第36話 震撼、サイクロプスの谷

 ――翌日。

 冒険者ギルドが、仮営業を開始した。

リベルタスの街の復旧はまだ終わっていないが、その為のクエストがあるらしい。

一行は朝食を取った後、冒険者ギルドの仮店舗へ向かった。

何か面白いクエストがないかと思っての事だった。

「ねぇ、これいいんじゃない?」

エリーは壁に貼られた一枚のチケットを指差した。

「『石材の調達:サイクロプスの谷で良質な石材が取れるものの、彼らは問題を抱えていて石材が手に入らない。彼らの悩みを解決してくれ』だって」

「どんな問題を抱えてるんだろ?」

「行ってみれば分かるんじゃないの?」

「そうですね、行ってみましょうか」

「うむ、準備を整えて向かおう」

こうして五人は、サイクロプスの谷へと向かった。



 ――『サイクロプスの谷』

 ここは一つ目巨人である『サイクロプス』達の集落がある。

その身長は十メートルに達し、力も強く、巨人族の間でも大柄な方だ。

彼らは人々に対して敵対的では無く、かといって友好的でも無い。

集落の外との取引の為、少し交流がある程度だ。

そんな彼らの悩みとは何だろうか。

 一行がサイクロプスの谷に近づくと、彼らは集落の外で野宿しているようだった。

「なんだ? みんな野宿なのか?」

「そうみたいね、何があったんだろう?」

「でも、こんなにサイクロプスがいると威圧感があるわね」

「背が高いので、座っていても私達の倍以上ありますね」

「彼等程の強者が悩むとは……」

五人はとりあえず、サイクロプス達から話を聞いてみる事にした。


「……何でも、谷の中を巨大なミミズが横断してるらしいな」

「サイクロプス達でも持て余すなんて……」

「棍棒で殴ると、変な液体を出すらしいわ」

「それはちょっと困りますね……」

「彼等が恐れる魔物か……」

「とりあえず、谷の方へ行ってみよう」

こうして一行は、サイクロプスの谷へと向かう。


 サイクロプスの谷に着くと、その巨大ミミズはすぐに見つかった。

大きすぎるのだ。何もかも。

そのミミズは土色で、直径は五メートル以上あり、ほんの体の一部しか見えない。

谷の底の壁から壁まで伸びていて、頭や尻尾がどこまであるのか見当もつかない。

その表皮は柔らかそうであるが、白く太い剛毛があちこちに生えていて、殴ると変な液体を出すらしい。

「これはちょっと大きすぎるな……」

「サイクロプスでも食べられそうだね……」

「こんなに大きいと、どこから手をつけていいか分からないわね……」

「何を食べたらこんなに大きくなるのでしょうか……」

「この大きさで暴れられたら、大変な事になりそうだな……」

「どうしよ? その変な液体を調べてみる?」

「何か手がかりがあるかもね」

「ちょっと待って、調べてみるわ。健康分析ヘルスアナライズ! 彼は『アビスワーム』よ。大きいものでは全長一キロになるらしいわ」

「一キロですか……」

「それはちょっと困るな……」

五人は相談して、離れてからミミズを傷つけて、変な液体を調べることにした。

 全員ミミズから十分離れると、リノがM16カスタムで狙撃する。

巨大ミミズの大きさからしたら、蚊に刺される程度だろう。

その表皮に穴が開くと、そこから液体が飛び出してきた。

その液体は地面を煙をあげつつ溶かし、そこに穴を空けたのだ。

「この液体……ヤバイな……」

「ヤバイね……」

「『酸』みたいなものかしら……」

「この大きさのを全部撒かれたら、谷が消えてしまいますね……」

