第2章 解放者契約

第1話 最低限の会話

 放課後、圭は次郎と帰り道を歩いていた。


 他愛もない話を続けていたのだが、もうここは思い切って言うしかないと思うようになっていた。あとは切り出すタイミングだけだが……。


「次郎……ちょっとそこの公園によらないか?」

「公園? いいけど……」


 周りに同じ学校の生徒がいないことを確かめたあと、近くの小さな公園に入る。そのまま、ベンチに座るよう次郎に促す。その間に自販機から缶コーヒーを二つ買うと、一個次郎に投げ渡しながら、となりに座った。


 圭が先に缶コーヒーを空けて一口すすると、合わせて次郎も缶コーヒーを空ける。カシュッという缶を空ける音が響くほどに静かだった。


「次郎……ちょっとだけ話したいことがある。重要なことだ」


 次郎が缶を口に付けたところを見計らって話を切り出した。次郎はそのまま一口目を口に含むと、喉から音がなるほど勢いよく液体を飲みこだ。


「重要? まさか……俺に告白でもする気じゃあないだろうな?」


「安心しろ。それはない。まあ、でも……俺がお前のことを好きだ、付き合ってくれ、って言われた方がまだマシな内容かもしれんがな」


 自虐まぎれで笑いながら言ってみせた。


「そうか、そいつは楽しみだな。俺がコーヒーと餡パンを口から吐き出さない前にさっさと言えよ」


 そう言いながらさらにコーヒーを腹の中に入れる次郎。圭はそんな次郎に対して、半ば安心感を持っていた。


「例の一年の女子生徒と話した。そして……お前が言っていたフラグは回収した。察しがいいお前なら、これだけで十分だろ? 俺の言いたいこと、半分以上は理解してくれたよな?」


 会えて重要なことはすべて内に隠したまま言った。何も知らない人なら何の話かはさっぱりだろう。


 次郎は最初、目を点にして缶コーヒーを持ったまま停止していた。だが、しばらくすると、缶の淵を口で挟みながらブツブツと何か言い出す。


 ちなみにフラグとは、王と名乗る三年女子と、圭、次郎が接触した時の話だ。圭が解放者だろうが、動かなければバレることはない、ということに対して「フラグにならきゃいいけどな」と返したあのことになる。


「フラグ……ちなみに……相手は?」

「王国」


 本当に端折りに端折った会話だったが、次郎は納得してくれたようで、うんうんと頷き始めた。やがて、圭の耳にも微かに聞こえるか、程度の声でこうつぶやく。


「脅されたか? あの女子生徒に?」

「あぁ、名は森太菜だってよ。名簿も確認した。おそらく本名だ」


「ネイティブからは解放されただろ?」

「二重支配を受けていたらしい」


 そこまで言うと今度、次郎はぐっと顔を俯かせた。そんな次郎に対し、圭もまた顔を向けることなく、誰に語るという風にでもなく、空に言葉を載せる。


「悪い、想定外だった……。だが、断れない」

「……絶対か?」

「ああ」


 最低限の会話を続けながら、圭はさらに一度、缶コーヒーを口につけて傾けた。甘苦い味が口に広がり、やがて喉を通っていく。

 そして、その甘苦さに森太菜の顔が重なった。


「あいつは油断ならない。現に俺をはめている」

「ま、だろうな」

 そこまで言うと、最後の一滴まで飲み干した。


「悪いが……お前を巻き込ませてもらうぞ。今の俺は……お前しか頼る相手がいない。解放者の正体は……誰にもわからないからな」


 次郎はこの圭の言葉に対し、しばらく無言になったかと思えば、同じようにコーヒーを飲みきると、俯いたままボソリとつぶやいた。


「俺はお前の親友だぞ? それ以上の言葉はあるか?」


 圭はその次郎のセリフに、笑みを浮かべた。こいつならそう言うに決まっている。もう、すでにわかっていたことだ。


 こいつとエンゲームをして、こいつの裏の顔を知り、本性も知った。こう言えば、こいつは断れない、ある意味、それを確信した上で、実質ひとつしかない選択肢を次郎に与えていた。


 だが、それでいい。とにかく、……負けるわけにはいかないんだ。負ければたちまち、被支配者に逆戻り。何が何でも、やり遂げてやる。

 森太菜が圭を操ろうとするのならば、自分はあいつが操る以上にうまく行動するまでだ。


 そのためには……。

「契約だな……」

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