間設定をそちらがしたいのであれば、わたしはゲーム内容を。その選択肢はあなたにゆだねます』


 ターゲットが思考中なのか、しばらくの間、スマホには無音状態が続く。


『わたしにゲームを受けるメリットは確かにある。ここで解放者を黙らせることができるのなら、十分だもの。


 でも、あなたはわたしに何を求めるの? わたしはキングダムのリーダーというわけじゃない。わたしを倒しても集団契約の解除は不可能だよ』


 まあ、そうだろうな。しかし、圭の前で王だとかはっきり言っているのも聞いているものだから笑える。

 そして当然、そうなった場合の返答の仕方も森には伝えてある。


 というよりは、こちらの条件か。


『集団契約『グループ:キングダム』の全体解除に対する同意。そして、あなたを支配している人物、すなわち『グループ:キングダム』の組織に置いて『上の立場』となるアカウントに関する情報です。

 あ、ついでにこのことを発信口外させることを禁止します』


『……へぇ』

 森のセリフに対して、ターゲットは少し間を空けたあと、そう声を漏らした。

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