第1話 ママとならどこにだって行ける

 色々と許可をもぎ取ったとはいえ、ママはそれでも忙しいのである。行くなら急がなくてはならない。


「りゅうくーん、りりちゃーん、ちょっとTV止めてー!」


 ママが子供たちを呼ぶと、TVにくぎ付けだった子供たちがふりかえる。


「今からお出かけすることになったから、急いでお支度ね!」

「えー、今いいところなのにー」

 りゅうくんが口をとがらせる。

「その話、もう何回も観てるじゃないの。帰ってからだって、続き観れるでしょ?」

 ママは呆れてため息をつく。気にいったら、一直線。ひたすら繰り返すのは男の子のサガなのだろうかといつもママは思うのだ。


「それにね、敵が強くて勇者が困ってるんだって。やっつけてほしいんだってー」

 『敵』の一言に、りゅうくんがぴくりと反応する。今のりゅうくんは戦いがマイブームだったりする。

「ゆうしゃ、まけそうなの?」

 だけど、りりちゃんはちょっと心配そうだ。

 ママはおもむろに難しい顔をして腕をくみ、大げさにうなずいた。

「そう! だから、りゅうくんやりりちゃんに助けてもらわないとダメみたい!」

「なにそれー」

 ママにそんなことを言われて、子供たちは顔を見合わせると、くすくす笑う。

「さ、お支度して。急いで助けに行こうね!」

「はーい!」

「しょうがないなー」

 子供たちはパタパタとお出かけの準備をはじめた。



「りゅうくん、リュック持った?」

「うん!」

「りりちゃんは水筒ね」

「もった!」

 お出かけ前の荷物チェックをしっかりと済ませると、ママは小さなリモコンを取り出した。

「さ、今日はCool TVを使うよー」

「わー、それだとすぐにつくねー」

「でも、おこられるから、つかっちゃ、め、なんじゃないの?」

 りりちゃんは心配そうにママを見上げる。

「今日は使っていいってオッケーもらったんだよー」

 ママのにっこり笑顔に、子供たちも一緒ににっこりになる。


「モンド8の……5っと」


 ママがリモコンを操作すると、テレビの画面に漆黒の城が映った。背後には黒雲が立ち込め、ときどき稲光が空を切り裂く。


「おー、それっぽいそれっぽい」


 ママはリモコンをポケットに収めると、二人の手を握る。

「じゃ、行くよー」

 三人は、ためらいもせずにテレビの画面に飛び込んだ。


 ――一瞬の電磁嵐。


 三人は何事もなく真っ黒な地面に降り立った。


「ついたー?」

「ついたねー」

「ついたー!!」

 三人三様に周囲を確認して、うなずきあう。


 でも、服装はさっきまでと違うのだ。


 ママは生成りのシャツに茶色い革のパンツとブーツ。そしておそろいの革のベストに、同じく革のとんがり帽子。

 りゅうくんは、シャツなしの素肌に真っ赤な革ベストと同色の半ズボン。頭につけているのは、飛行機用のゴーグルだ。

 りりちゃんは薄いグリーンのシフォン生地で、裾がひらひらと広がるサーキュラータイプの膝丈ワンピース。白いレースのボレロがアクセントになっている。


「さて、勇者はどこかしらね?」


 いつの間にかカッコイイ杖を持ったママが、宙を杖でとんと突いた。


 すると、ゲーム画面のマップのようなものがぱっと広がる。

 マップの中央には黒い点が3つ。上の方に大きな赤い点と青い点があり、さらに少し右に赤と青の点が密集していた。


「ふむ。この距離だと、跳んだ方が早そうね……」

「赤いのをやっつけるの?」

 りゅうくんが横から、目をキラキラさせてのぞき込む。

「そうよー。でも、いきなり攻撃しちゃだめよー?」

 ママはしゃがむと、二人と目線を合わせた。


「いーい? これから、ママが二人を移動させます。そしたらまず、りりちゃん!」

「はいっ!」

「こっちの、青いのが勇者の仲間なのね。この人たちを守ってあげてほしいの」

「こっちねー?」

 りりちゃんが指さす手には、可愛いえくぼ。ママは紅葉のお手手をうっとりと見つめる。

「そうよー、りりちゃん、偉いわ!」


「で、りりちゃんがオッケーって言ったら……りゅうくん!」

「うん、赤いのをやっつけるんだね!!」

「そうそう。やりすぎて、青いのをやっつけないようにね」

 ママとりゅうくんは二人でうんうんとうなずいた。


「じゃ、そっちは二人に任せるわね。ママはこっち側、勇者のところに行って、ボスをやっつけるお手伝いするからー……」

「ボス!! りゅうくん、ボスがいいー!」

 りゅうくんがママのベストの裾をひっぱった。

「あー、ごめんねりゅうくん。ボスはやっつけちゃだめなのよー」

「え……だめなの?」

 りゅうくんの目がまん丸く開く。それはもう、こぼれ落ちそうなぐらい。

「だってほら、魔王は勇者が倒さなきゃ」

 りゅうくんはちょっぴり不満そうにほっぺをぷくっとふくらませる。

「もうちょっと、手加減できるようになったらねー」

 ママはりゅうくんの頭をくりくりと撫でると、再び杖を持ち上げてマップをトン……と突いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る