第39話 復活、魔王・バアル

 ――『魔王・バアル』

 下半身は壁に埋まっているようで見えないが、上半身は古代の彫刻のように美しく、頭からは大きな角が生えていて、背中には翼があり、両腕は壁に埋まっていた。

彼はシーズン1から3のNPCのラスボスで、シーズン1でマオに倒された者だ。

それが何故、ここにいるのだろう。

しかも、石にされて封印されてるらしい。

一行は石にされた魔王を遠目に見ながら考えた。

「これって、前までのラスボスだよな?」

「そうね……、実物を見るのは初めて……」

「これ、本物なのかしらね……?」

「どうなのでしょう……?」

「某は戦いたい所だが、どうする?」

「まだ生きてるのかしら……?」

六人それぞれそう思うも、別に魔王を倒しにここへ来たわけでは無い。

「動くかどうか、試してみようか」

「動いたらどうすんのよ?」

「逃げよう。戦いに来たわけじゃないし」

「見逃してくれるかな……?」

彼らがそう話していると、天井の方から、〝ドンッ!〟と、大きな音と地震のような揺れが彼らを襲った。

「何だ?」

「地震?」

皆、一斉に天井を見上げた。

上からは砂と天井の破片のようなものが落ちてきている。

そこへ再び〝ドンッ!〟と、地震のような揺れが一面に広がった。

天井にヒビが入り、さらに上から破片などが落ちてくる。

「ヤバイな……」

「逃げよう!」

そう言って逃げようとした、その時、

〝ドンッ!〟

と、三度目の揺れが彼らを襲い、思わず立ち止まってしまう。

天井のヒビがさらに大きくなると、ついに崩れ始めた。

崩れた天井が赤い絨毯の上に次々落ちてきて、そのうちの一つが石化した魔王の頭に落ち、彼の目が一回光った。

 だが、その魔王の手前の瓦礫の上に人が立っている。

――『マオ』だ。

彼女はこちらを怒りに満ちた目で睨みつけていた。

そして彼女の隣に、ライシスとダーティが降りてくる。

「アンタ達……、この前はよくもやってくれたわね……」

彼女は怒りを露わに、そう言った。

「そうだ、マオ様はお怒りだぞ」

ライシスも続けて言った。

ダーティは相変わらず目を隠しているが、無言でこちらを見ているようだ。

 だが、彼女の後ろの魔王の石像、その目には命の光が宿っていて、今にも動き出しそうになっていた。

「マオ! 後ろ後ろ!」

クロウがそう叫びながら、マオの後ろを指差し、注意を促す。

「何言ってんのよ!」

マオは怒っていて、こちらの話を聞こうとしない。

それでも、彼女の後ろの魔王の石像のあちこちから、石の膜のようなものがポロポロと落ちてきているのだ。

「マオ! やばいって!」

「マオっち! 後ろ!」

彼ら六人がマオの後ろを指差しながら叫ぶ。

 やっとマオが後ろを振り向くと、そこには魔王の顔があった。

「邪魔よ!」

マオはそう言いながら、ハイキックで魔王の顔を蹴り飛ばす。

 魔王・バアルを覆っていた石の膜のような物が、その衝撃で全部剥がれ落ち、彼はおぞましい叫び声を上げた。

「こいつ、バアル? なんでこんなとこに!?」

マオは今さら気づいたようだ。

