第12話 亜壽香……
「圭?」
田村零士から別れたあと、少しの間立ち尽くしていると、後ろから声をかけられた。次郎なのかと思ったが、その声は女性のもの。
振り向くとそこには、幼馴染のほうである亜壽香がそこにいた。
「亜壽香! 珍しいな、校舎の中で声をかけてくるなんて」
「うん、まあね……」
亜壽香は受け流すような軽い返事をしただけで、視線は圭にというより、圭の後ろのほうに向けられていた。
「それよりさ、さっき圭、誰かと話してたよね? 知り合い?」
「……え? あぁ……」
さっき、田村と話していたのを見られていたのか……。まあ、見られたからといってどうにかなるものでもなかろう。
「知り合いってほどでもねえよ」
もっとも、相手は仲良くなった知り合いだと思っているのかもしれないが……。
「ふ~ん、そう。でも、本当に珍しいよね。だって、圭が同級生以外の人と話しているのは、初めて見た気がするもん」
「……まあ、部活とかもやってないし、出会う機会がないからな」
「じゃあ、なんで、あの人と話してたの? 先輩だよね?」
「……」
特に考えもせずに話していたら痛いとこ突かれていた。
「本当になんでもないよ。あの人から勝手に話しかけられただけ……まあ、強いて言えば俺が落としたお金を拾ってくれた人ってところか」
何一つとして偽りのない答えを言っておいた。別に変に嘘をこく必要はない。
「はぁーん……なるほど」
亜壽香は割とすんなり理解してくれたようで、首を何度か縦に頷かせていた。
「まぁ、どうでもいいけどね。じゃ」
そう言って亜壽香は軽く手を挙げると勝手に去っていった。
そこまで聞いておいて「どうでもいい」はないだろうと思ったが、わざわざ突っ込む気にもなれなかった。
にしても、あの男子生徒と話していただけでこうも突っ込まれちゃあな……もし、あの王と名乗る先輩女子や、後輩女子の森太菜と話をしているところでも見られたら、もっとツッコミを入れてくるのだろうか。
そう思えば、あんまり、そんな姿を亜壽香に見られたくはないな、と思ってしまった。特にこれからは、あの森太菜とは接触する機会が多くなるだろう。敵となるのであろう王との接触も増えてくる可能性がある。
亜壽香に妙な勘違いや、心配をされないためにも、行動には最新の注意を払うべきだろう。
というか、今はそれよりも……。
「もう……席ねえな……」
やっとたどり着いたフライハイトはすでにどの机も満席だった。当然、圭がいつも陣取っていた場所も埋まっている。というか、あそこは圭と次郎がかなり急いで行って取れる場所で人気があるのだろうから、当然か……。
「にしても……ホント、座るとこねえ」
両手にパンをぶら下げたままフライハイトをぐるりと回ってみるが、空いてる席はまるでない。
そんなところに、提出を終えたのだろう次郎が駆け寄ってきた。
「おう、圭。待たせたな」
軽く手を挙げながら寄ってくる圭に、こっちも手を挙げて返す。そのまま、圭は片方の手の中にある餡パンを次郎につき出す。
「悪い。もう、どこにも席空いてねえや。取れなかった」
「みたいだな」
そう言いながら次郎は餡パンとお釣りの代金を受け取る。
「あのあと、お前もすぐ、フライハイトに向かったんだろ? 売店で手こずったりしたのか?」
「まあな。そんなとこだ」
そう言って、座る場所もないのだからと、もう一つの卵サンドを持ったままフライハイトを出ようとする。だが、次郎はそんな圭に疑問を投げかけてきた。
「でも、卵サンドは買えたんだよな? あれ、結構すぐ無くならないか? それ買えるぐらいなら、席も十分とれたんじゃね?」
「……お前、本当に妙なところ、鋭いよな」
次郎の言うとおりだから、本当に困る。
「まあ、でもまあ、いろいろあったんだよ。色々、な。その餡パンを買ったのも、その一つだな」
別にさっきのことを口で説明してもいいのだが、説明するのも面倒だと思ってしまっていた。それぐらい、あの田村とかいう男子生徒と会話するのに疲れていた。
「えぇ? ああ、そう……なんか、悪いな……」
餡パンと圭を交互に見ながら、納得はできない、というような雰囲気で首をかしげている。だが、別に実際の出来事を話したところで何か、変わることがあるわけでもない。
「どうでもいいだろ? それより、さっさと教室戻って食おうぜ。あそこじゃ座って食べられないからな。それとも、中庭に行くか?」
「それは結構、フライハイトから観察されたくないね」
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