第32話 浸水、アダマント
――一行はリベルタス南東の浜辺、『サルファビーチ』へ来ていた。
バカンスのためではなく、『アダマント』のためである。
『サルファビーチ』は、南国の雰囲気のある観光地として有名な名所である。
ここのすぐ北には『遺跡の街・ロゼルタ』があり、冒険者にも人気の場所だ。
このサルファビーチで、女性陣はパラソルを差し、それぞれくつろいでた。
彼女たちはここに遊びにきたのだろうか……。
そうではなく、アダマントは、この浜辺の近くの岸壁から『サハギン』の棲む洞窟へ入り、そこの奥の方で手に入るらしいという情報を聞きつけていたのだ。
その洞窟は、潮が引かないと入り口が見えないらしいので、彼女達はこうして待っているのだ。
その一方、クロウ は岩場で釣り竿に糸を垂らし、釣りをしていた。
彼も遊んでいるわけでは無く、何か手がかりが釣れないかと思ってのことだった。
だが釣れたものはカラフルな魚や魔物の稚魚といった小さいものばかり。
(釣り針でアダマンタイトが釣れるわけないよな……)
クロウはそう思いつつ、釣り竿を上げると、針に何かかかってるようだ。
手元の方に寄せよく見てみると、釣れたのは『小魚に人の腕がある生き物』だった。
(なんだこの変な生き物? 魔物の子供か?)
そう思ったが、彼は魔物の子供らしき小魚を釣り針から放し、海に投げ捨てた。
こうしてそれぞれが過ごしていると、陽も下がって来たので合流することにした。
「クロ、何か釣れた?」
「いいや、マズそうな魚と魔物の子供みたいなのだけだ」
「あら、魔物の子供? 助けたから恩返しに来るかもよ?」
「いや、いいよ。腕が生えててキモかったし」
「お話では、そういう恩返しありますよね」
「美女に変身して恩返しに来てくれるなら大歓迎だけどな」
「クロ、その背中の物は、槍か?」
「いや、漁に使う銛だな。三本買ってきた。剣は腰に下げてるけど、この剣は水の敵に効かないしな」
「そうか、属性という物も場所によっては微妙なのだな」
「そういうことだ、さあ、行こう」
五人はそう話し、目的の『岸壁の洞窟』へ向かった。
――『岸壁の洞窟』
ここはビーチから離れた岸壁に入り口があり、観光客はここまで来ることは無い。
この洞窟にサハギン達が棲んでいて、魚などをエサにして生活しているらしい。
潮が引き、洞窟の入り口が見えてきたので、一行は中へと入って行った。
「ここがその洞窟か」
「ちょっと足場が悪いね」
「壁や天井も荒いし、潮と一緒に流されたら大変ね」
「いくら『水中呼吸の指輪』を持っていても、潮の流れに逆らえませんからね」
「海の力は、人の想像つかない程、大きな力を持っているからな」
かくして洞窟の奥へ進む。
洞窟を進んでいると、一行の前に魔物達が立ちはだかる。
人のような姿だが、体中がウロコで覆われ、魚のような顔をしている半魚人だ。
――いわゆる『サハギン』である。
だが、この程度の敵は彼らにとって正に雑魚でしかない。
五人はサハギン達を斬り伏せると、先へと進む。
洞窟の先の道は二手に分かれていた。右上への道と左下への道である。
「クロ、どっちがいい?」
「右上行こう」
「よし、じゃあそっちで」
彼らは深く考えずに、クロウの直感を頼りに進む。
今まではそれで間違いなかったが、今回はどうだろうか。
その右上の洞窟の道は徐々に上へと向かっており、次第に不快な異臭が鼻につくようになってきた。
「クロ、こっちの道、めっちゃ臭いんだけど」
「そうだな、鼻の穴に指でも突っ込んでおくといいよ」
「あたしみたいな美少女にそれをやらせる気?」
「自分でそう言えるならまだ余裕あるだろ?」
「耳栓ならありますよ?」
「そんなもの……」
