第26話 潮風、大海の真の男

 ――翌日。

 リベルタスの港付近に人だかりができて、喧騒につつまれていた。

何か面白いことがあったのかと調べにきたエリー。

どうやら海に大型の魔物が出て、『イトの国』との定期船が休止するらしい。

冒険者ギルドでこれに関するクエストが発注されたとか、そんな話だった。

エリーはこの話を聞きつけると、ギルド拠点へ戻って行った。


「へぇ~、海に大型の魔物か~」

「そうみたいだね」

「でも、海の魔物は戦いにくいわね」

「そうですね、海に潜って戦えるわけでは無いですしね」

「ふむ、あの定期船がそんな事になっていたのか」

「ヒナはそれに乗ってここに来たんだっけ?」

「そうだ、何回か乗ったことがある」

「船旅も悪くないけどね~」

「そうね、バカンスならいいのだけど……」

「私、まだ『イトの国』へ行ったことが無いですね」

「そうか? 悪くないところだぞ」

「俺も行ったこと無いな。どんな所なんだろ?」

「和風の魔物が多いな。ただ、やたら強いネズミがいて、それを倒し続けるだけでSランクまで上がるとか」

「Sランクになるまでずっとネズミを狩るのか……」

それがしはそういうのは好きでは無いのでな、やったことは無い。だが、所詮ネズミだから、レべルが高くても安全に戦うことができるとかで人気らしいな」

「へぇ~……」

「じゃあ、準備も整ったし、冒険者ギルド行こうか」

エリーはそう言って、真っ先に出かけて行った。



 冒険者ギルドに行ったエリーが戻ってきた。

「クエ受けて来たよ~、さっき言ってた海の魔物を倒すやつ」

「大丈夫なのか?」

「報酬がね、『水中呼吸の指輪』なんだって」

「なるほどね~」

「かなりいいアイテムですね」

「便利そうな指輪だな」

「ということでやってみよう!」

「待ってくれ、この前拾った槍を持ってくる」

クロウはそう言って、『バイデント』という二股の槍を持ってきた。

こうして五人は定期船に乗り込み、『イトの国』へ向かうのであった。



 ――定期船の船上。

 定期船は一行だけでなく、他にも十人ほどの冒険者も乗っていた。

彼らはクエスト目当てだろうか? 