「凍らせて斬るのはどうだろうか?」

「あの太さを中まで凍らせる事ができるのかしら?」

「頭を叩くのはどうかな?」

「ミミズだったら頭は土を掘ってるんじゃない?」

「それじゃ、尻尾のほうは空洞になってるとか?」

「どうやってその穴見つけるの? 地面掘るの?」

「どこかの洞窟と繋がってるとかないでしょうか?」

「燃やして暴れられても困るな……」

「もう一回サイクロプス達に聞いてみようか」

五人はサイクロプス達の所へ戻り、再び情報を集めだした。


 ――数十分後。

「谷の東の方に、細い亀裂と狭い洞窟があるってさ」

エリーはサイクロプス達からいい情報を聞いてきたようだ。

「なるほど……、そこから行けるか試してみようか」

「そこから行けなかったら?」

「また別の方法を探そう」

一行はサイクロプス達から聞いた話を元に、亀裂を探した。

その亀裂は、彼らからしたら細すぎるものであったが、人が入るのには充分だった。


 亀裂から地下へ降りて行くと、鍾乳洞の入り口らしきものが何個か見つかった。

クロウの直感を頼りにそこへ入り、進んで行く。

人がうつ伏せにならないと進めない場所が何ヵ所かあったが、なんとかミミズの通り道らしきものが見つかった。

「これがミミズの通った跡かな?」

「鍾乳洞と違って丸いし、そうかも」

「あのミミズ、酸みたいな体液で溶かしながら進んでるのかしら?」

「どうでしょう? いつも土の中にいるので、詳しくは調べられませんよね」

「言われてみると、この穴が溶かされて出来たように見えるな……」

五人はそう話しつつ、ミミズの尻尾があると思われる方向へ進んだ。

 穴は上下左右にうねりながら伸びていて、いかにもミミズの通った跡のようだ。

その穴を進んで行くと、やっとミミズの尻尾らしき部分が見つかった。

「これが……尻尾か……」

「尻尾でも大きいよね……」

「尻尾の先だけなら、凍らせられるかな……」

「先だけ凍らせても……」

「尻尾の方も変な体液が出るのだろうか?」

「……やってみますね」

五人は一度後ろへ下がり、リノの銃で尻尾を撃ってみた。

やはり、尻尾の方も酸のような体液が出た。

その体液は、洞穴の底の方を煙をあげながら溶かし、小さな穴を空けた。

「……もしかしたら……」

「どうしたの? 名案でも浮かんだ?」

「うん、尻尾の辺りに深い穴を掘って、そこにミミズの体液を落とす、みたいな」

「でも、ミミズの大きさからすると、相当な量が出るよ?」

「もしかしたら、ミミズを干からびらせるかも?」

「体内から水分が抜ければ、そうなりますね」

「ふむ、最低でもミミズを弱らせることが出来そうだな」

「でも待って下さい、ここの空気は大丈夫でしょうか?」

「酸欠になるとか?」

「じゃあ、ウチの魔法で外から風を送るわ」

「えっ!? まさかアレ?」

「そのまさかよ! 召喚! 出でよ! 風の精霊!」

……口ヒゲを生やし、全身タイツに胸毛をアピールするおっさんが現れた。

「歌いなさい! 不レディ!」

〝ドンドンパンッパンッ♪ ドンドンパンッパンッ♪ ドンドンパンッパンッ♪ ドンドンパンッパンッ♪〟

「フェイ、この音誰が出してるの……?」

「聞くだけヤボよ……」

「何かノリのいい曲だな」

「やる気が出てきますね」

「太鼓の音か、悪くないな……」

〝♪ウルセエガキドモ トオリデアソンデ

 ♪イツカハオオモノニ~ナル ソノカオキタネェナ!

 ♪ハズカッシィ! ヤリタイホウダイスルンジャネェウタ!

