第33話 凝視、坑道を見る邪眼

 ――翌朝。

 一行は鍛冶師・ドルフの所へ来ていた。

武器の素材となる、『オリハルコン』、『アダマント』、『属性の魔石』を手に入れたので、武器を作ってもらおうと頼みに来たのだ。

「よお、手に入ったのか?」

ドルフは口元を緩ませながら、そう言った。

「属性の武器を作ってもらおうと思ってね。今回はエリーの武器を頼みに来たんだ」

「そういうことなんで、よろしくね、お爺ちゃん」

「ふむ、オリハルコンとアダマタンは結構あるな、三、四本作れそうだな……。で、どんな武器だ?」

「風属性の短剣を二本作ってもらおうと思ってるんだけど、いいかな?」

「ああ、構わんぞ。形はどういうのがいい?」

「これこれ、こういうかんじで……」

「なるほど、面白い、やってみよう」

「うん、じゃあ頼むね~」

「今晩には出来上がるじゃろ、それまで……」

ドルフは顎髭をいじりながら、何か考え始めた。

「どうしたの?」

「うむ、儂らがよく採掘しに行ってる鉱山がな、魔物が出て面倒になったとかいう話を思い出してな」

「そうなの? あ、そういえば、冒険者ギルドはまだ再開してないんだね」

「そうなんじゃよ。それで、お主らが見に行ってくれんかな?」

「うん、武器が出来上がるまでヒマだし、見てきてあげるよ」

「そうしてもらえると助かるわい」

「まあね、これは武器の製作依頼の代金だと思って」

「……まあいいじゃろ。では頼んだぞ」

「オッケー、さくっと行ってくるよ」

こうして五人は、武器が出来上がるまでの間に、ドルフの頼みで鉱山に出た魔物を退治しに行くことにしたのだ。



 ――『タムタス鉱山』

 リベルタスの北東にある鉱山で、今でも採掘が続けられている有名な所だ。

ここの鉱山では、鉄、石炭、銅など、日常的に使われる金属の鉱石が掘られている。

本来ならば、冒険者ギルドを介して依頼が発生するはずだが、リベルタスが復興中の為、一行がこの仕事を引き受けたのだ。

 五人は入り口にいた鉱夫達に中の状況を聞き、鉱山の中へ足を踏み入れた。

「第三層から魔物が出始めるらしいな」

「そうみたいね」

「ウチらで無くても出来そうな感じだよね?」

「ギルドがありませんから、私達がやるべきでしょうね」

「そうだな、困ってる人を助け、さらに修行にもなる」

「んじゃ、三層まで行こうか」

五人はいつも通り、魔物のいる場所へと降りて行った。


 ――第三層。

 ここへ来ると、話に聞いていた通り、魔物の姿が目に入ってきた。

口が異常に大きく、体の短いトカゲのような姿をして、石や岩に齧りついている。

これが、――『ロックイーター』である。

「なんだこいつら、石を食ってるのか?」

「『ロックイーター』ね。石や岩を食べる魔物よ」

「足が短くて動きが遅いけど、噛む力はもの凄いわ」

「噛まれたら大変ですね」

「皮膚も硬そうだな」

「手始めにこいつら駆除するか」

五人はそうして、ロックイーター達を斬りながら、第三層を進む。

ここの魔物達をあらかた駆除する頃には、下へ続く道を見つけ、そこを降りた。


 ――第四層。

 ここにももちろん魔物はいる。

この層にいるのは、翼の生えた大きな目玉。『フローティングアイ』だ。

「こんどは目玉か。どうやって浮いてるんだ? これ」

「いちおう翼はあるけどね……」

「魔法で浮いてるんじゃないの?」

「あの大きな目に睨まれると、状態異常が引き起こされるかもしれませんね」

「厄介だな……」

『フローティングアイ』は確かに面倒な敵であった。

目が合うだけで体が痺れを起こしてしまい、リノの回復魔法や薬で治療する。

しかし注意するのはそこだけで、何とか目を合わせないように戦い、駆除できた。

そして第四層の敵を大分減らしたと思っていた時、通常ではない目玉を見つけた。


 その姿はフローティングアイより大きく、紫がかった体が毒々しい生き物だ。

健康分析ヘルスアナライズ! 彼の名は『ゲイザー』よ! 逆さまつ毛が目に刺さって痛いらしいわ!」

「目がデカイとまつ毛も太いのか……」

「指くらいあるね……」

「見て! まつ毛に枝毛があるわ!」

「……状態異常とかかけてきそうですよね」

「それは困るな、何か情報はないのか?」

「ウチの魔法はヘルスチェックがメインだからね」

「相変わらず微妙な魔法だよね……」

「まあいい、目を合わせないように戦おうか、何とかなるだろう」

そのように彼らは、いつものように何も考えず戦闘を開始した。


 目を合わせないように、機先を制し、ヒナがゲイザーに詰め寄り突きを放つ。

「!?」