バアルは両手を壁から引き抜くと、自らの頭上へ掲げ、何かの呪文を唱えた。

 バアルの両手の間に黒い球が浮かび上がり、四方に青い電流を走らせながら、徐々に大きくなっていく。

「アレはマズイ!」

マオがそう叫ぶも、黒球はさらに大きくなり、赤い絨毯の上の瓦礫へと落とされた。

巨大な地震のような物がこの地を襲い、ここにいる者は立っていられなくなる。

「なんだ、これは!?」

クロウ達も立てずにいると床に亀裂が走り、この建物はもう持たないと思われた。

さらに亀裂が広がると床が抜けてしまい、彼らは下へと落とされてしまった。



 ……幸いにも地下は水場になっていて、落下の衝撃は少なかった。

仲間の安否を気遣い、辺りを見回すと、全員無事のようだった。

「みんな、大丈夫か?」

「いたぁい……、あたしは何とか」

「ウチも大丈夫よ……」

「皆さん、お怪我はありませんか?」

「某も大丈夫だ……、だが何だ、あれは?」

「いたた……、私も大丈夫だけど……。聞いてはいたけど、初めて見たわ……」

「イヨ、何か知ってるのか?」

「あれは魔王専用の術みたいなもので、『黒穴太陽ブラックホールサン』っていうものよ……」

「技の名前がカッコいいな……」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょうに……」

「そうね、とりあえずここから出ないとね」

「天井は……、結構高いですね……」

リノは天井を見上げ、そう呟いた。

「静かに! 何かいる……」

ヒナの一声で、彼らは沈黙して耳を澄ます。

何かが泳いでいるのだろうか。それらしき水の音が聞こえる。

その方向を見ると、上から落ちてきた瓦礫を跳ね除け、魔物が姿を現した。

その姿は、上半身は美しい女性、下半身は魚、腹部からは六匹の犬の上半身に十二本の犬の足が生えた、奇怪な姿をしていた。

彼女はこちらを睨みつけると、右手で剣を掲げ、魔法を使いだした。

その魔法は、水を切り裂きながらこちらへ向かい、彼らがそれを躱すと、瓦礫を斬り、吹き飛ばした。

「なんて奴だ、色々欲張りすぎだろ、その恰好……」

健康分析ヘルスアナライズ! 彼女の名は『スキュラ』よ! 魔王にフラれて地下に落とされたらしいわ」

「クロ、ナンパしてこいよ!」

「無理だって! 上半身は美人だけど」

それを聞いた魔物は、少し照れて頬を赤くした。

「効いてるじゃん、行け、クロ!」

「やだよ!」

そんな会話を聞いたスキュラは、怒ってクロウに斬りかかって来た。

「うわっ! こっち来んなって」

クロウは一度剣で払うも、胴の下の犬の頭は狂暴で、逃げるしかなかった。

リノの狙撃とイヨの弓で犬の頭を二つ撃ち抜くと、彼女は痛みでより狂いながら攻撃してきた。

「犬の頭は当てやすいわ、そこを狙いましょう!」

イヨがそう言うと、六人それぞれ犬の頭を攻撃してそれらを撃つと、ようやく彼女の動きが鈍くなってきたようだ。

エリーが魚の下半身を斬ると、ついにスキュラは動きを止め、ヒナに肩から袈裟斬りにされ、倒された。

「彼女の血は毒を持っているかもしれません、早くここを立ち去りましょう」

