第9話 猛追、森の中の狼人
――翌朝。
クロウは自室から出て、階段を降りて食堂へ向かった。
「一体どうなってるのよ! これ!!」
突然、フェイの怒った声が食堂に響く。
テーブルにはリノが作ったのであろう手作りパンが並んでいた。
クロウは三人に「おはよう」と挨拶し、空いている席に座り、フェイに尋ねる。
「何があったんだよ? そんなに怒鳴って」
「例の指輪がオークションの価格が高騰して三十倍以上になってるわ! 一個しか買えなかったのよ!!」
「なんだっけ? 『色白? 美白? の指輪?』とかいうやつだっけ?」
「そう、それよ……、いったい誰がこれを買い占めている……?」
何かに気づいたフェイは、エリーを睨んで言う。
「エリっち、その手袋、脱いでみ?」
エリーは両手を頭の後ろへ回し手を組み、フェイから目を背けつつ、
「ピーピプー~♪」
と口笛を吹いてごまかそうとした。
……ワナワナと体を震わせるフェイ。
次にフェイはリノの方を睨んで言う。
「リノっち、指、見せてみ?」
リノは両手を腰の後ろへ隠し、よそ見して何も言わない。
……フェイはさらに体を震わせ、
「初めてですよ………ここまでウチをコケにしたおバカさん達は……」
「ぜったいに許さんぞ虫けらども!! じわじわとなぶり殺しにしてくれる!!!」
と、椅子から立ち上がり、床を〝ダンッ〟と踏みしめ、大声で叫んだ。
そのフェイの剣幕に対し、三人は無言でパンを食べ続けていた。
クロウは、エリーが二個、リノが一個指輪をつけているのを知っていたのだ。
しかし、その事を口にすることが恐ろしすぎて言えなかった。
その後三人で機嫌の悪いフェイをなだめつつ、冒険者ギルドへと向かった。
一行は冒険者ギルドでクエストを受注した。
Cランクの『水精霊の水晶の護衛』というクエストである。
街の商人から水晶を受け取り、それをエルフの村の老魔法使いまで届けるらしい。
しかしその水晶は
とりあえず一行は、街の商人からアイテムを受け取り、皆で相談し始めた。
「エルフの村まで距離ありますよね?」
「そんなに遠いのか?」
「歩いていくのはダルいね、馬車借りよっか?」
「ウチが召喚魔法で馬車を呼ぶわ」
「大丈夫? 今度は」
「任せなさい! ……召喚・かぼちゃの馬車!」
フェイがそう叫ぶと、目の前に童話のような馬二頭立てのかぼちゃの馬車が現れた。
「お~、思ってたよりまともじゃん」
「メルヘンチックですね」
「俺はちょっと恥ずかしいな」
「フフフ……、ウチが本気を出せば、この通り」
「へぇ~、普通の馬車とどう違うんだ?」
「書類を改ざんして、銀行が不正融資をすることができるわ」
「やっぱそっちの方向か……」
「それにこれ、強度大丈夫? 敵に襲われたら壊れたりしない?」
「大丈夫よ、創業家一族なら多分、逃げ切れるわ」
「またそれかよ!」
「だってウチらのギルド拠点もシェアハウスみたいなもんだし~」
「ぐ……、それは否定できない」
「さあ、御者はエリっちに任せた、乗るよ~」
フェイがそう言うと、皆で馬車に乗ってエルフの村まで行くことにした。
馬車で進むこと数十分、街道は森の中へと入って行った。
その森の暗さはいかにも敵に襲われそうな雰囲気を出している。
「そろそろ敵出そうだな」
「敵に襲われたら、ウチは魔法で攻撃するけど、リノっちは?」
「そうですね、数が多かったら銃を使ったほうがいいですかね?」
「大丈夫? 人格変わったりしない?」
「うぅ……、多分大丈夫です……。銃の手入れをしているときは平気ですから」
「そっか、じゃあ頼むかも。俺も剣から雷撃飛ばせるように頑張ってみるよ」
「クロっち、雷飛ばせるの?」
「やったことないけどな」
「木の陰に誰かいる! 来るよ!」
エリーはそう言って、馬車にムチを与え、馬を走らせた。
木の陰から何匹ものウルフマンが現れ、馬車に向かって弓を射始めた。
その矢は何本も馬車のかぼちゃの部分に刺さり、戦闘が開始される。
エリーは馬を急がせ、彼らを振り切ろうとしたが、その足は速く、引き離せない。
フェイは窓から上半身を乗り出し、氷の魔法を飛ばして彼らを追い払おうとしたが、それでも彼らは追いかけて来るのをやめない。
「私も戦います!」
ついにリノも銃を抜き、ウルフマンに発砲し始めた。
