第8話 彼女の望み

「わたしをもう一度助けてください」

「……え?」


 一瞬で胸の高鳴りが静まった。それは圭の目に飛び込んだ女子生徒の表情による。さっきまでの小動物のような表情から一変し、交渉していたあの時の冷たく冷静で、なおかつ真剣なそれに戻っていたからだ。


「聞こえませんでした? なら契約の効果をしっかり発現させるため、もう一度言いますね。

 わたしを助けてください。キングダムを倒してください。


 いや……ともに倒しましょう。わたしも使ってください。わたしもまた……解放者の腕となりますから」


「お前……何を?」


 一方的に手をつきだしてくる。まるで圭を追い込むような口調。


「契約はまだ解除されていませんよ。それに解除する意思も私にはありません」

 こ……こいつ……。

 

 知っていた、知っていたが……くそっ、とんだ策略家だ。


「別に先輩を脅しているわけじゃありません。ただ、先輩に抗う力があるのだと知れたので……わたしの望みをかなえるため、助けてもらうだけです」


「待て、大体助けるって……ネイティブの支配は終わった。なぜ、キングダムを?」


「わたしはネイティブのほか、キングダムにも支配されているので」

「っ!? 二重支配……?」


 いや、でも冷静に考えれば十分考えられる。


 集団契約を二つ結ばされるだけのことだ。

 ルールで三分の一同じもの同士の集団契約を結ぶのは不可だが、逆に言えば三分の一以下だったら結ぶことは可能。


 単純計算でネイティブかキングダム、最低どちらかに支配されている人たちを百と考えれば、キングダムかつネイティブという集合が十五人ほどいてもおかしくない。


 十五人から引いた八十五を二で割れば約四十二。十五人は十分、四十二+十五である五十七の三分の一以下だ。


 すなわち、ネイティブとネイティブに属する人はそれぞれ、五十七人。オーバーする十四人がどちらにも所属する人たちという計算だ。しっかり計算できないがおそらく十六~十七人が被っていても問題ないことになると思う。


 そして他のルールによって契約を結ばせない契約は結べない。集団契約させるのを阻止させる契約はできないのだ。十分、二重支配はあり得る。


「すなわち……キングダムの支配から逃れたいと?」


「ええ、もともとキングダムは支配するグループではなかったんですけど、ある時期から支配する形態へとなってしまいました」

「……どういうことだ?」


「キングダムは最初、コントラクトを持つ者同士、支配に負けないという意思で集められたグループだったんです。あくまでも、結束集団ということです」


「……そんなグループもあったのか……なるほど、三分の一ルールを利用して、結束グループを作ることで支配する集団契約から免れる可能性を作り出したわけだ」


「でも……それもまた支配形態に変わってしまった。それは……ネイティブがあるミッションを出した時期の少し前です」


「っ……キングダムに妙な動きがあるとは……そのことだったのか?」


 無言でうなずく女子生徒。


「でも、具体的には何を望む?」

 女子生徒は圭の問いに対し、ひとつとしてぶれない視線を横してきた。


「わたしの望みはただ一つ。キングダムを乗っ取る」

「……キングダムを……乗っ取る、だと?」

「はい、そうです。あなたなら……解放者なら、きっと元のキングダムを取り戻せるはずです。今のキングダムを乗っ取り、あなたの手で、元のキングダムの形に戻して欲しい」

 そのためになら、わたしはあなたに力を貸します」


「それは……助けを求めるという意味で?」

「はい、むろんです」


 速攻でそう答えた。すなわち、強制だ。こいつは圭に……もう一度解放者をやれと強制してきているのだ。こいつはとことん、この圭を利用したいらしい。

 だが……こいつ……。


「わたしは……コントラクトからみんなを解放してあげたい。すべてを終わらせたい。こんな支配は……終わるべきだと思うんです」


 思い描く理想はきれいなモノらしい。逆に言えばきれいごとのユートピアかもしれないが……こいつは本気で思っているのだろう。


 王とか名乗っている女子生徒に解放者じゃないか、と目を付けられている現状で、この選択肢を取るのは間違いなく悪手。

 だが……仕方あるまい。契約は……絶対だ……。もはや、拒否することなど、端からできやしない。圭には……拒否する選択肢が用意されていない。

 


「いいだろう。手を組もう。お前の名前は?」

 手を女子生徒のほうへ向けた。女子生徒はその手を見てすぐ小さな手で握ってきた。


「わたしは一年二組、森太菜(もりたな)と言います。先輩は?」

「……解放者だ」


「契約でわたしは先輩のことを口外できません。安心してください」

 ……まあ、それも仕方ないか。


「……小林圭だ」

「そうですか。よろしくお願いします。小林先輩」

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