第25話 召喚、黒い魔法陣

 ――ギルド『我々の中に裏切り者ガイル』

 この奇妙な名前のギルドの扉をノックし、訪ねて来る者がいた。

「はーい」

と、ドアを開き、応対するリノ。

そこには、シスター風の娘が立っていた。

「あの……、こちらのギルドで、よろしいでしょうか?」

「えっと、何でしょうか?」

「あっ、すいません。ウィグラフさんの紹介で、相談に乗ってもらえるかと……」

その名前を知らないわけではない。

とりあえず、リノは彼女に席を勧め、紅茶をだした。

間もなく食堂に五人が揃い、それぞれ名乗った。

「はい、あの、私、僧侶の『ソフィア』という者です」

「それで、話というのは? ソフィアさん」

クロウは、いやに乗り気だ。

「私、その……、回復魔法が苦手なのです……。それで、旅の途中で知り合ったウィグラフさんにここを紹介されて……」

「なるほど、あのおっさんの紹介か」

「何かいけなかったのでしょうか……?」

「いや、あのおっさんの全身キノコ姿思い出してね……」

「そうなのですか? あの方は旅の途中で顔が赤紫に腫れていたので……」

「何食ったんだろ……」

「じゃあさ、試しにここのクロにかけてみなよ、回復魔法」

「はい、それでは、失礼して……。癒しの光ヒーリングライト……」

〝ボンッ!〟

突然、クロウの右肩に小さな爆発が起こった。

椅子から転げ落ちるクロウ。彼の耳はキーンと鳴っていた……。

「なんだ? 今の……?」

彼は驚いてソフィアをじっと見つめた。

「あっ、すいません。私、回復魔法を使ったつもりでも、何故かそこが爆発してしまうのです……」

 五人はそれを聞くと、驚いてソフィアを見る。

(回復魔法で爆発?)

(どうしてそうなる……)

(どんな魔法使ってるのかしら……?)

(回復魔法……でしたよね?)

(苦手どころではないな……)

