第9話 パン争奪戦
とんだ目にあった……。
森太菜……あいつの考えはわかる。何を思って行動しているのか、その理由も分かる……だが、どう考えてもネイティブに反逆した圭という存在を利用しようとしている。
ま、だからといって、今更どうこうできることでもないのでそこは黙って潔く受け入れることにしよう。
そう思いながら、森太菜の連絡先であるLIONのアカウントを流し目で見た。
まったく、次郎の言うとおり、本当にフラグになってしまった。
とにかく最重要なのは、あの王なる女子生徒に気づかれないように行動を起こすことか。それだけは、何をするにも絶対条件となりうるだろう。
だが、そうとして、どうやってキングダムを倒せばいいのか、これから何をしていけばいいのか、それはまるで分からない。検討がつかない。
とりあえず、次郎にもこのことは話すべきなのか、それすら今の圭には判断しかねないという状況だった。
「圭、悪いけどさ。先にフライハイトに行っててくれないか? 俺、提出物があってよ」
昼休み、まだ状況を知らない次郎はそんな圭に声をかけてくる。
「うん? ああ、分かった」
「ついでに、俺の分もこれでなんか買っといてもらえる? なんでもいい」
そういって五百円玉をポンと渡された。
「おう。まかしとけ」
五百円玉を裸のまま握ると、提出するのであろう用紙を持ったまま職員室に向かっていく次郎を見送る。
そのまま、まずフライハイトの近くにある売店へと足を延ばした。
そこにはいつもと同じ光景が広がっていた。
多くの生徒が群がり、我さきと品をめぐってごった返す。
一度でいいから、どっかの国の国民らしく、だれに指示されるでもなくバカみたいに並び連なっている情景を見てみたいものだ。
そんなことを考えながらも、卵サンドを獲得するべく、生徒たちの荒波をかき分けながら強引に進んでいく。
人ごみの中で必死にもがいてなんとか見えてきたいつもの卵サンドに手を伸ばす。だが、その時、前にいた生徒の体に圭の手が思いっきり挟まれた。そのまま変な感じに曲がりかけ軽い痛みが走る。
それに耐え切れずに手が開いてしまった。
ガヤガヤ人ごみと売店の人との会話が騒音となる中、チャリンという音が微かになる。圭の右手に握られていた五百円玉が落ちたとこに、しばらくしてから気がついた。
取ろうにも周りの生徒はどんどん押してきて、まともにしゃがむことができない。なんとか顔を出して、落とした五百円玉を視界に捉えたが、誰かの足がその五百円玉に当たると、たちまち人ごみの外に向かって転がり始めた。
「あ、くそっ、ああ、もう!」
追いかけようと今度は自分も外に向かって人ごみを掻き分け始めるが、そんな前を強引に横切っていく奴に阻まれ、押し戻される。
「ちょっ!?」
「あ、すみません」
横切った奴は、誤りこそしたものの、それだけ。結局、人ごみから抜け出せたのは、落としてから一分以上経ってからのことだった。
息を整え、人ごみの外からあたりを見渡す。
だが、五百円玉は見当たらない。
「くっそ、あんな一瞬で取られたのかよ……」
まあ、五百円玉は高校生からしたら、それなりに価値あるだろう。さっととっていくやつならいるのかもしれないが……。
「君、これ落としたの、君ですよね?」
「……え?」
唐突に話しかけられ後ろを振り向く。そこには、ひとりの男子生徒が五百円玉を手のひらに乗せて、こちらに向けていた。
「あ……確かに……」
無意識に手のひらを広げると、その男子生徒はそのまま五百円玉をポンと載せてきた。
「ありがとうございます」
お礼をしながら、そっとスリッパに視線を下ろした。青色……、三年生か。
「いえいえ、大したことじゃないですよ」
と手を横に数回ふる男子生徒は「でも」と言いながら、売店にむらがえる人ごみに視線を移し替えた。
そして、再度圭のほうを……正しくは圭の手に視線を送ってくる。
「まだ、買えていないみたいですね。まあ、当然ですか……。ここからまた、割って入るのは……ガッツがいるでしょうね」
「……そうですね」
男子生徒の言葉に対し、苦笑いで答えた。
本当にそのとおりだ。昼休みが始まってから五分以上立っている。人だかりは最初圭が突っ込んでいったとき以上に人が増えており、ここを突破するのは一難どころじゃない。
はっきり言えば、ため息が付きたくなる。
「ま、でも、挑んでみますよ。あ、拾っていただき、本当にありがとうございました」
男子生徒に礼をもう一度言うと、再び、人ごみの中へと入っていった。
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