そう話していると、洞窟の先に光が見えてきた。
これで悪臭から解放される、そう思い五人は足を速め、洞窟の外へ歩く。
だが、そこに待っていたのは更なる悪臭であった。
そこは岸壁から突き出た高台になっていて、そこに『ハーピー』の巣があったのだ。
『ハーピー』は神話などで有名な、女性の上半身と、鳥の下半身、鳥の翼が腕の代わりに生えている、有名な魔物だ。
だがその生態は清潔では無く、食べ物を食い散らかし、フンを辺りに撒き散らすような、掃除するという事を知らない不潔な生き物であった。
一行が洞窟を抜け、その崖の高台へ足を踏み入れると、ハーピー達が一斉に飛び上がり、上空からこちらの様子を覗っている。
彼らが立っている高台にはハーピーの巣と、腐った食べ残しが散乱していて、これらが悪臭の原因のようだ。
五人は悪臭をこらえながら、上空を見上げる。
ハーピー達は七匹いて、こちらが五人しかいないことを確認すると、上空からこちらへ襲いかかってきた。
ハーピーは急降下してこちらに迫り、鋭い足の鉤爪で五人に襲いかかってくる。
五人はそれぞれハ-ピーの攻撃を躱しながら、反撃した。
ハーピー達の一回目の急襲で三匹が討たれると、彼女達は悲鳴を上げて逃げ出した。
「弱いな……、でも臭い」
「弱い魔物だしね……、ホントに臭いよね」
「それにしてもこの臭さ、どうにかならないの?」
「ちょっとここは……、掃除するより逃げたいですね……」
「…………吐きそうだ……」
ハーピー達を追い払った一行であったが、彼女達の逃げた方角から、何かが飛んでくるのが見えた。
(あれは……、増援か?)
そう思い、再び武器を構え、戦う準備をする。
そこに現れたのは、今までの彼女達より気品のある顔立ちをしたハーピーだった。
「
「これ以上悪臭が……」
そう思いつつもフューリーはこちらへ向かい、高速で飛びこんで来た。
彼女の両足の鉤爪を五人が躱すと、再び舞い上がり、攻撃の構えを見せる。
「くっさ!」
「やばいって!」
「……〝ヴォェ~〟……」
フェイは吐いてしまった。
「…………」
リノは涙目で唇を噛みしめ、こらえている。
「くっ……、きついな……」
ヒナは刀を構えているも、限界が近いようだ。
五人の反応を見たフューリーは、乙女心が傷ついたのか、涙目で狂乱しながら再びこちらへ飛び込んで来た。
彼女はこちらに急降下して攻撃してくるのかと思いきや、自ら岩壁に飛び込み、激しく頭を打ちつけて高台に落ちてしまった。どうやら自害したらしい……。
「……かわいそうなことをしたかな……」
「うん……、傷つけちゃったね……」
フェイはまだ高台の隅で吐いていた。
「そうですね、生まれ変わったらハーピーでなければいいですね」
ヒナは両手を合わせ、彼女に黙祷している。
そうしていると、フューリーの死体が消えていき、そこに緑の玉が残った。
エリーがそれをじっくり見る。
「これ、魔石じゃない?」
持ち直したフェイもそれを見る。だが涙目だ。
「そうかもね……」
エリーは懐から布を取り出し、その魔石を丁寧に拭いてから、それを手に入れた。
「まずい、みんな限界が近い。早く洞窟に戻ろう」
クロウがそう言い、五人は洞窟の中へ戻って行った。
一行は洞窟の分岐点に戻ってきた。ここでひとまず休憩を取る。
「なんとか無事戻れたな……」
「キツかった……」
「もうあそこはムリ……」
「魔石は手に入りましたが……」
「ここで気落ちしても仕方がない、休んだら次へ進もう」
ヒナはそう言って皆を励ました。
洞窟の分岐点から左下の方へ降りて行く一行。
再びサハギン達が現れるも、五人に斬られ、逃げ出した。
そうして進んで行くこと数分、洞窟が広がり始め、大きな広間へ着いた。