それぞれ異なった反応を示すも、彼女の悩みが奥深いことが分かった。

「えっと、これ、どうしたらいいんだろう?」

クロウはリノに聞いた。

「私はそういう経験無いので……」

リノも困っているようだ。

「そうですよね、すいません。私にもどうしていいか分からなくて……」

ソフィアはうつむいてしまった。

「俺は魔法使えないしな……」

「あたしも……」

「……そうね、一つアイディアがあるわ」

フェイが何か思いついたようだ。

五人は一斉にフェイの顔を見つめる。

「回復魔法が弱点のモンスターとかで練習するのよ」

「それでいけるのか……?」

「ウチも分からないけど、練習すれば良くなるかな? と思って」

「えっ!? そうなのですか? 私、いつも爆発させてしまうので、練習は……」

「じゃあさ、やってみようか」

「そうですね、練習すればうまくなるかもしれませんし」

「毎日の鍛錬は大事だぞ」

「どこで練習しようか?」

「ウチがいいとこ知ってるよ」

フェイがそう言い、一行は彼女の案内でその場所へ向かった。



 一行は目的の場所、森の中の洋館へ着いた。だがこの場所は見覚えがある……。

そこにある洋館は森の奥深い所にあり、外からの訪問者を拒んでいるように見えた。

建物は二階建てで、外観には蔦が絡んでおり、とても人が住んでいるとは思えない。

やはり見たことがあるというか、以前来たことがある場所だ。

「あれ、ここって……」

「昔壊した洋館?」

「そうみたいですね……」

「これは……、ちょっと、怖そうなのだが……」

「ここだわ。ここに幽霊がいっぱい出るから、それを回復魔法で倒すのよ!」

「幽霊!?」

ヒナが怯んでしまう。

「分かりました、ここの幽霊で練習ですね」

ソフィアはそう言って、心に決意した。

「ソフィアは前に出ないでね、あたしらが幽霊追い回すから、回復魔法かけてみて」

「そうだな、前方は俺達で守ろう」

「……」

ヒナは尻込みしている。

「よしじゃあ行こう!」

フェイはそう言ってヒナを引っ張りつつ、六人は洋館の中に入って行った。



 洋館の正面の扉を開けて、中へ入って行く一行。

その中は吹き抜けの広間になっており、奥には二階への階段が二つ見える。

広間の左右に扉があり、以前来た時と同じ間取りのようだ。

「それじゃソフィっち、天井のシャンデリアを落としてみて、あそこにいるはずよ」

フェイはそう言って、天井を指差した。

「はい、やってみます」

ソフィアはそう言って、回復魔法をかける。

癒しの光ヒーリングライト

〝ボンッ!〟

天井のシャンデリアで爆発がおこり、シャンデリアが落下してきた。

〝ガシャーン!〟と大きな音を立てて広間の床に落ちる。

「ひぃっ」

ヒナは怯えた声を上げるも、戦いが始まる。

シャンデリアの上には幽霊が三匹いて、こちらを睨んでくる。

癒しの光ヒーリングライト

再びソフィアの回復魔法で幽霊を一匹爆破した。

残りの二匹の幽霊がこちらへ向かって来る。

クロウは名剣『フルティン』を振り回し、幽霊たちを追い払おうとした。

ヒナはしゃがんで目を閉じ耳を塞いで震えている。

三度、四度とソフィアの回復魔法で幽霊を爆破し、広間に静けさが戻った。


「ソフィっち、どう?」

フェイが聞いた。

「どうかと言われましても……」

ソフィアはまだ手ごたえを感じていないようだ。

「まだ三匹だし、次行こう」

エリーが催促した。

「ヒナさん、大丈夫ですか?」

「う……、うむ……」

ヒナはやはり幽霊が苦手どころか、顔が真っ青になってしまった。

「ヒナの顔色が悪いな。次から事前に説明しよう」

クロウはそう言って、ヒナを気遣って進む事にした。


 クロウはヒナに説明するように進んで行く。

「次は、こっちの扉を開けると、窓から黒い犬が飛び出してくる」

そう言って、広間の左の扉を開け、廊下を進む。

やはりここも同じで、窓ガラスを割って黒い犬が飛び込んで来た。

その二匹もソフィアの回復魔法で倒す。

「次は、包丁を持った人形が襲ってくる」

そう言って扉を開けると、包丁を持った人形が襲ってきた。

そしてそれもソフィアの回復魔法で倒してしまう。

 どうやらヒナとソフィアに少し余裕が出てきたようだ。

広間に戻り、入り口の右側の扉を開け、そちら側の幽霊も倒した。

一階の幽霊を倒し終わり、次は二階へと足を進める。


 一行は二階へ登り、階段の左手の扉の前に立つ。

