第7話 華麗、雪に舞う蝶

 身支度を済ませ、自室を出て階段を降りるクロウ。

食堂には誰も居なかったが、コーヒーが四つ並べてある。

そのコーヒーからは湯気が立ちのぼっていて、どうやら淹れたてのようだ。

(みんな、どこ行ったんだろ? まだ起きてないのか?)

そう思いつつも、コーヒーを飲もうとカップを持ち、口に含む。

〝ブホッ〟――めんつゆだった。

(なんでこんなところにめんつゆが……)

そう思ったところに、台所の奥の倉庫からリノが顔を出した。

「クロさん、おはようございます。今、朝食のそうめんを作っているのでお待ちくださいね」

(朝食にそうめん?)

そう思ったが、カップに入っためんつゆを指差して言った。

「リノ……、これ……」

「あっ、飲んじゃったんですか? すいません、めんつゆを手作りして、冷ましている間に食器を探してたのです。」

「そっか、それは仕方ない……か……」

「そういや、めんつゆってどうやって作るの? いつも買ってたからさ」

「じゃあ、作るところをお見せします。間もなく麺も茹であがりそうですし」

そう言って、クロウは台所に行き、リノの説明を受けた。

「こうして、醤油とみりんを同量で混ぜ合わせて、水で適度に薄めます。それに鰹節を入れて煮立てて、アルコールを飛ばすんです。できたものを冷やして完成です。簡単ですよ」

「なるほど、俺でも作れそうだ」

鍋にかけていたそうめんがぐつぐつと煮立ち、リノは火を止めた。その時、

〝ブホッ〟「めんつゆじゃん、これ~」

とエリーの声が聞こえてきた。

笑い出す二人。

「そこにいたのか、酷いよ、教えてくれないのは」

「あぁ、ごめんごめん。リノにめんつゆの作り方を教えてもらってて、食堂に誰かいるのに気づかなかった。」

「勘弁してくれよ~」

エリーがぼやいた。

台所からリノが出てくる。

「フェイさんはまだでしょうか?」

「まだっぽいね」

「そうめんが伸びてしまうので、起こしに行ってきますね。」

「あ、リノ、フェイの部屋は開けない方がいいよ」

リノが振り向き、何かあったのかとエリーの顔を見る。

「寝起きのすっぴんのフェイはさ、洋ゲーのエルフそっくりだからね……。魂飛び出るかもよ?」

それを聞いたリノは、目を丸くして硬直してしまった。

(女の化粧はもはや魔法だな……)

クロウはそう思った。

そうしていると、フェイがよろよろと階段を降りてきた。

「おはよ~」

フェイの髪は前の方に垂れ下がり、顔が全く見えない程であった。

「準備してくるから時間くだちぃ」

そう言って、フェイは再び自室に戻った。

(貞子……?)