広間は複数の洞窟と繋がっており、ここはサハギン達の集会所になっているようだ。
その複数の洞窟の一つから、大型のサハギンが出てきた。
彼は普通のサハギンと違い、腕が四本ある変異種だった。
「
「……フェイ、名前適当に付けてない?」
「そんなこと無いわ、サハギンだってニハギンじゃないし」
「どうでもいい、来るぞ!」
ヨハギンと呼ばれたその変異種は、その四本の腕に銛を持ち、襲いかかってきた。
クロウが銛を手に持ち対峙するも、一本と四本では分が悪い。
間もなくヨハギンにあちこち傷つけられ、リノの回復魔法を受ける。
「
フェイの魔法で攻撃したが、彼は跳躍で避けて攻撃してくる。
彼は四本の腕で銛を振り回すので、ヒナもエリーも彼の懐に入りにくいようだ。
クロウ、ヒナ、エリーの三人で囲むも、すぐ攻撃に移れず、躊躇してしまう。
攻撃のタイミングを計っていたエリーが、何かに気づいたようだ。
(こいつ、右足の動きがおかしい……。魚の目か?)
「みんな、こいつは右足が弱点だ! そこを狙ってくれ!」
エリーがそう叫ぶと、クロウとヒナはヨハギンの左側の足を狙い攻撃しだした。
エリーは右側の足を攻撃するも、皆が左側の足を攻撃するので戸惑ってしまう。
(何でみんな左足を……?、右足と言ったのに……、あ!)
エリーは気づいた。背後から見て右側だったのだ、と。
つまり、エリーが動きがおかしいと思ったのは、背後から見ての右側であり、正面からの視点では、ヨハギンの左足に異常があったのだ。
エリーはその事に気づいたが、戦闘は激しく、言い直す暇が無くなってしまう。
その時、リノがヨハギンの右足を銃で撃ち抜いた。
彼はその右足の銃創と、左足の魚の目で足運びが鈍くなった。
「
思うように動けなくなったヨハギンは、フェイの魔法で脚を凍らされ動きが止まる。
そこを狙い、クロウが銛を投げてヨハギンの腹を貫く。
最後にヒナが彼を下段から切り上げ、ついに倒したのだ。
「エリー、よく気づいたな」
(右と左を間違えてたなんて言えない……)
「そ、そうね……」
「こういう時もあるのね~」
「あっ! サハギン達が逃げていきました」
リノにそう言われて気づいたのだが、自分達は戦闘中に、多くのサハギン達に囲まれていたのだった。
「頭がいなくなれば、そうなる、か……」
ヒナも辺りを見廻してから、刀を収めた。
五人はヨハギンの戦利品『水の魔石』を拾い、再びクロウの直感を頼りに洞窟の奥へと進んだ。
それから歩くこと十数分、一行は洞窟の最奥に着いた。
そこも広い空間となっており、奥の方に水場が見える。
水場の中央が山のように盛り上がっており、その頂上には鈍色に光る鉱石があった。
「あれがアダマントの鉱石か……」
「鉱石の状態で見たのは初めてだけど、色はアダマントだね」
「でも、あそこにどうやって登ったらいいのかしら?」
「……あれ? なにか揺れてませんか?」
リノがそう言うが、揺れているのだろうか……。
五人は沈黙して様子を見る……。
……山がすこし動いたような気がした。
「敵だ! あの山だ!」
ヒナがそう叫ぶ。
すると、目の前の山がゆっくり動き出し、頭を出してきた。
――その山は、巨大なカメだったのだ。
「これは……、カメだな……」
「カメの甲羅の上に鉱石があるのかな?」
「そうみたいね……」
「大人しくしてくれるといいのですが」
「……我らに敵意を持っていないように見えるが……」
「
「どうしたの? フェイ。いつもなら何かの病気とか言ってくるのに」
「それがね……、『重い』としか出て来ないのよ」
「どういうこと?」
「ウチのあの魔法はね、簡単に言うと心を読むようなものなのよ。痛いとかつらいとか、大抵の生き物は何かそういうのを持ってるんだけど、『重い』というのは初めてだわ」