「ここは……、首の無い自分だっけ?」

「そうだね、あの悪趣味な奴」

「そうね、あれは結局何だったのかしら?」

「六人で入ったら、敵も六人になるのでしょうか?」

「ううっ……、聞いてるだけでも怖いな……」

「はい、私もがんばります」

六人はそう話し、その部屋の扉を開けた。

 以前のように、壁には絵画や装飾された剣が飾られ、ベッドやソファーもある。

そしてもちろん、部屋の中央には赤い水たまりがあった。

「剣が襲ってくるぞ!」

クロウはそう叫んで、皆に注意を促した。

やはり、壁に掛かっていた六本の剣が襲ってきた。

事前に分かっていれば怖くはない。あっさりと撃ち落とす。

 そして彼らは、部屋の中央の赤い水たまりの方へ目を向ける。

そこにはやはり、六体分の彼らと同じ格好の首無し死体があった。

何度見ても気持ちのいいものではない。が、

「あの死体、床から浮かび上がってくるのが見えました」

どうやらリノは床から目を離さず、見張っていたようだ。

「へぇ~、そういう仕掛けだったのか……」

「でも分かっていても襲われるような……」

仕掛けが分かっていてもどうにかなるものでは無かった。

六人は六体の首なし死体に襲われ、戦い始める。

 ……数分の戦いの後、ソフィアの回復魔法とヒナに倒されてしまった。

「済まない……、怖くて思うように手加減できなかった……」

「気になさらないで下さい、私は皆さんに手伝ってもらえて感謝してます」

ソフィアがヒナを気遣って言った。


 そして次の場所、階段の右手にある扉だ。

ここは以前、死神みたいな影によって四人の首と胴が入れ替えられた所だ。

「ここは、どうしよう……?」

「ここに六人で入ったら、六人分入れ替わるのかしら?」

「そうですね、でもここの先へ行かないと……」

「よし、ここは俺一人に任せてくれ」

クロウはカッコつけてそう言った。

「大丈夫なのか?」

エリーが心配して言った。

「一人で入れば、首と胴が入れ替わることも無いはずだ」

「そうかもしれませんが……」

リノも心配してそう言ったが、クロウは自信ありそうな顔で言う。

「大丈夫だ、この『白い烏』の力、見ていてもらおうか!」

そう言って、クロウは勇敢にも一人で扉を開け、中に入って行った。

その数秒後……、

「うわっ!?」

クロウの悲鳴が聞こえた。急いで扉を開ける五人。

そこにいる者は、脚の部分に腕があり、腕の部分に脚があり、股間にクロウの顔がある、そんな珍妙な生き物だった……。

〝ブホッ〟

フェイが思わず吹き出し、一瞬アヘ顔を見せて顔を隠し、笑いをこらえうずくまる。

他の四人は唖然として立っていた……。

「これはちょっと……」

「どうしましょう……?」

「なんと……」

「大変なことに……」

「あのさ、タスケテ……」

クロウの股間の顔が喋った。

さらに肩を震わせて笑いをこらえるフェイ。

「これはちょっとかわいそうな……。でもとにかく先へ進むしかないね……」

エリーと四人と一匹は、ここで立ち止まっても仕方ないので、先へ進むことにした。


 次の小部屋。以前と同じようにピアノがあり、女性の幽霊が演奏を始めた……♪。

「この曲は……ヒゲダンスか?」

フェイは顔を隠して笑っている。

「聞いたことある気がしますね」

「踊り出しそうな曲だな」

「何かの挑戦したくなりますよね」

「手で歩くの大変なんだけど……」

クロウは両腕でひょこひょこ歩く。

その姿を見て、さらに笑いのツボにはまってしまうフェイ。

「とにかく、地下へ向かおう」

エリーと四人と一匹は、隠し扉を開け、地下へ降りて行く。

 地下の部屋も以前と同じだった。

部屋の中央に魔法陣があり、その周りの燭台がロウソクの火で部屋を照らしている。

その魔法陣の上に、ゆっくりと死神の影が浮かび上がってきた。

「こいつの鎌は本物だぞ!」

エリーはそう皆に注意をし、戦闘が始まる。

ヒナは怯えつつも刀で鎌を払い、エリーが短剣で斬りつける。

ソフィアは回復魔法で攻撃し、リノは補助魔法を全員にかけた。

クロウは珍妙な姿でぴょんぴょん跳ね回り、フェイは顔を隠して肩を震わせる。

そうしているうちに一行は、死神を祓うことに成功したようだ。


 しかし死神を倒したものの、クロウの姿は元に戻らない。

「前回はどうやって元に戻ったんだっけ?」

フェイはまだ笑いをこらえている。