 ♪

 ♪

不レディは歌い始め、洞穴の中の空気に流れができてきたようだ。少々うるさいが。

とにかく、窒息の危険が無くなったようなので、五人はミミズに対処し始めた。


 リノは再び銃でミミズの尻尾を撃ち、体液を放出させる。

その液体は、先程できた穴をさらに広げ、深く掘った。

それからリノは、体液の出る場所をコントロールしながら底の穴を広げていった。

洞穴の底の穴が充分に広がると、銃創を広げ、体液の出る量を増やす。

次第にミミズの体液は滝のように底の穴へと落ちていった。

ミミズに痛覚は無いものかと思ったが、彼の尻尾は全く動きを見せなかった。

 その一方、リノを除く四人は、ノリノリで手拍子を繰り返していた。

だが、楽しい時は続かないものだ、突然、例のリズムと不レディの声が止まった。

彼のいた背後の方を見ると、そこには体長二メートルを越えるモグラがいたのだ。

そのモグラは、目に怒りを蓄え、こちらを睨んでいる。

「敵か!」

五人はそれぞれ武器を抜き、構えた。

リノが補助魔法をかけ、フェイの氷魔法を浴びせる。

クロウ、エリー、ヒナが距離を詰めようとするも、突然彼は口から火を吹いた。

不意をつかれ、退がる三人。

「こいつ、モグラなのに火を吹くとは……」

「土竜って書くしね」

「生意気ね! お仕置きしてあげるわ! 輝光反映シャイニングリフレクト!」

その掛け声と共に洞穴の上の方にミラーボールが現れ、回転しながら派手に照らす。

「まぶしっ!」

「またかよ!」

だが相手はモグラ、強い光に弱いようだ。彼は目を隠して光を遮ろうとする。

ヒナが彼の隙をついて距離を詰め、斬りかかった。

クロウ、ヒナ、エリーの斬撃を立て続けに受け、フェイの魔法で足を凍らされてしまい、最後にはリノの狙撃で頭を撃ち抜かれ、彼は倒されてしまった。

「所詮はモグラ、大きくても大したことはない、か」

ヒナはそう言うと、刀を鞘に収めた。

 背後の魔物を退治した彼らは、再びミミズの尻尾の様子を見に戻る。

その尻尾からは相変わらず酸の体液が流れていた。


「これ、小さくなってる?」

「どうだろ?」

「元が大きすぎるからね……」

「……いま動きました?」

「どうした?」

「ミミズが動いたような気がします……」

「この大きさで動かれたらマズイ、外に出よう」

「うん」

彼らはそう話し、ここから出ようとした。

その時、ミミズの体液で掘った穴から、水が噴き出してきたのだ。

「うわっ!? ヤバイの当てたか?」

「水脈!?」

「早く!」

全員走って逃げ出した。この洞穴の中で水に流されてしまうかもしれない。

そうはなりたくないと思い、急いで入って来た場所へ向かい、脱出にかかる。

彼らが今までいた洞窟には水が流れて来ていて、危ない所だったようだ。

五人がやっと地面の亀裂から外に出た時、大きな揺れが彼らを襲った。

「何だ? この揺れ」

「ミミズが動き出したのかも?」

さらに地面が揺れる。

「寝た子を起こしちゃったのかも?」

「そうかもしれません……」

「ミミズが暴れてるのか……?」

「谷にいたミミズが気になる、見に行こう」

五人は急いでサイクロプスの谷へと向かった。


 サイクロプスの谷に着くまでに何回か揺れが起きたものの、何とか辿り着いた。

そこでは、あの巨大ミミズが体を収縮させて動こうとしている。

「動いてるな……」

「水も出て来てるの?」

「酸の体液じゃないみたいね」

確かに、ミミズの胴体の周辺は濡れているが、地面は削れていなかった。

さらにミミズが入っていた穴からも水が徐々に溢れてきた。

「苦しんでるのでしょうか?」

「溺れているのかもな……」

「そういやミミズって呼吸するのか?」

「あたしに聞かないでよ、ミミズ博士じゃないんだしさ」

そう話していると、サイクロプス達が谷の様子を見に来たようだ。

自分達の住居が心配なのだろう。

その彼らのうちの一匹が、ミミズを棍棒で殴りだした。

「ちょっと! あれ、マズイんじゃない?」

「ミミズに怒ってるのでしょうか?」

「そうかも知れんな……」

そうしていると、徐々にサイクロプス達が集まりだし、棍棒でミミズを殴り始めた。

巨大ミミズは体を収縮し、もがこうとしているようだが、その大きさが災いして洞穴から逃げる事が出来ない。

地面の震動がさらに強くなると、サイクロプス達が増えてきて、今度は皆で大きな岩をミミズに向かって投げだした。

「どうしよ? これ……」

「サイクロプスが怒ってるのね……」

「でも、これを止められる?」

「無理ですね……」

「十……、二十以上いるな……」

五人はサイクロプスの行動に戸惑っていたが、彼らの怒りを鎮めるのが難しそうだ。

 この惨状を指を咥えて見ているしかなかったが、彼らが岩で巨大ミミズを押しつぶすと、大地の震動は止み、静寂が戻った。

「最初から岩を投げれば良かったんじゃないか?」

「それだと、谷が溶かされちゃうかも?」

「ミミズの尻尾から体液を抜いたのが良かったのかしら?」

「どうでしょうか……?」

「結果論だな、でも上手くいって良かった」


 それから彼らは、巨大ミミズを見ようと近づいて行くと、サイクロプスの一人から礼を言われた。

「……巨大ミミズを退治出来たから礼を言われたな……」

「石材の運搬も再開するってさ」

「ウチら、ミミズの尻尾をつついてただけだったわね」

「でもクエストは達成していますね……」

「帰ろうか、ここにいても出来る事は無いだろう……」

五人はクエストを達成したようなので、リベルタスへと戻って行った。



 街に戻り、クエストを報告した一行。

クエストの結果は釈然としないものとなったが、彼らが地下で行動しければ、どうにもならなかったのかもしれない。

そう自分達を慰めつつ、今日の冒険は終わりにして、五人は休む事にした。

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