第35話 虜囚、オーク族の秘密

「……くっ、殺せ!」

「それはいいから」

「何でこんな事になっちゃうかな~」

一行はグレイスと共に牢屋の中に閉じ込められていた。

場所は『オークキングの砦』である。

「ウチらは武器奪われてないしね、出る方法を探そうよ」

「そうですね……」

「鉄格子は刀で斬れんな……」

牢屋の壁は硬い岩で、正面には鉄格子、鍵穴は無く、どこかの仕掛けで開くようだ。

「……このままではオークにあんなことやそんなことをされてしまう……」

悲嘆に暮れるグレイス。だがその眼は期待で輝いているように見える。

 彼らがこうなったのには理由がある。

それは今日の朝、リノがドルフから銃を受け取り、ギルド拠点へ戻る時の事だ。



 ――リベルタス、早朝。

 リノはドルフから銃を受け取ると、ギルド拠点へと向かう。

ギルド拠点が見えてくる頃、入り口の前に怪我を負った若い男が倒れていたのだ。

「大丈夫ですか!? 天使の癒しエンジェルヒーリング!」

リノは彼に回復魔法をかける。

この男はどこかで見たことがある、そう思いつつも、彼をギルド拠点で手当てしようと中へ入れた。

拠点の中にいたクロウは、

(確かグレイスの……『チンカス』だっけか……? いやそんな名前は無いな……)

そう思ったが、口に出せずにいた。

 リノが彼の手当てを終える頃には、メンバーが揃い、彼から話を聞くことにした。

「ありがとう、僕は『マーカス』だよ、以前グレイス隊長を助けてもらった事があったよね」

一行はその話を聞き、彼の事を思い出したようだ。

「どうして怪我をして倒れていたのですか?」

リノが質問した。

「うん、隊長が魔物に捕まっちゃってね。誰かに助けを求めに来たんだけど、途中で気絶しちゃったみたいなんだ」

(また捕まったのか……)