と思ったが、彼女のすっぴんを想像してしまい、見なかったことにした。

その後三人はそうめんをおいしく食べると、フェイを連れ冒険者ギルドへ向かった。


 エリーが冒険者ギルドから出てきて、皆の所へ駆け寄る。

どうやらクエストを受注してきたようだ。

「次のクエは、Cランクの『ホブゴブリンに襲われている村を救え!』です。まず、『バウス村』へ行きましょう」

「ホブゴブリンを倒すのか? 洞窟にでもいるとか?」

「なんか拠点防衛のクエみたいだよ」

「村を守るクエみたいだわね」

「行ってみないと詳しく分かりませんね」

「そういうこと。じゃ、行ってみようか」

こうして四人は、次のクエストの目的地、『バウス村』へと歩いて行った。



 ――『バウス村』

 この村は板塀と柵で囲われていて、出入口は一つしかない。

村の中へ入り、辺りを見廻すと、板塀の中は所々高い足場になっていた。

その足場は大きな石弓がつけてあり、侵入者をそれで撃退するのだろうか。

 一行はこの村の村長と話し、クエストの内容を確認した。

「村にホブゴブリンを進入させないようにするのか」

「そうだね、こっちは四人しかいないから、出入口を守ろうか」

「敵は塀を乗り越えて来ないのでしょうか?」

「ん~、このクエストをやってみないと分からないね」

「じゃあさ、俺とフェイで出入口守って、エリーとリノは足場から石弓を撃つのはどうだろう?」

「それでもいいけど、危なくなったら呼んでよ?」

「ウチに任せなさい!」

「召喚! ミニゴーレム・チョースケ!」

唇の厚いミニゴーレムが現れた。〝オイッス〟

「召喚! ミニゴーレム・コージ!」

黒縁メガネの体操選手のミニゴーレムが現れた。

「召喚! ミニゴーレム・ブー!」

太ったカミナリ様のミニゴーレムが眠っている。

「召喚! ミニゴーレム・チャ!」

ハゲヅラ丸メガネのミニゴーレムがキャバ嬢を連れている。

「召喚! ミニゴーレム・ケン!」

チンパンジーがミニゴーレムを連れて立っている。

「フフフ、これでどうかしら?」

「余計に心配になってきた……」

エリーは手で額を押さえて、そう呟いた。


 そうして一行が戦いの準備をしていると、突然〝カンカンカン〟と警鐘が鳴った。

どうやら敵が攻め込んで来たらしい。

 森の中から屈強なホブゴブリンが現れると、その近くからゴブリン達が次々と現れた。そのゴブリン達に指示を出してるのがホブゴブリンのようだ。

ゴブリン達が村への侵入を試みようと走り迫って来た。

クロウ、フェイとミニゴーレム五匹は村の出入口へ向かい、迎撃を始めた。

「来たぞ!」

クロウががそう言いつつゴブリンと戦い始めると、エリーとリノが足場の上から矢を放ち、援護する。

出入口はクロウとミニゴーレム五匹が固めていたが、敵の数は多く、何匹倒しても終わりは見えなかった。

「敵の数多すぎるわ! バーゲンでもやってんの!?」

「知るかよ! 物買うってレベルじゃねーぞ!」

「まだ奥からぞろぞろ来てるよ!」

「こっちもです!」

「何かいい方法は……」

「そうだわ、後ろで偉そうにしてるホブゴブリンを狙ってみて!」

「こっちから届くかな?」

「やってみます!」

エリーの石弓はホブゴブリンまで届かなかったが、リノの石弓はホブゴブリンに届くようだ、リノは狙いを定めて矢を放つと、ホブゴブリンを一匹倒した。

だが、今度はホブゴブリン達が何匹も森の中から出てくるのであった。


 村の出入口にはゴブリンに加えてホブゴブリンも迫ってきて、押され始めてきた。

クロウとミニゴーレムが戦っていたものの、敵の数は減らないのだ。

そのような中、足場の石弓の矢が切れたようだ。

エリーとリノも出入口に降りてきて戦いに加わった。

その隙に一匹のホブゴブリンが、クロウとエリーの脇を通り過ぎた。

二人の間を抜け、村の中に侵入しようとリノに襲いかかる。

その瞬間、そのホブゴブリンを遮ろうとする人影が、リノの後ろから突如現れた。

彼はホブゴブリンの顔を引っ掻き、その足を止めさせた。

その隙をエリーは見逃さず、ホブゴブリンを背後から刺して倒した。

――助けに現れたのはミニゴーレム・ケンを連れてきたチンパンジーだった。

しかし残念な事に、彼は飼育員に捕まると、動物園に引き取られて行ったのだ……。


 村の出入口にホブゴブリンが集まって来て、そこを守るのが厳しくなってきた頃、フェイが新魔法を放った。

氷結吹雪フリージングブリザード!」

彼女の魔法で、村の出入口付近に吹雪が吹き荒れだした。

クロウ達は入り口から少し下がると、ホブゴブリンと小競り合いを繰り返しつつ、彼らを吹雪の中に押し戻した。

「なんでもっと早く使わないのよ?」

エリーがフェイに文句を言った。

「この魔法、範囲は広いんだけど、敵に逃げられやすいのよ。だから敵が密集してくれないと効果が薄いの」

「へぇ~、今まで忘れてたんじゃないの?」

「そ、そんなことないわ……」

フェイの魔法の吹雪が止む頃には、その場所に魔物の雪像が十数匹分立っていた。

ついに村の出入口には、まだ動いている敵は見えなくなった。

「終わったか……?」

「そうかも?」

「吹雪の魔法、強いですね」

「フフフ、切り札は最後まで取っておくものよ」

「……まあいいけどさ、まだクエ終わってないよ?」

「あれっ? まだどこかにいるのか?」

クロウ達は村の出入口から森の方を見た。

するとそこには、服装の違う偉そうなホブゴブリンが座っていたのだ。

 だが、彼の隣には誰かいるようだ……。

彼の隣にいたのは、ミニゴーレム・チャが連れてきたキャバ嬢である。

彼女は偉そうなホブゴブリンしきりにお酒を勧めていたのだ。

「何してんだ、あれ?」

「キャバ嬢のお仕事、かな……」

「あれが敵のボスなのでしょうか……?」

「かなり出来上がってるわね……」

四人が呆れていると、その偉そうなホブゴブリンは立ち上がり、大斧を持って千鳥足でこちらに襲いかかって来た。

「うわっ! 酒くさっ」

「どんだけ飲んだのよ!?」

そのホブゴブリンは酒臭い息を吐きながら、大斧を振り回していた。

「こいつ、動きが読めねぇ!」

「それよりも酒臭くて近づきたくないって!」

クロウとエリーが苦戦しているのを見ると、フェイはミニゴーレムに指示を出した。

フェイの合図で、一斉に五匹のミニゴーレム達がホブゴブリンに掴みかかると、

「みんな、下がって!」

と、フェイが叫んだ。

クロウとエリーが彼から離れるとフェイは合図を出す。

そしてミニゴーレム・チョースケが〝ダメダゴリャ〟と呟くと、五匹のミニゴーレムが一斉に爆発した。

 黒焦げになって頭はアフロになり、その場に倒れこむホブゴブリン。

こうして彼らは、ホブゴブリンに襲われている村を救ったのだ。


「何とか勝ったな……」

「うん、これでいいのか分からないけどね……」

「クエストは達成してましたよ」

「終わりが良ければ全ていいのよ」

「そういう事にしておこうか……」

「なんか落としたよ」

エリーは何か落ちているのを見つけ、それを手に取った。

「これ『力の小手』だって、クロ、いる?」

「ああ、貰っておくよ」

「力上がった?」

「どうだろ? よく分からないな」

そう話していると、先程のキャバ嬢が現れ、葡萄酒が入ったコップにを全員に配り、去って行った。

「気が利くね、あの人」

「勝利の美酒だわ」

「まあいいか、飲もう」

「そうですね」

「じゃあ、カンパーイ!」

エリーがそう言って全員でコップを合わせると、クロウのコップだけが割れた。

「あっ!」

「力の小手のせいじゃないの?」

「くっ……、そうか……」

結局クロウは勝利の美酒を味わえなかったが、クエストを達成したので、四人は街へ戻った。



 そしていつものようにクエストを報告して報酬を受け取ると、次の冒険の準備をしてから、ギルド拠点で眠りについたのであった。

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