だがそこには、ゲイザーは消え、何もいない空間だけがあった。

「どこだ!?」

瞬間移動テレポート?」

五人はそれぞれ敵の姿を追う。

〝ニャー〟

不意に背後から子猫の鳴き声が聞こえた。

皆一斉に後ろを振り返る。だが、そこにいたのはゲイザーだった。

「くっ!」

「卑怯な!」

五人はすぐに目を閉じるも、ゲイザーと目を合わせてしまう。

目の前が一瞬暗闇に覆われ、再び目が見えてくる頃には敵は消えていた。

「くそっ! どこ行った?」

「クロ! 胸が!」

クロウは顔を下に向け、自分の胸を見る。

……そこにあったのは、女性のような胸の膨らみだったのだ。

「えぇっ!?」

突然女性のような姿になってしまい。驚くクロウ。

「エリっちも胸が!」

「えっ!?」

エリーも自分の胸を見ると、そこにはいつもの自分の胸は無くなっていたのだ。

「フェイさん、胸が……」

「なっ!?」

フェイも自分の胸を確認する。

胸の谷間を強調する服を着ていたはずが、そこに見えるのは厚い胸板と胸毛だった。

「いやーっ! 胸が無くなって胸毛が生えてる! それに腕や指にも毛が!」

慌てて自分の胸を腕で隠そうとするフェイ。しかし胸毛は隠しきれていない。

リノは自分の胸を触って確認するも、自分の腕が筋肉に包まれていた。

「これは……、もしかして、性転換してしまったのではないのでしょうか……?」

ヒナも自分の胸を触り、確かめる。彼女の眉毛は太くなっていた。

「そうらしいな……、いつもより肩が軽くなったようだ。だがこの股間の遺物は……」

「状態異常が『性転換』って何なんだよ!」

「イヤっ、もうあたしの胸を返して!」

「エリっちはともかく、ウチの胸が……」

五人それぞれ今の自分の姿に混乱してしまう。

そこへ先ほどまで消えていたゲイザーが現れた。

その彼の目は笑っているように見える。

 五人は怒り、一斉にゲイザーを攻撃しだした。

程なくして、ゲイザーはヒナの一刀で両断され、さらに切り刻まれ、死んだ。

だが、彼を倒しても、全員の状態異常は治らなかったのである……。


 途方に暮れる一行。

「これは……、どうしよう……?」

「あ~もう! 街に帰れないよ!」

「リノっち、この状態異常を治す薬は無いの?」

「私も初めてですので……」

「これは困ったな……、だがいつもより力が増えた気がする……」

「このダンジョン攻略しないと無理かな?」

「最悪だね……」

「これは人に見られたくないわね……」

「どうしましょう? これを治す魔法もありませんし……」

「奥へ進み、ここのボスを倒そう。恐らくそれで戻るはずだ」

ヒナがそう言い、五人はこの坑道の奥へと進みだした。


 ――第五層。

 一行は自分の体に違和感を感じつつ、この層へ来た。

第五層には魔物の姿が見えず、静まり返っていた。

「魔物がいないな」

「ボスがいるんじゃない?」

「とにかく、元の体に戻りたいわね」

「そうですね……」

「どのような魔物がでるか楽しみだな」

そう話しつつ、五層の捜索を始める。

 だが魔物の影すら見つからず、困惑する五人。

「ホントにいるのかな?」

「どうだろう? 今のところ見ないね」

「どうしたのかしら? ボスがいてもおかしくないのに」

「おかしいですね……」

「ふむ……」

さらに探すも、魔物の姿は見えない。

一通り五層を探し終え、引き返そうとした、その時である。

五人が振り返ると、先ほどまで無かった岩が、道を塞いでいるのだ。

「なんだ、この岩?」

クロウが足を踏み出すと、岩の表面が動き、あらゆる所から目が出てきたのだ。

岩の表面に無数の数えきれない目が開き、それぞれ動いて醜悪な形の岩となった。

「うわっ! キモっ!」

「これ、魔物?」

「そうみたいですね」

「なんだこいつは……」

すると突然、岩の無数の目が輝き、そこから細い光線が出てきたのだ。

「くそっ! 敵か!」

クロウは咄嗟に剣を振り、水しぶきでその光線を遮る。

健康分析ヘルスアナライズ! 彼の名は『邪眼集岩』よ!」

聖なる盾ホーリーシールド!」

リノの補助魔法が全員にかかる。

「やるぞ!」

ヒナの掛け声で戦闘が開始された。


 ヒナが『邪眼集岩』との距離を詰め、斬り下げて岩の目を数個潰す。

フェイの魔法、リノの銃撃も加え、さらに岩の目を潰す。

岩の目から発射される光線は、一本では効果は無いものの、複数の光線が重なる所は高熱を発するようだ。

 エリーがひざ下に火傷を負い、リノの回復魔法を受ける。

「あちっ! ビームが重なるとやばいね」

「水しぶきで威力は下がるみたいだけど、ずっと水を出し続ける訳には……」