そんな彼らをよそに、一行は船の上で日光を浴びながら、くつろいでいた。

「おい! そんなに気を抜いて大丈夫なのか?」

ヒナは皆に言った。

「大丈夫、なんとかなるって」

海パン姿のクロウがそう言った。

「そ~そ~、休める時に休んでおかないとね」

エリーも水着姿だった。

「泳げる恰好じゃないと大変だよ~」

フェイも水着姿で、パラソルの下の日陰で休んでいる。

「海に落ちて沈んだら大変ですからね」

リノも水着姿だ。だが銃を手入れは欠かさない。

「くっ、某が間違っているのか……」

ヒナは水着に着替えに、船室へ行った。

こうして太陽の恵みを受けつつ、定期船は進んで行った。



 定期船は南へ進路を取り、風に乗って進んで行く。

太陽が一番高いところから下がり始めた頃、異変は起こった。

船の周りを魚の群れが海上を飛び跳ねながら、逃げているのだ。

異変を知らせる船の警鐘が鳴る。船上の他の冒険者たちもざわめき始める。

五人は武器を取り、戦う構えを見せた。水着姿で。

 突如、海面から水しぶきがあがり、何者かが船に乗り込んで来た。

その彼らの姿は、上半身はウロコの生えた人、下半身は魚、という半魚人である。

これが海の魔物、『マーマン』だ。

 一行と船の上の冒険者達は戦闘を始めた。

だが今の五人にとって、この程度の敵は造作もない。

数分と経たずに半数を船から斬り落とすと、マーマン達は逃げてしまった。

「マーマンか、マーメイドのほうが良かったな……」

「マーメイドは海底にいるんじゃない?」

「体に石を縛って、飛び込んでみるといいわ」

「『水中呼吸の指輪』を貰ったらそうしようかな……」

「でも、伝説では人魚と仲良くなっても、ハッピーエンドにならないですよね」

「世の中そう上手くはいかない。相手が美人だとしても幸せになれる訳では無い」

「はぁ~ぁ……」

クロウは、そのように寂しそうな顔で海を見つめていた。

 そのような会話をしつつも、船は進んで行く……。



 定期船はさらに風に乗って、進んで行った。

再び異変を知らせる警鐘が鳴り始めた。一行は再び武器を取り周囲を警戒する。

「下だ! 船の下に何かいる!」

誰かがそう叫んだ。船の下の海面を見ると、黒い影が見える。

 程なくして、その黒い影が海面に上昇してきた。

船の前方で道を塞ぐように、巨大なイカのような魔物が現れた。

――『大王イカ』である。

その大王イカがこちらの船を見ると、触手を伸ばし船に襲いかかってきた。

五人はそれぞれ触手を攻撃し始める。

 クロウは名剣『フルティン』を振るい斬りかかるも、水属性のため効果は薄い。

そうして戦っているうちに、敵の触手に剣を弾き飛ばされてしまう。

剣は床を滑りつつ遠ざかっていき、フルティンはエリーの足に踏まれ、止まった。

エリーがフルティンを拾い、クロウに投げ返す。

「剣落とすなよな! それに槍のほうがいいんじゃないか?」

「すまん、槍持ってくる!」

クロウは持って来た槍、『バイデント』を取りに船室へ戻って行った。

 四人はそれぞれ大王イカと戦い続ける。他の冒険者も戦闘に加わってきたようだ。

そして、クロウが槍を持って帰ってきた頃には、戦闘は終わっていた。

「あれ? もう終わった?」

「大王イカは海の中に逃げていったよ」

「あれが今回のクエストの対象なのかしら?」

「今見てみますね。……違うようですね。クエストは達成されていません」

「違うのか? その敵はどこだ……?」

辺りを見廻して警戒する五人。だがその耳に何かが聞こえてくる。


 ……誰だろう……、……女性の……歌声だ。

「セイレーンよ!」

フェイが注意を促す。五人は耳を塞ぎ、セイレーンの声を聞かないようにした。

リノは船室へ戻り、荷物の中から耳栓を持ってきて、皆に配った。

一行はセイレーンの歌声を聞かずに済んだが、船の船員はそうでは無い。

徐々に航路を外れ、セイレーンの声のする方へ向かってしまう。

次第に船は、セイレーンのいる岩礁目指して進んで行く。

(マズイな……)