「それは確かに変だな、ちょっと調べてみようか」
そうして五人は、『水中呼吸の指輪』を身に着け、アダマスの周りを調べ始めた。
アダマスはこちらの動きに関心を示さず、ぼんやりとしているだけだった。
彼が大人しいおかげで、五人は周囲をよく調べることが出来た。
「これ、甲羅の後ろ半分ぐらい、壁に埋まってないか?」
「そうみたいだね。前足は見えるけど、後ろ足は見えないし」
「このままアダマントを持っていっても大丈夫そうだけど、重いというのが引っかかるわね」
「そうですね……、このカメさんは埋まっているのでしょうか?」
「埋まっているというか、壁から生えているような気がするのだが」
「壁から生えるカメか、植物じゃないしな」
「もしかして、小さい時にここに埋まって、そのまま動けなくなったとか?」
「小さい時に狭い所に挟まって……、そのまま成長しちゃったのかしら?」
「そういえばこの水場、かなり奥深い所まで続いているようだったぞ」
「だとすると、今より小さい時に水場の洞窟からここへ来て挟まったの?」
「じゃあさ、壁を削ってカメを出してやることは出来ないかな?」
「まず、甲羅の上の山を取らないとね」
「ウチは召喚ミニゴーレムで壁を掘ってみるよ」
「私はカメさんが怪我しないよう見てますね」
「某は甲羅の上のアダマント鉱石を取り除こう」
「俺もそれやるよ」
こうして、彼らのカメ救出作戦が始まった。
まず、カメの甲羅の上のアダマント鉱石を取り除く。
さらに召喚ミニゴーレムが壁を少しづつ掘り、カメの甲羅と岩壁の間に隙間を作る。
カメの甲羅が傷つくと、リノが回復魔法をかける。
そうして数時間が経過すると、カメは自力で動き出した。
だが、カメの甲羅は既に変形してしまっていて、その後ろ半分は平らにへこみ、巨人の腰かけのようになっていた。
「これでカメは大丈夫かな?」
「そうだね、水場から行ける洞窟も広いみたいだし」
「そういえば、今何時くらいかしら? 結構時間かかったわね」
「どうでしょう? ずっと洞窟の中でしたから……」
「潮が満ちてくる……か」
「そうなる前に俺達もアダマント鉱石持ってここを出ようか」
そう話していると、彼らの足元に海水が近づいているのに気づいた。
「あっ、やばい! 満ち潮が!」
洞窟の入って来た方を見ると、そちらも浸水して海水で埋まっているようだ。
「鉱石を持ったまま洞窟の潮の流れに巻き込まれたら、タダでは済まないな……」
「……カメさんに助けてもらいましょうか」
「ん? そうか、鉱石を背負ってカメの甲羅に乗るか」
「良い考えかもしれない。丁度カメの背中が凹んでいるからな」
「そうね、カメに助けてもらおう」
五人は鉱石を分けて背負うと、カメの背中に乗った。
アダマスはゆっくりと水場から洞窟に入り、海へ向かって泳ぎだした。
幸いにも甲羅の後部はへこんでいて、そこにいれば水路の洞窟の壁にぶつかること無く進むことが出来た。
こうして五人は、カメの甲羅に乗ったまま、海に出たのであった。
海に出るとアダマスから離れて、手を振って見送る。
彼は助けられたことに気づいているのか分からないが、悠々と海を泳いでいった。
それから彼らは海底を歩いて、陸に上がる。
陸に上がる頃には外は暗くなっていて、岸辺は満潮になっていた。
なんとかアダマントを手に入れることが出来た一行は、リベルタスへ戻った。
一行がリベルタスに着く頃には、夜も更けていたので、ギルド拠点に戻った。
ドルフに会うのは明日にして、五人はもう休む事にしたのである。
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