霜霧凍結ダイヤモンドダスト!」

フェイの氷魔法が岩の周囲を凍らせ、その岩を凍結するかに見えた。

だが、凍ったのは岩の表面だけで、再び岩のまぶたらしきものが開くと、中の目がこちらをじっと見つめだす。

「うそっ! 凍結が効かないの!?」

フェイが珍しく動揺する。

「ならば斬るまでだ!」

ヒナが岩の表面を斬り、その目を何個か潰したが、その岩の目は多すぎる。

斬った部分だけ封じても、他の目がこちらへ光線を発射してくるのだ。

エリーも岩を斬るのに加わり、両手の二本の短剣で斬りまくる。

岩の目が光ると後ろへ退がり、光線を回避する。

それを繰り返しているうちに、岩の目は半数近くまで減ってきた。

「このまま押せば倒せるかな?」

エリーはそう言い、再び斬り込もうとすると、岩が後転しだした。

「なっ!?」

突然の岩の動きに後ろへ下がるエリー。

岩が後転すると、そこにはさらに無数の目があったのだ。

「キリが無いな……」

珍しくヒナがぼやく。

 そうは言うものの、岩の目が光り、また光線が発射され、五人はそれぞれ躱す。

皆が思案していると、魔物と地面を見ていたクロウは何か思いついたようだ。

「フェイ、床を凍らせよう!」

「……そうね、やってみるわ」

二人はそう言って、まずクロウが地面に水を撒く。

フェイは魔法で岩の魔物の後ろの地面を凍らせていった。

そして、エリー、リノ、ヒナの三人で岩の目を攻撃し、目を潰していく。

再び岩の魔物が後転しだすと、五人で岩の魔物を奥へ押し出した。

 岩の魔物は地面が凍っているせいで思うように回転できず、後方へと押される。

魔物の後ろは下り坂になっていて、そこを転がって行くと徐々に回転が加速していき、ついには勢いよく壁にぶつかり、割れてしまった。


 ……なんとか邪眼集岩を壁に叩きつけ、岩を割って倒した一行。

彼がいた場所には、『土の魔石』が転がっていた。

それを拾い上げる頃には五人の体は元に戻ったようだ。

自分自身の体を確認し、やっと安心できた五人。

それから坑道の安全を確認すると、リベルタスに戻ったのだった。



 一行がリベルタスに戻ると、ドルフが短剣を二本完成させていた。

エリーが短剣を受け取りにドルフの元へ顔を出す。

「ほれ、頼まれた風属性の短剣だ」

ドルフからエリーに新しい二本の短剣が手渡された。

「お~、カッコいいね!」

エリーは上機嫌でその二本の短剣を眺める。

「この短剣の名前は?」

「『ボレアス』と『ノトス』。儂は仮にそう名付けたが、好きな名をつけると良い」

「うん、いい名前だね。それに決めたよ。ありがとう、爺さん」

「なあに、素材を持ってきてくれたんだ、それくらい構わん。」

エリーはその二本の短剣を、試しに振ってみる。

その短剣の軌跡に風が生じ、いかにも風属性を持っているようだ。

「その短剣はな、二本の斬撃を合わせると、つむじ風を巻き起こすぞ」

「へぇ~、凄いね」

そう言って、エリーは二本の剣を同時に振ってみた。

目の前につむじ風が現れ、砂埃を巻き上げる。

「お~、凄い凄い」

そう言ってさらに二本の剣を振り続けると、つむじ風がどんどん大きくなってきた。

そのつむじ風は周囲の風を巻き込み、徐々に大きくなっていくと、もはや竜巻と呼べるような代物になってしまった。

「爺さん! これどうすんの!?」

「知らん……。まさかこんなやり方が……」

エリーはドルフの胸倉を掴み揺さぶるも、ドルフは目を背けてしまう。

仕方なくエリーは、竜巻と逆方向に『ボレアス』と『ノトス』を振りつけた。

すると竜巻は、この場を徐々に離れて行った。

 街の中に被害が及ぶ前に、エリーは二本の短剣を何度か振り、竜巻を街の南の海へと追い払った。

その後、竜巻は海に出てからも成長を続け、海水を巻き上げつつ、消えて行った。

「爺さん、とんでもないのを作ったね……」

「そう褒めるな、ハッハ!」

「笑い事じゃないような……」



 ……その夜の事、リベルタスの街に、何か重量のあるものが降り注いだ。

その震動と音で、リベルタスの街の人が慌てて家の外へ出ると、そこには大小の海の魚が地面の上を跳ねていたのだ。

彼らが夜空を見上げると、空からさらに数多くの魚が降ってきている。

街の人はこれは何かの不吉な前兆かと恐れ、一晩中眠れなかったようだ。

 この話を聞きつけたエリーは、(自分のせいじゃない、爺さんが悪いんだ)と思いつつ、明日に備え、再び眠りについたのであった。

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