第8話 変貌、レッドオークの砦

 今日はクロウ、エリー、フェイの三人が先に食堂にいる。

リノは珍しく遅刻しているようだ。

こういう日もあるんだな、と思っていると、リノが階段を降りてきた。

「おはようございます、皆さん、すぐに朝食を作りますね」

「「おはよ~」」「おはよう、無理しなくてもいいよ、皆で外で食おうよ」

「いえ、でも、ありあわせの材料で作るので大丈夫です。少々お待ちください」

そう言ってリノは調理を始める。

……十分程待っただろうか、リノが朝食を作り終え、食堂へ持って来た。

「えっと、とりあえず、ラーメンです」

(……朝食にラーメン?)

テーブルにラーメンが並ぶ。リノは台所に戻り、再び何か持ってきた。

「はい、コッペパンです」

「リノっちも座りなよ、ラーメンのびちゃうよ?」

「はい、今」

三度みたびリノは台所へ戻り、皿に何かを持って来た。

「はい、かき揚げです」

(かき揚げ?)

(ラーメン、パン、……てんぷら?)

「それでは私もいただきます」

その時の朝食の組み合わせは本当に謎であった……。

ともかく、四人はおいしく食事を取り、次の冒険へ向かった。



 次のクエストの舞台は、『レッドオークの砦』である。

そこの周辺の農場を襲っているレッドオーク達を壊滅させるのが今回のクエストだ。

その砦の入り口は堅牢で、正面からは突破できそうにない。

一行は拠点の地下へと続く抜け道を探し出し、地下から攻略することにした。


 抜け道の先は倉庫になっており、一行は敵に見つからないよう音を立てずに進む。

倉庫を出ると通路が伸びていて、その先は牢屋になっているようだ。

四人は慎重に進み、牢屋の前を横切ろうとすると、中に誰か捕まっているようだ。

その囚人は女性で、騎士のような恰好をしている。

 彼女はこちらに気づくと、喋った。

「くっ、殺せ!」

「えっ、殺さないよ!? NPCじゃないの? プレイヤー?」

エリーは驚いてそう答えた。

「なんでここに捕まってるんだ?」

クロウは疑問に思って彼女に聞いた。

「う……、仲間とはぐれて、敵に捕まってしまったのだ……」

とりあえず、エリーは牢のカギを開け、その女騎士の拘束を解いた。

「じゃ、あたしらは先に行くから、これで」

そう言って彼らはその場を立ち去ろうとする。

「待ちなさい!」

その女騎士は言った。

「私をほっといてどこか行こうなんて、私がどうなってもいいの?」

「えっ? なんかのプレイの最中かと思って」

「初対面の人に『くっ、殺せ!』なんてセリフ、普通は出てこないわ」

「触れちゃいけない人なのかな、と」

「怪我はしてないみたいですし」

「私みたいな美女が敵に捕まったら、あんなことやこんなことをされるに決まってるじゃないの!」

「ハイハイ」

「されたいの?」

「牢から出ようよ」

「どんなことですか?」

「君たちには情というものがないのか……、悔しい……」

その女騎士はビクンビクンと体を震わせ、こちらを睨んで言った。


 一行は顔を見合わせ、小声で相談した。

(なんだろうね、この人……)

(こういう人なの? こういうプレイなの?)

(触れてはいけない人な気がするんだよな)

(別に怪我をしているわけではないようですしね)

(どうしよう? 放置?)

(放置したらまた捕まってるかも?)

(捕まるのが趣味なのかな? ピーチ姫? 何姫?)

「ああもう助けてくれたっていいじゃないの!」

女騎士はそう叫びだした。

(仕方ない、放っておいて騒がれても面倒だし、安全な所まで連れて行ってやろう)