そう思ったが、とりあえず話を聞く。

「『オークキングの砦』を攻略してる途中で皆とはぐれてしまって、僕達はなんとか脱出できたんだけど、隊長が戻って来ないんだ……」

「それはお気の毒ですね……」

「……仕方ない、助けに行こうか」

「えっ! いいのかい? 君達には前にも助けてもらったのに……」

「そうは言っても知らない人じゃないしね~」

「そうね~、困ったものだけどね」

「私達がグレイスさんを助けますよ」

「我らに任せてくれ」

「すまない……、僕たちがもっと強ければいいのだけど……」

「そういう話はグレイスを助けてからだ、よし行こう」

こうして五人はマーカスの頼みで、グレイスの救出に向かった。



 ――『オークキングの砦』

 オーク達の王、オークキングが支配している砦である。

小高い丘の全体を柵や枯れ木で囲い、外敵からの侵入を防ぐようになっている。

柵の中には歩哨を務めるオークが、魔狼ワーグを連れて警戒している。

この砦を落とす為には何千の軍が必要か想像できない程、威圧感のある砦だ。

一行は、この砦に捕らわれているグレイスを助けるために、ここへ来たのだ。

 マーカスの情報を頼りに、砦の側面から侵入する。

洞穴のような通路を進んで行くと、オーク達の食料倉庫へ繋がるはずだ。

そう思い、音を立てないように進んで行く。

洞窟の角を曲がると、その先の方に宝箱が見えた。

一行は警戒しながら宝箱に進むも、不意に床が無くなり、下へ落ちた。

……落とし穴が仕掛けられていたのだ。

こうして、話は冒頭に戻る。



 ――オークキングの砦、牢屋内部。

「さて、ここからどうやって出ようか」

クロウは鉄格子を見ながら言った。

「この広さじゃ、つむじ風しか出せないよ」

「ウチの召喚も無理だねぇ」

「困りましたね……」

「この鉄格子、ただの鉄では無いな……」

「メガネが……」

六人はそれぞれ何か方法はないかと考えてみるも、一向に浮かばなかった。

そうしているうちに、時は過ぎる……。


 突然、鉄格子がガラガラと音を立てて上へ開いた。

「何だ!?」

皆一斉に驚く。

〝ブフョシュゥ~、ブヒョシュゥ~〟

鉄格子の先の暗がりから、不気味な呼吸音と重い足音が聞こえてくる。

「魔物なの?」

五人は武器を取り、構える

暗がりから、巨体のオークらしき生き物が、ゆっくり歩いてきた。

オークらしきというのは、彼の頭に鉄仮面が被せられていて、顔が分からないのだ。

健康分析ヘルスアナライズ! 彼はオークの王子『プリンス・プタス』よ! お腹が空いたらしいわ!」

「このような所で食われる訳にはいかん!」

ヒナはそう言って、彼に斬りかかる。

四人もそれに続き、彼に攻撃し始める。

 一行はプタスと何合か斬り合い、傷を与えるも、彼は一向に怯まず、こちらを食べようとしてくる。

「そんなにお腹が空いたなら、これでも食べなさい! 氷結飛針アイスニードル!」

フェイの魔法が彼の口めがけて飛ぶと、彼はその氷を掴み、ボリボリと食べだした。

「そんなにお腹が空いてるの?」

「フェイさん! ここに氷を!」

珍しく戦闘中にリノが叫んだので、フェイはそこに魔法を出してみた。

氷結飛槍アイスジャベリン!」

その氷はリノの近くに飛び、そこを凍らせる。

リノは鞄からビンを取り出すと、その氷にかけ始めた。

「何、それ?」

エリーが聞くと、

「練乳です」

リノはそう答える。

「かき氷か……」

エリーはそう思うも、プタスは一行を無視し、その氷に駆け付けると、貪り始めた。

「なあ、あれ、使えないかな?」

ヒナが天井に上がっていた鉄格子を指差した。

「そうね……、やってみようかしら」

フェイの魔法が、彼らが牢に入れられていた場所に飛び、そこを何ヵ所か凍らせる。

リノがその氷に、砂糖、塩など調味料をかけ、牢の外側へ避難した。

プタスはその氷を食べようと、牢のあった場所へ入って行き、氷を食べ始める。

五人がそれを見守っていると、牢の鉄格子が降りてきて、彼を閉じ込めてしまった。

「そんなに腹が減ってたのか……」

クロウはプタスを見て、そう呟いた。

「このオーク、ここに捨てられてのかな?」

「王族らしいんだけどね」

「何か理由があるのでしょうか?」

「分からん、ただ此奴こやつは、食べる事しか考えていないらしいな」

「あれ、グレイスは?」

五人が振り返ると、通路の隅で小さくなって何か探しているグレイスがいた。

「メガネ、メガネ……」

そういいつつ、足元にあるはずの無い眼鏡を両手で探している。

「……仕方ない、無理にでも連れて行こう」

リノがグレイスの手を引き、六人は奥へと向かった。


 その暗がりの先は部屋になっていた。ここがプタスの部屋なのだろうか。

辺りには何かの骨が散乱していて、異臭を放つ汚い布のようなものもある。

異臭を我慢しながら、この部屋に何かないものか探し始める。

だが、食べ残しの骨以外大したものは見つからず、天井を見上げる。

天井には切れ込みがあり、ここの上も落とし穴になっているのかもしれない。

そう思っていると、

「あった! メガネよ!」

グレイスが骨の中から何かを見つけ、喜んでそう言った。

だがそれは、汚く黄ばんでいる赤い縁のメガネだ、とても彼女の物とは思えない。

そう思っていると、グレイスはそのメガネを顔にかけてしまった。

「グレイスさん」

リノがその汚いメガネを取ってやろうと手を伸ばす。

 ……手が届かない、そこまで彼女と身長差はなかったはず、いや、彼女の背がどんどん伸びているようだ……。

「グレイス!」

彼女の背はどんどん高くなり、ついには天井を破り、そこからさらに伸び続けた。