彼らはリノに胸を撃たれて離脱していくが、森の中からも新たにウルフマンが出てきて、減るどころか増えていくようだ。
その時突然、馬車に爆発音と共に衝撃が走る。
「きゃっ!?」
リノが悲鳴をあげる。上を見るとかぼちゃの馬車の天井が吹き飛んだようだ。
「敵の魔法か?」
「矢も気をつけろよ!」
「
フェイの魔法、リノの銃撃で応戦する。しかし敵は全く怯まずに追いかけて来る。
すると、クロウはおもむろに立ち上がり、剣を上段に構え、力を込めた。
「雷神剣・真空切り!」
クロウはそう叫ぶと、剣を力いっぱい振り下ろした。
……だが特に効果はなく、ただ頭上の木の枝を切り落としただけだった。
「だめか……、漫画みたいにはいかないな……」
「ちょっと期待したあたしがバカだったよ!」
「必殺技っぽく叫んだんだけどな~?」
そうしているうちに、馬が徐々に矢を受け始め、馬車の足が落ちてきた。
「馬が持たない、そろそろやばいぞ!」
エリーはそう叫ぶ。
クロウはふと何かを思いついたようだ。
馬車の上に立ちあがると、頭上の森の木の枝を剣で払い始めた。
彼に斬られた木の枝葉が街道に落ちて、ウルフマン達の足が鈍ってきたのだ。
それに気づいたリノもクロウに合わせ、銃で頭上の木の枝を撃ち抜いて、枝葉を街道に落とし始めた。
今度はその枝葉の多さに、ウルフマン達の足が止まってきた。
「
フェイはそのタイミングを見逃さず、広範囲の魔法をウルフマン達に放つ。
木の枝葉ごと彼らを吹雪で囲み、追いかけてきたウルフマン達を凍りつかせた。
だが、馬車の馬は徐々に速度を落とし、ついには立ち止まってしまったのだ。
ウルフマン達の襲撃が終わったかと思ったその時、森の木の上から何者かが降って来て、馬車の馬を両断した。
四人は馬車から飛び出して、武器を構えて戦闘の態勢を取った。
そこに現れたのは、両手に曲刀を持ったウルフマンのボスのようだった。
「
フェイのセリフはともかく、クロウは剣を構えて、アジムへ向かって突進した。
敵はそれに対して双剣を重ねて息を吹きかけると、火球となってクロウへ飛ばす。
(ずるいな……)
クロウはそう思いつつも、火球を避けながら進み、アジムへ斬りかかった。
「その技俺にくれ!」
そう言いつつ、二度、三度ととアジムに斬りかかる。
アジムは彼の攻撃を打ち払うが、その足取りは鈍く、相当疲れているようだ。
そしてアジムの背後にエリーが回り込み、タイミングを計る。
「
フェイの魔法がアジムの顔に刺さり、白いひげのように彼の顔を覆った。
彼が怯んだタイミングで、エリーはアジムの首を斬りつけた。
さらにクロウがその頭めがけて剣を振り下ろし、敵の頭上に雷撃が落ちる。
ついにアジムは叫び声を出す暇も無く、彼らに倒されてしまった。
一行はアジムを倒して武器を収めた。
「結構歯ごたえのあるクエだったな」
「まだクエ達成してないって」
「そうですね、アイテムを届けるのでしたね」
「そうそう。まあ、敵はもう出てこないだろうけど」
「あ、ドロップアイテム拾ってこよう」
「フェイ、またさっきの馬車、出せる?」
「かぼちゃの馬車は、もう破綻したので呼べませ~ん」
「やかましいわ!」
「帽子と手袋が落ちてたから拾っておいたよ。『鷹目の帽子』と『看護師の手袋』だって」
「んじゃあたしが帽子で、リノが手袋かな」
「はい、ありがとうございます」
「フェイ、ほんとにあの馬車出せないの?」
「一回しか使えない物だったみたいなのよ。冗談じゃなくて」
「じゃあやっぱり歩きか、だるいな~」
「そうは言っても仕方ない、日が暮れる前にエルフの村に行こう」
彼らはそう話して、エルフの村へと歩いて行った。
しばらく歩いた後、四人はエルフの村にたどり着いた。
日も暮れそうだったので、急いで老魔法使いを探し出し、このクエストを達成した。
すると、四人の職業ランクが上がり、全員Cランクとなった。
そうしているうちに日も沈んできたので、一行はここで宿を取ることにした。
エルフの村の宿は太い木の中にあり、一階に食堂、上の階に客室と分けられていた。
四人はそこの食堂で軽く食事を取ってから、長旅の疲れを癒すため、早めに床につくことにしたのだった。
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