リノはそう言ったので、ひとまず全員でここから離れることにした。


 地下は川のような洞窟になっており、膝まで水が浸かる程だった。

一行は出口を求め、水の洞窟を進んで行く。

進むこと数分、目の前に地底湖のようなものがあった。

その湖の水は澄んでいたが、イヨが水中呼吸の指輪を持っていない事と、他にも進める道があったので、そこの探索は後回しにした。

 地底湖の場所があった場所を抜けると、足元の水は無くなり、歩きやすくなった。

そのまま道なりに進んで行くと、徐々に洞窟は上へ向かっていて、上手くいけば地上に出れるかもしれないと、期待した。

 さらに進んで行くと、やっと地上の光が見えてきた。

洞窟の天井が地上の石畳の裏側のようになっていて、そこから外に出られそうだ。

リノが銃で天井の石畳らしき所を撃ち抜くと、石畳が落ち、そこから空が見えた。

フェイの土の精霊で足場を作り、一人ずつそこを登り、全員が外へ出る。

そこは魔王の城から少し離れた遺跡の一部のような所で、そこからは見えたのは、遠くで誰かが戦っている姿だった。


 戦っているのは、魔王・バアルとマオ達三人である。

マオは指から光線を出し、ライシスはクロスボウで撃つ。

ダーティは手裏剣や、隙を見て近づいてバアルを斬る。

バアルは両手から何かの魔法をだしているようだが、三人には当たっていない。

 彼女達の戦いは拮抗しているかに見えた。

だが、その程度で引くような彼女達では無い。

ダーティが一瞬の隙を突き、バアルの背中を斬ると、マオが一気に距離を詰めた。

マオがバアルの首に掴みかかると、彼を持ち上げて宙に飛ぶ。

「48の殺人魔法の一つ、『魔法少女バスター』!!」

彼女はそう叫んで、例の技のモーションに入った。

だが、上空でもつれ合い、6と9が逆さまになるように上下が入れ替わってしまう。

地上に落ち、キン肉バ〇ターを決めたのは、バアルだった。

「ぐはっ……」

マオは口から血を吐き、地面に倒れる。

「マオ!」「マオ様!」

ダーティとライシスが駆け寄り、彼女を助けようとする。

そこへクロウ達が駆け付けたのだ。


 バアルはマオの落とした短い杖を取り上げると、口の中へ入れ、飲み込んだ。

その隙にダーティがマオを担ぎ上げ、

「これで勝ったと思うなよ……」

そう言い残し、逃げて行った。

「やれやれ、やっぱり最後は俺達が決めないとな!」

クロウは真顔でそう言った。

「あたし達が主人公だからね!」

エリーも口に微笑を含みつつ、言った。

「ウチらがやらないとね!」

フェイもやる気である。

「そうですね、どもこれが最後じゃないですよ」

リノを銃を手に取り、戦う構えを見せた。

「……楽しくて仕方ない、こんなに高揚するのは初めてだ!」

ヒナはもちろん、やる気である。

「こんなことになるなんて、占いでも予測できなかったわ」

イヨも戦うつもりだ。

六人がこうして、魔王・バアルに対峙した。

彼らにはこの敵に勝つ自信が溢れていた。

 だが、一方のバアルは、自分の胸を押さえ、もがき苦しみだした。

先程、マオの落とした短い杖を飲み込んだせいだろうか?