クロウは皆にそう言って、彼女を助けてやることにした。

「私は騎士の『グレイス』という。仲間と一緒にこの砦に来たのだけれど、仲間とはぐれてしまい、ここに捕まってしまったのだ」

四人はそれぞれ自分の名を名乗り、グレイスから話を聞くことにした。


「あたしら、クエでこの砦のレッドオーク達を倒しに来たんだけど、何か知ってる?」

「ここのレッドオーク達は戦い慣れていて、強い。しかし彼らのリーダーを倒せればなんとかなるかもしれない」

「リーダーの居場所は分かる?」

「その前に一つ、お願いがある。私のメガネを探して欲しい」

「メガネ? 目が悪いの?」

「いや、そうというかなんというか……、気分の問題というか……、その……、メガネがないと気持ち的に戦えないのだ」

グレイスは指をモジモジさせながらそう言った。

「気持ちってどんな気持ちなんだろ?」

「とにかく、私はメガネがないとダメなのだ……」

「よく分かりませんけど、探してあげましょうか」

一行はとりあえず、グレイスのメガネを探すことにした。


 五人は牢を出て慎重に砦の地下を進む。

少し歩くと階段があり、エリーが上の様子を探りに行った。

「上に見えたのは四匹、扉が二つあって、二匹づつ扉を守ってるみたい」

「あまり騒ぎたくないけど、倒さないと進めないかな」

「少しづつ引っ張ってみる?」

「四匹相手にするよりマシだし、やってみるよ」

そう言ってエリーは階段を登り、レッドオークの注意を引き、二匹連れてきた。


 武器を取り、戦い始める一行。数分の戦闘ののち、彼らを倒した。

ふと気が付くとグレイスがいない。

辺りをみると、廊下の柱の陰でうずくまっている彼女がいた。

「どうした? 大丈夫か?」

クロウが気遣って声をかける。

「すまない……、私はメガネが無いと……」

「よくわかんないけどさ、もうちょっと待ってよ」


 エリーは再びレッドオークを二匹、引き連れてきた。

さすがに二回目ともなると、たいして手間をかけずに倒すことができた。

「扉の中の前まで行って、中の様子を探ろう」

そう言ってエリーは扉に近づき聞き耳を立て、誰もいないのを確認して扉を開ける。

扉の中は装飾が施された部屋になっていて、身分のある人の部屋のようだ。

五人は手分けして部屋の中を探したが、特に何も見つからなかった。


 次の扉の前でも、中の様子に聞き耳を立て、誰もいないのを確認し扉を開ける。

やはり中には誰もいなかったので、メガネを探し始める。

「これですか?」

リノがメガネを見つけると、それをグレイスに渡した。

「これよ! これが私のメガネよ!」

そう言ってメガネを手に取った。

「これで戦える、ありがとう……」

だがその時、

〝バタン!〟

と、急に背後の扉が開いた。


 五人が振り向くと、そこにはレッドオークがいた。

しかも他とは違う服装をした、リーダーらしきレッドオークだ。

彼は〝ブゴォブゴォ〟と大声を出し仲間を呼び、こちらに襲いかかって来た。

 クロウが剣を構え、彼に対峙して、戦い始めた。

だが敵は手にムチを持っていて、いつもと勝手の違う戦いに苦戦してしまう。

フェイの魔法、エリーの背後からの奇襲も思うように決まらない。

さらに廊下の方からは複数の足音が聞こえてきて、敵の増援が来そうだった。

 その時突然、レッドオークリーダーが体勢を崩し、片膝をついてしまう。

グレイスが部屋にあった椅子を滑らせて、彼の足を掬ったのだ。

クロウとエリーはその隙をついて武器を振るう。

クロウが正面から肩を斬り下げ、エリーは背後から急所を刺し、敵を倒した。


 気が付くと、グレイスはメガネをかけていた。

自信に満ちた目をしていて、別人のような表情になっていたのだ。

彼女は足元に落ちていたレッドオークリーダーのムチを拾い上げると、言った。

「今まで済まなかったな。私はメガネをかけていないと、自信も力も失ってしまい、戦えなくなってしまうのだ」

「目が悪いの?」

「そうだ、メガネをかけていないと、人の顔の区別もつかない。だが、メガネがあればここの敵と戦える」

「それでエリっちとオークを見間違えたのね」

「オイコラ!」

エリーがフェイをどつく。

「よし、手始めにここへ来るレッドオーク達を倒すぞ!」

そう言ってグレイス達は、部屋に入ってきたレッドオーク達を迎撃する。


 自分のメガネをかけてムチを持ったグレイスは別人のように強く、一行はあっさりとレッドオーク六匹を倒した。

「ここにはレッドオークのボスがいる。そいつを倒せば、雑魚の奴らは逃げ出すはずだ。ついて来い!」

そう言ってグレイスは先頭を切って歩き出す。

四人はグレイスの豹変ぶりに呆れながらもついて行った。


 グレイスの後を歩き、一行はついにボスのいる部屋へとたどり着いた。

部屋に入るなり、グレイスは魔法を唱える。

「……性癖分析リビドーアナライズ! 奴の名は『血染棍のレダス』のようだ。タイトスカートに浮かぶパンティーラインフェチよ!」

そう大声で言うと、ムチで床を一閃し、

「この変態が!」

と罵った。

(嫌すぎる魔法だな……)

クロウはそう思った。

 恥ずかしい性癖を暴かれたレダスは、ムチの音に怯んでしまったよう見えた。

だが、彼は顔を真っ赤にして、こちらに襲いかかって来たのだ。

 四人はグレイスのノリについていけないものの、仕方なくレダスと戦う。

グレイスのムチ捌きは速すぎて、常人のものとは思えない程だった。

クロウの剣、エリーの奇襲、フェイの魔法も彼女の前では遅すぎた。

クロウ達三人が一度攻撃する度に、彼女はムチを何回もレダスに叩きつける。

彼女にムチで打たれ続けたレダスは、次第に顔に喜びの表情を浮かべながら、ついに倒されてしまった。

 そして、グレイスは倒れたレダスを見下し、

「俗物が……」

と吐き捨てるように言い捨てた。

 ここのボスを倒すと、グレイスは振り返りつつ、四人に礼を言った。

「君達には迷惑をかけたな、だがこの借りはいずれ返す。またどこかで会おう!」

彼女はそう言い残し、一人で去って行った。

「……あの人、なんなの……?」

「何か別の世界の人みたいね……」

「助けて良かったのか悪かったのか……」

「またあの人と会うのでしょうか……」

一行はグレイスの変貌ぶりに呆れつつ、アイテムを回収して、街へ戻った。



 街へ戻るとクエストを報告して報酬を受け取り、ギルド拠点へ帰って来た。

レッドオークが落とした物は『蓮の杖』という物らしい。

その杖はフェイが受け取る事になった。

 そして四人は明日の冒険への準備をして、今日はもう休む事にしたのだ。

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