 五人はそう思った。このままではこの船が岩礁にぶつかってしまうだろう……。

そうして彼らが戸惑っていると、フェイが確信を持った顔で、一歩前へ進み出た。

「ウチに任せて! 召喚! 出でよ! 風の精霊!」

現れたのは、口ヒゲを生やし、全身タイツで胸毛をアピールするおっさんだった。

「これは……」

「誰だよ……?」

「『風の精霊・不レディ』よ! さあ! 歌いなさい!」

風の精霊・不レディは歌いだした。

〝オーーレハオウージャーダ、トモダチヨ~♪〟

〝タタカーーイツヅケ~ル~、オワリマデ~♪〟

彼の魂の熱唱にセイレーンは怯んだが、彼女も負けじと声量を上げる。

 不レディも負けずに声を張り上げ歌った。

〝オーーレハオーウジャ♪ オーーレハオーウジャ♪〟

「魂の歌声だな……」

「女王みたいな名前の人だね……」

「でもレディじゃ無いのですね……」

「王者の風格だな……」

程なくして、不レディとセイレーンの歌勝負の決着はついた。

〝マケーターラオワーリ♪ オーーレハオーウジャ♪〟

〝セカイノ~ーーーー♪〟

ついにセイレーンは不レディの歌声に負け、岩礁から飛び降り、命を絶ったようだ。

「さすがレジェンドね……」

フェイは感動していたが、彼のファンはフェイだけのようだった……。



 セイレーンの歌声が止むと、定期船は通常の航路へ戻り始めた。

快適な船旅に戻るのかと思いきや、三度みたび海面に異変が生じた。

再び船の下に巨大な黒い影が現れ、定期船の警鐘が激しく鳴り出す。

一行と他の冒険者達も戦闘準備に入る。

 巨大な黒い影がさらに大きくなり、海面下より触手が伸びてきた。

その触手は先ほどの大王イカより、長く、太い。

それより大きな生き物だというのがすぐに分かった。

船上の者達は皆、触手相手に戦い始めた。

「こいつ、『クラーケン』だ!」

冒険者の誰かがそう叫んだ。


 ……そしてクラーケンの触手と戦い続ける一行。

彼の触手は一度切り落としても、時間が経つとまた生えてくるらしく、その数が一向に減らない。

ヒナが触手を切り落とし、その場所をフェイの魔法で凍らせても、海に沈んだ触手が再び出てくる頃には、その触手が復活しているのだ。

「触手が減らない!」

「斬ってもすぐ生えてくる!」

「むぅ……、触手の切り口を焼ければ……」

「誰か炎の魔法を使える人がいないでしょうか?」

「某の刀では斬るだけで精一杯だ!」

 そうして戦っているうちに、船上の冒険者は一人二人と数を減らしていく。

ついに残ったのは五人だけとなってしまった。

触手はさらにうごめき、船を掴もうと船体に絡みつく。

五人の触手を斬る速度が徐々に鈍くなり、押され始めてきた。

「こいつの頭は無いのか!?」

「海の下でしょ!」

「炎の精霊じゃ、力負けしちゃうわね……」

「きゃあっ」

リノが触手に捕まってしまうが、即座にヒナが触手を斬り、助ける。

「ありがとう」

「礼は後だ!」

戦いつつも何かいいアイディアは無いかと考えを巡らせる……。

その時、クロウが何か閃いたようで、皆に向けて叫んだ。

「そうだ! 触手を縛ろう!」

「どうやってだよ!」

「追いかけられたらうまく逃げるんだよ!」

「……そうね、やってみる価値はあるわね」

「はい!」

「分かった!」

五人はそう言って、船に絡む触手を斬りつつ、触手から逃げ回ることにした。


 一行はクラーケンの触手から逃げつつ、それが絡まるように誘導する。

二本以上の触手が絡んだところで、船にあった銛を突き刺し、動けないようにする。

それを何回かやり続けると、次第に動いている触手が減ってきた。

 突如、海面から水しぶきがあがり、クラーケンがその頭を出してきた。

彼は絡まった触手を動かし、引っ張ったりねじったりしている。

その触手の動きが、自分の触手の絡まりをほどく方向に変わったようだ。

五人は動いている触手をさらに絡まるように誘導し、銛で刺して押さえつける。

そうするうちに、彼の触手は全て絡まってしまい、身動きできなくなってしまった。

 触手を縛られ万策尽きたクラーケンは、大きな口を開け、船を飲み込もうとする。

だがフェイの魔法が彼の目に刺さり、動きが止まってしまった。

そこを狙って、クロウが『バイデント』をクラーケンめがけて投げつける。

その二又の槍が彼の眉間に突き刺さると、彼は悲痛な表情で顔を歪ませた。

クラーケンは触手の絡まりをほどくことも出来ず、眉間に槍を刺され、

〝自分、不器用ですから……〟

そう言い残して海面下へ沈んで行った。

 クラーケンが海に沈んでいくの見守る五人……。

「カッコいい魔物だったな……」

「シブいね……」

「高クラーケンだったわね……」

「雪国の駅長をやって欲しかったですね……」

「次は是非、任侠物が見たいところだ……」

 五人はクラーケンが海に沈んでいくと、他の冒険者の救助を始めた。

海に落とされた他の冒険者達も無事なようで、一人二人と船に上がってきた。


 ……その後、平穏を取り戻した定期船の上。

「お? クエ達成したな」

クロウはスクリーンを開き、そう言った。

「あれがボスだったんだね。指輪もらえるよ!」

エリーはクエスト報酬のアイテムを思い出し、喜んだ。

「ぜひ仲間に欲しかったわ……」

フェイは残念そうだ。

「あっ! 槍刺さったままだった!」

クロウは船から海面を覗くも、彼はもう沈んでしまったようだ。

「でも、うまくいってよかったですよね」

リノはクロウを慰めて言った。

「これでこの船も航路に戻るだろう」

ヒナはそう言って、故郷の『イトの国』の方角を見つめた。


 かくして、彼らはその船旅を終え、『イトの国』の港へと入って行く。

侍、忍者、巫女などの職業のある、神秘の国だ。

五人は期待に胸を躍らせつつ、イトの国の港に上陸したのであった。

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