 そすてついに、五人の目の前には彼女の片足しか見えくなってしまった……。

どのくらい大きくなったのだろう、とは思ったが、上から落ちてきた天井の瓦礫などを使い、彼らはなんとか外に出た。

彼女の足が上がり、歩きだしたので、踏まれないように急いでここから逃げ出した。


 一行がオークキングの砦から外に出て、後ろを振り返ると、そこには四十メートル程の大きさになったグレイスが立っていた。

「おい! これどうすんだよ! 女形の巨人かよ!」

「知らないよ!」

「グレイスは何のメガネをかけたのかしら……?」

「ゴーグルみたいな赤い縁をした物でしたよ……」

「何ということだ……」

「ジュワッ!?」

巨大化したグレイスは周囲を見て、自分の体を見ると、今の姿を理解したようだ。

突然巨大化して、頭を抱えて混乱する彼女。

「ジュワッ!? ジュワワッ!?」

「普通に喋れよ!」

エリーが突っ込むも、彼女の耳には届いていないらしい。

 巨大化グレイスが、困惑しつつもオークキングの砦を蹴り上げた。

数多くの瓦礫と何十ものオーク達が悲鳴を上げながら宙を舞い、地面に落ちて行く。

オークキングの砦からは、オーク達が蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始めた。

再び彼女が砦を蹴り飛ばすと、さらにオーク達が空を飛んで行く。

そのうちの一匹が、彼らの目の前に落ち、上半身が土に埋まったままもがいていた。

そこからグレイスは、逃げ出したオーク達を踏みつぶそうと追いかけて行ったのだ。


 グレイスを見上げ、どうしようかと悩む一行。

「これは……、どうしようか……」

「マオよりも大きくなってるよね……」

「グレイスはどっちの方向に向かってるのかしら……」

「きっと、三分で元に戻ってくれますよ……」

「怪獣もいないのにな……」

「三分経ったら空飛んでどっか帰るとか?」

「飛べるの……?」

「別の作品になっちゃったね……」

「見てください、あれ!」

「何だ!?」

巨大化グレイスは両手の指先を額に当てると、そこから光線を発射した。

光線がオークキングの砦を直撃し、その丘全体が爆発する。

するとエネルギーが切れたのか、彼女の体が縮んでいった。

「まずい、助けよう!」

クロウはそう言い、五人はグレイスの立っていた所に駆け付ける。

 

 グレイスはうつ伏せになって倒れていた。

力を使い果たしたらしく、起き上がれないようだ。

リノが回復魔法をかけるも、怪我ではないので効果は薄い。

「グレイスさん、大丈夫ですか?」

「……う、すまない……」

彼女の顔には赤い眼鏡がかかったままになっていた。

どうやら正気? のようだ。

と言っても、彼女の本性がどこにあるのか分からないが……。

「まあ何にせよ、グレイスは助けたんだ。さあ……」

 その時である。背後から重い足音が聞こえてきた。

皆一斉に振り返ると、そこには棍棒を持った巨体のオークが立っているのだ。

その服装からは、身分が高いことが伺えるが、服も体もボロボロであった。

「……性癖分析リビドーアナライズ。あいつはオークキングの『ブフタ』。男の娘フェチよ……」

グレイスはそう言うと、気を失ったようだ。

「……そんな情報はいらねぇ」

とにかく、クロウ達は武器を抜き、戦闘態勢に入る。


 ブフタは棍棒を振り回しながら、こちらへ向けて襲いかかってくる。

五人はそれぞれ立ち向かうも、見た目はボロボロでもオークの王だけあって手強い。

何合か打ち合った後、ヒナが叫んだ。

「エリー、例の技をやるぞ!」

「えっ!? ここで!? ここじゃマズイような……」

ブフタはヒナに棍棒を叩きつけるも、躱されてしまう。

「何をしている!」

「あれは威力が強すぎて外じゃヤバイんだって!」

「何だとっ!」

再びヒナがブフタの攻撃を躱し、距離を取る。

「何やってる!」

クロウ剣で斬りかかり、彼の動きを牽制する。

そうしてもみ合ってると、外側から大きな瓦礫がこちらへ飛んできた。

「うわっ! 何だ!?」

クロウはその瓦礫を躱し、一度距離を取った。

 瓦礫を放り込んで来た者、それは地下にいた鉄仮面を被ったオークの王子だった。

オークプリンス・プタスは、怒りを露わにしながらこちらへ突進してくる。

五人は敵の増援に対しさらに警戒するも、どういう訳か、彼はオークキング・ブフタへ殴りかかって行ったのだ。

 何が起こったのか分からず、様子を見守る五人。

オークのキングとプリンスは二人で殴り合いを始め、こちらの事は関心無いようだ。

「どうなってるんだ、これ?」

「王と王子が殴り合いしてるの?」

「この二人に何かあったのかしら?」

「何か事情がありそうですが……」

「良く分からないが、親子の事情かもしれんな……」

とにかく、五人はグレイスを担いで、ここから離れることにした。

 彼らオークの親子に何があったかは知る由もない。

だがそのとばっちりを受けたくはない。

そう思い、オーク親子を放置して、彼らはリベルタスの街へと帰って行った。



 リベルタスの街へ戻ると、マーカスにグレイスを引き渡した。

彼女はまだ意識を取り戻していないが、眠っているだけのようだ。

マーカスにお礼を言われ、当惑する五人。

正直言って、巨大化したグレイスが暴れただけだったのだが……。

 だが、彼はグレイスの救出に成功したのは間違いない。

こうして、今日の冒険を終えた五人は、ギルド拠点で休む事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る