第5話 防戦一方
「全力を……注ぐ?」
一瞬、何を言っているのかわからなかった。だけれども、憎いほど冷静に物事を判断しようとする自身の思考は直ぐに、その内容の意図を探り当てる。
「お前……俺を目的に縛り付けるつもりか?」
「だ……だって支配から抜けられた場合って……言いましたよね?
でもそれって、言い返せば、抜けられたら、ってだけで、抜け出せるとは言っていないし、抜け出せるよう動く保証もしていない。
とくに……あたしがさっき、抜け出せる期待ができないと言ったのに対し、抜け出せる保証を提示するのではなくて、別の条件もプラスにのせてきましたよね。
それって、本気で抜け出そうとは思っていないのか……抜け出せる自信がないのか……ではないですか?」
こ……こいつ……、舐めた口ききやがって。想像以上に本気で契約を望んできていやがる……、支配される側ゆえの……契約に対する敏感な警戒か……。
「……抜け出せる保証ができないってのは確かだ……。だが、それは百パーセントではないから、というだけだ。
そんなあやふやな保証を契約にするのは無理だろう。
だいたい、全力を注ぐってのも、意味がわからない。そんなあやふやなこと契約にできるかよ」
「……何言っているんです? できますよ」
……女子生徒の声のトーンが今、変わった。
「どういうことだよ……」
女子生徒はうつむいたまま、小さくため息をついた。
「残念ですが、けっこう支配され続けていましてね。コントラクトのことは、それなりにわかっています。絶対に破れないんですよ、契約は……。
それはすなわち、全力を注げ、と契約すれば、全力を注ぐしかないんです。これは普通の契約ではなんです。絶対なんです。
普通の契約では条件に提示できないような、あやふやなものであっても、本人のさじ加減でごまかせるものでも、契約のやり方次第では、ごまかせなくなる。ごまかそうとすることすらできなくなくなる」
「……、それが……コントラクト? ……くそっ、おい!」
横でずっと見ていた次郎に仕方なく、意見を求める。すると、次郎は重い表情で確かに首を縦に振った。
「基本的に……その子の言っていることに……間違いはないよ」
「そうか……説明どうも……。
……はぁ……たく……本当にとんでもないものに巻き込みやがって、クソっ」
苛立ちが込めあげてくるが、それをどこにどう向けていいのかもわからない。いっそ、スマホを窓から投げ捨ててやろうか。
「で、契約はどうするんです?」
「ふざけるな! そんな自ら当たって砕けろみたいな契約結べるか! 最初に俺が言った条件に十分だろうが。お前が助けを求めたら、助けてやる。それで十分だろう!」
「……それだったら、契約しないでいいです」
「……はぁ? 契約……しない?」
「ええ、だって、その契約じゃ、まともに支配を抜け出せる気がしませんから。だったら、意味ないです」
そういった女子生徒は、そのまま圭たちを置いてその場を去ろうとする。
「あ、そうそう。これは言いふらしておきますね。ネイティブに対して歯向かおうとしている愚かなやべーやつがいるって」
そう言って、女子生徒はスマホの画面を向けてきた。そこにあるのは、いつの間にか取られていた圭の顔写真。
もはや、最初のおどおどした女子生徒の姿はどこにもない。すべて、周りを欺くための演技だったということをまざまざと見せつけられている。
「ちょっと、待てよ! てめえ」
思わず駆け寄ると、声を張り上げ、女子生徒の腕を掴みあげた。
「あれ? やっぱり契約、します? あたしの出した条件で」
ああ、畜生、完全にしくじっていた。この必死さから、こちらは絶対に維持でも叶えたい契約だというのは見透かされている。
それを踏まえたうえで、こいつは強気で有利な条件をねじ込もうとしている。
「なぜ、そこまで拒むんです? 先輩、最初に言いましたよね? 支配から抜けられた場合、って。だったら、実際にそれに全力を尽くすだけじゃないですか?」
……もう……いいさ。どのみち、このままでいるつもりはなかった。ネイティブに抗えるなら、抗おうと思っていた。
それが、自主的なのか、強制的になるかの違いでしかない。むしろ、強制されたほうが、勝てる可能性も……あがるかもな……。
「いいだろう。俺に出来る限りを尽くして、支配から逃れてやる。契約だ」
秘密保持契約
第一条 543レイン(以下甲という。)は今日ネイティブとの集会で起こったこと及び仮面ファイター5103(以下乙という。)のことを口外及び発信してはならない。
第二条 甲が乙に助けを求めた場合、乙は甲を可能な限り全力を持って助ける。
第三条 乙はネイティブatp(以下丙という。)の支配から全力で抜け出すべく行動する。
2.抜け出せた際、乙は全力で甲も丙の支配から解放されるよう最善を尽くす。』
「これで俺は……運命に抗えないってか……とんだ契約だ……。まあ、契約終了だ」
「はい、この契約がある以上、あなたのことは黙っておきますよ」
そう言って、543レインというアカウントを持つ女子生徒はこの場を去っていいった。
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