「クロさんが『雷神剣』を暴走させて、館ごと壊してましたね」

「建物ごと壊すのか?」

「そのようなことが出来るのでしょうか?」

「今は『雷神剣』持ってないんだよな~」

クロウが股間の顔から言った。

「とりあえず前回みたいに、一階の広間に戻ってみるか」

エリーはそう言って、皆を連れて一回の広間へと戻って行った。


「ここに何か手がかりがあればいいんだけど……」

エリーはそう言って、五人と一匹で広間を調べ始めた。

そこでクロウが絨毯に手を引っかけて転んでしまう。

「あっ! これ!」

クロウが転んだついでに何か見つけたようだ。

彼は広間の床に敷いてある絨毯の角をめくり、そこを脚で指差す。

一行がそこを見ると、黒い魔法陣の外縁らしきものが見えた。

「これ、魔法陣か?」

エリーが問いかけた。

「そう……、みたいね……」

フェイは笑いをこらえつつ、言った。

「ここから何かを呼び出すのでしょうか?」

リノも調べ始めた。

「なんでもいい、斬ってやる!」

ヒナはそう言っているものの、膝が震えていて、無理をしているのが分かる。

「これは……、どうしましょうか……?」

ソフィアは困って言った。

 フェイが懐から何かを取り出し、ソフィアに渡す。

「ソフィっち、これ持ってて」

「これは何でしょうか?」

「魔法の巻物よ。ここぞという時に使ってみて」

「はい」

ソフィアはよく分かっていないようだが、その巻物を手にした。

「絨毯全部めくってみようか?」

クロウがそう言った。

「とりあえず、やってみようか」

そうして五人と一匹は絨毯をめくり、その下の魔法陣を見えるようにした。


 するとどうだろう、黒い魔法陣が青く光りだし、勝手に発動したようだ。

「これって……」

エリーがそう言うと、黒い魔法陣の中央に何かが呼び出された。

その不気味な姿が徐々に浮かび上がってくる……。

天使のような体、背中に黒い羽を持ち、その頭には黒い鳥の頭が二つあった。

これは悪魔だろうか、堕天使だろうか、その姿は異様な雰囲気に包まれていた。

その者が片手を上げると、その手に黒い球が渦巻き始めた。

(まずい、何かしてくる……!)

 皆がそう思った、その時である。

「あっ!」

ソフィアがフェイから受け取った巻物をうっかり落としてしまう。

それは転がりつつ、悪魔らしき生き物の足に当たった。

悪魔はその巻物を拾い上げると、ソフィアがその巻物を目で追ってしまう。

その時偶然にも、その巻物の中を彼女は見てしまったのだ。

――突然、大爆発が起こった。


 その爆音と爆風と共に、五人と一匹は吹き飛ばされてしまった……。

彼らは何が起きたのか分からないまま、それぞれ体中についた破片や砂埃を払いながら立ち上がった。

先ほどまでいた広間は、壁も屋根もすっかり無くなっていた。

館らしきものは土台しか残っておらず、頭上には雲がかかった空が見える。

一体何が起きたのだろうかと、六人は周囲を見回した。

「いてて、何が起きたんだ……」

「クロ、体が戻ってるぞ!」

エリーがクロウを見て言った。

「あれ!? そうか?」

クロウは自分の体を確認する。

「さっきのがボスだったのかしら……」

フェイも辺りを見廻す。

「皆さん、大丈夫でしょうか?」

リノは仲間の怪我を心配して、怪我の様子を見始める。

「何だ、さっきのは……」

ヒナも無事なようだ。

「すいません、私が巻物を見たらこうなってしまったみたいで……」

ソフィアが皆に謝った。

「フェイ、ソフィに何を渡したんだ?」

「えっ? 爆発の魔法が書かれた巻物だよ」

「なんでよ?」

「回復魔法で爆発が起こるなら、爆発魔法で回復するかと思って……」

「それで出てきたのは大爆発だったな……」

「一番弱い爆発の魔法だったんだけどね……」

「本当にすいません、こうなるとは……」

ソフィアは平謝りした。

「まあ、フェイのせいだしね……」

六人は怪我の手当てをしてから、街へと戻った。

結局、ソフィアの悩みを解決することができなかったのである……。



 街へ戻ると、ソフィアは『王都ルティア』の『大図書館』でその原因を調べると言って、五人に謝りつつ、街から去って行った。

 五人は今回の出来事に反省しつつ、休息を取った。

いずれ、彼女の爆破体質も治るかもしれない。そう願いながら……。

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