第8話 反応

 例の手紙を投函箱に入れてから既に二週間ほど立っていた。だが、これといった動きはまるでなく、ただただ通常通りの時間が過ぎていた。


 作戦は失敗したのか……、それとも、そもそも手紙がネイティブの元に渡らなかったとか? いや、まだ回収していない可能性もあるわけだが……。


「圭? あれから、どうなった? 特に動きもないようだが?」

「ん? あぁ……まあ、表向きはな……」


「……表向き?」


 相手からの反応を待つ以外、出来ることがないというのはなんともまどろっこしいものだ。自分が考え出せる策はまだまだ甘いことを痛感させられる。もちろん、対策などはいろいろ考えているが、どうも決定的なものがかけている。


 どの策も……最後は運が物を言うような感じか……。無論、全て確立された勝利を探るなんてのはほぼほぼ不可能だとは思っているが、できる限り、運要素は削っていきたい。


「まったく、自分の馬鹿さ、頭の回転の悪さには嫌気が差してくる」

「おぉ? どうした?」

「……なんでもない」


 感情ももっと抑えないといけないな……特にネイティブと戦うのならば。

 なんてことを考えながら、下校時間下駄箱の前についた。


「ん?」

 そこで、いつもと違うものが目に入った。中には緑色のスリッパ(当然自分の物)が置かれているのだが、その上に一枚、封筒が入っていたのだ。


 下駄箱の中から引っ張り出し、手に取って確認する。間違いない、あの時、ネイティブが空き教室に置いていたあの封筒と同じ。


「圭、それ……もしかして……」

「……あぁ」


「ラブレター!?」

「……ぁあ?」


 次郎が放つとんちんかんな答えに思わず目を点にして、次郎の方を見てしまった。だが、それと同時に、ネイティブから手紙を受け取っていること、それに対して返答をしたこと、何一つ次郎には話していないことを思い出し、軽く息を吐いた。


「それはそれで……面白いかもしれないけどな」


 そう軽く受け流すととりあえず封筒をカバンに入れようとした。


「おい、なんですぐしまうんだよ。見せろって」


 だが、そんな圭に次郎がまさかの待ったをかけてきた。


「見せろって、これを?」


 入れかけた手紙をもう一度、目の前まで戻す。


「お前、人がもらったラブレターを堂々と横から見る気かよ」

「そりゃあね、からかう材料としては最高峰。絶品だぜ」

「絶品って……」


「それに……」

 ヘラヘラと馬鹿にするような表情を見せたかと思えば、急に態度をガラリと変えて指を手紙に向かって差す。


「それ、流石にラブレターじゃないのは分かってるよ」


「え?」


「だって、ラブレターなんて、お前貰えないだろ?」

「……」

 知ってた。知ってから、うん。知ってた。次郎はまた、ヘラヘラした顔に戻っていた。


「お前だって同じだろうが」

 そんな感じで次郎のノリに合わせるべく、軽く次郎の肩をつついてやった。だが、次郎はそんな圭に対して、また表情を変えてくる。


「でも、ネイティブからラブレターを貰うのは、お前ぐらいだろうな」

「……」

 その途端に圭の表情が固まってしまった。いくらなんでもその返しは想定もしていなかった。その次郎は平然とした顔で手紙を圭の手から取り上げた。


「ま、なんとなく圭が裏でネイティブとなんらかの接触は試みようとしていると思っていたよ。まあ、あえて詮索まではしないけど……だって、お前は、ネイティブを救うために行動しているんだものな?」


 ヘラヘラと笑いながら、こんなセリフを吐く次郎。ネイティブからのものであろう封筒を蛍光灯に向けて、中を透かし見ている。


「ほんと、最近、次郎のことを怖いとすらと感じるよ」

「え? こわっ、ごめん!? それは……」


「いや、別に俺を騙したことじゃなくてさ……。少し前まで……俺がコントラクトに関わる前までの次郎は、いつでも明るく、いい意味でヘラヘラしたやつだった。だけど、今の次郎は、そこに時折、鋭い姿を見せてくる。


 どっちが本当の次郎なんだ? 今、俺はそのヘラヘラした調子乗りの次郎が、演技のように見えてならない」


「……そうか? まあ、どうかな……」


 無論、その鋭い側の次郎はコントラクトの影響によるものだろうと……信じているが。


「ていうか次郎、いつまでその封筒見てるつもりだ? 悪いけど返してくれ。こういっちゃなんだが、あんまりお前に見て欲しいものじゃない」


 蛍光灯にかざして中身を透かして見続けている次郎。そんな次郎の手の封筒に手を伸ばそうとしたのだが、それよりも先に次郎は封筒を圭に突きつけてきた。


「これ、中に手紙なんか入ってないぞ。代わりに何か別のものが入ってる」

「……え?」


 慌てて次郎から手紙を奪い取ると同じように、蛍光灯に透かせてみた。すると影として封筒の中に映ったのは丸い円。それ以外は何一つとしてない。


「こ……これは……」


 この影の正体は検討付いていたが、流石に確かめるため封筒を空けて中身を確認。手のひらにその影の正体を落とす。


「……一円玉? なんで一円?」


 次郎は不思議そうに一円玉を見ていたが、この意味、圭は直ぐにわかった。これは……ネイティブに送りつけた一円玉だ。もう、これだけでも言いたいことはわかる。


「やっぱ、挑発は向こうの方が上手だな……」


 封筒に何か他に残っされたものがないことを確認すると、再度一円玉を入れ、近くにあったゴミ箱に投げ込んだ。


「お、おい……いいのかよ」

「あぁ……十分に分かった」


 これほどまできれいな返しをもらえるとは思わなかった。こっちの幼稚な挑発を笑うようなセンスを見せてきてくれたよ。


 間違いない……奴は、俺の手紙を見た上で「好きにしろ」と言っている。どうあがいても、無駄だと……端的に俺に向かって言っている。そして、圭の感情の逆なでを誘発させてきている……。


「もったいねえ、じゃあ、この一円、俺が貰っていいか?」

「……」


 こっちの真剣な思考がどっかに吹っ飛んでいきそうな次郎のコメントに今度は、さっきとは完全に反対の方向の意味で目が点になってしまった。


「一円を笑うものは一円に泣くってね」

「……好きにしろよ。十枚貯めてうまい棒でも食えばいい」

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