「あれ? なんか魔王、死にそうじゃない?」

「さっきマオの杖飲み込んだの見たよ?」

「のどにつかえたかしら?」

「背中を叩いてあげた方がいいのでしょうか?」

「どうした? 早く戦おうよ!」

「おかしいわね……」

彼らがそうして戸惑っていると、バアルの体から青い電気がほとばしり始めた。

バアルが苦しみながら両手を挙げて空に向かって吼えると、その体に異変が起きた。

彼の体が、徐々に大きくなっていったのだ……。

その大きさは、四十メートルに達し、以前見た、巨大化グレイス並みとなった。

「おい! これどうすんだよ!」

クロウは狼狽してしまう。

「さっきの威勢はどうした? あたしも逃げたいけど」

エリーも逃げ腰になってしまった。

「これどう考えても無理じゃん、踏まれるって!」

「そんなことあたしに言わないでよ!」

二人がそう言い合っていると、フェイが一歩前に出た。

「フフフ、フフ……。こんな時もあるかと思って取っておいた、ウチの新魔法をお見せするわ」

「フェイ、またあの残念ロボを召喚するつもり?」

「違うわ、新しい物よ」

フェイは一度、深呼吸をし、杖を頭上に掲げ、叫んだ。

「召喚! 出でよ! 炎の精霊!」

全身に炎をまとい続ける元テニスの選手を呼び出した。

「召喚! 出でよ! 土の精霊!」

足元に犬を連れて石化されてしまった幕末の偉人が現れた。

「召喚! 出でよ! 水の精霊!」

ハゲ散らかした貧相なおっさんを呼び出した。

「召喚! 出でよ! 風の精霊!」

口ヒゲを生やし、全身タイツに胸毛をアピールするおっさんが現れた。

「大召喚! 精霊融合!」

フェイの掛け声で四体の精霊が合体し、バアルに匹敵する巨大な人影が現れた。

その姿は、全身派手で奇妙な色使いをした、どこかで見たようなロボットだった。

「フェイ……、これ、なに? 目が痛くなる色なんだけど」

「サイケガソダムよ!」

「またパチモン? 権利者に怒られるよ?」

「大丈夫よ! このサイケな色遣いは真似できないわ!」

「はぁ~、あたしもう知らないからね、連載打ち切りになっても」

「人の指図では動けないのです、わたくし」

「あ~、はいはい、やっちゃって」

かくして、巨大化した魔王・バアルとサイケガソダムは対峙する。


 両社の睨み合いが終わり、バアルと派手なロボットが交戦し始めた。

バアルが指から黒い光線を出すと、派手ロボも胸から拡散ビームを出して対抗する。

派手ロボが両方の指から十本の光線を出すと、バアルも手から黒い球を放つ。

 その一方で、やはり彼らはお茶を飲んで、その戦いを見学していた。

「……フェイ、この戦い、いつ終わるんだ?」

「指図は受けないと言ったろ!」

「この間に休んでおこうよ」

「なら、敵になるのをやめて! 私に優しくしてよ!」

「このネタ、いつまで続けるのでしょうね……」

「蛇が頭の中でのた打つような感覚……」

「そろそろ飽きてきたのだが……」

「頭が……頭が痛い! ……薬、薬を…!」

「魔王もこんな相手と戦うとは思ってなかったでしょうね……」

「思い出なんか………記憶なんか……消えてしまえ!!」

そうしたくだらない話をしていると、やっと両者のエネルギーが切れてきたようだ。

バアルの体が縮んでいき、派手ロボも次第に小さくなり、消滅してしまった。

「よし、そろそろやるか!」

六人は立ち上がり、倒れているバアルの側へ向かった。


 だが魔王・バアルは力尽きたのか、ピクリとも動こうとしない。

全員、彼の顔を覗き込んだ。

「死んだのかな?」

「動かないね……」

「これで……忘れないで済むというもの……」

「……まだ言ってるのですか……」

「これで終わりとは思えないが……」

「どうしたのでしょう……」

突如、バアルの口が開き、白い流体状の何かが、心太ところてんのように絞り出てきた。

六人それぞれ後ろへ飛び、武器を構え戦う準備をする。

白い流体状の何かは、徐々に人の姿を形どり、銀髪の少年となった。

「こいつが……、例のハッカーか……」

クロウが緊張しつつ、そう呟く。

「そうだよ、ヨロシク」

銀髪の少年はそう答えた。

「あなた……、何者なの?」

エリーが彼に尋ねた。

「僕は……、名前なんて無いよ。名無しでも774でも好きに呼んで」

自らをナナシと言った少年は、そう答えた。

「なんの目的でこのゲームをハッキングしたのよ?」

フェイも彼に尋ねた。

「ん~、暇つぶし、かな?」

ナナシはそう言って微笑む。

「この人、何なのでしょうか……」

リノも銃を構え、いつでも撃てるよう警戒している。

「僕は僕さ、作られた物だけどね」

ナナシはそう言って遠くを見た。

「其方……、相当腕が立つと見たが?」

ヒナも緊張しつつ、刀を構える。

「僕は強いんじゃないかな? 良く分からないよ」

そう言って、彼は空を仰ぎ見た。

「君……、本体はどこなの?」

イヨも彼に尋ねる。

「ここさ」

彼はそう言うと、片手をゆっくり上げた。

その指先から複数の光線が放出され、彼ら六人を薙ぎ払う。

「うわっ!」

六人はそれぞれその攻撃を躱したり受け流したりした。

だがその時、クロウの剣が乾いた音を立てて地面に落ちる。

「げっ!」

名剣『フルティン』は、折れてしまったのだ……。

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