第5話 恐怖、雨の降る週末
――翌日。
クロウは自室で身支度を整え、一階の食堂へ降りていった。
食堂にはエリーとフェイが座っていて、何か話している。
「おはよう」「「おはよ~」」
「ん? リノはまだ?」
「あ、クロさん、おはようございます。今パンを焼いているのでちょっと待ってて下さいね」
と台所の中からリノが答えた。
「リノがね~、今ミニクロワッサン焼いてるみたいだよ」
「へぇ~、さすがメイドさん」
「だんだんおいしそうな香りがしてきたよね」
そうして待つこと数分、パンが焼きあがったようだ。
リノは大皿にミニクロワッサンを並べて、食堂のテーブルへ持ってきた。
「できましたよ。熱いので気をつけてくださいね。それとすぐ紅茶をいれてきます」
そう言ってリノは、次の作業を始めた。
「おいしそう」
「いい香り~」
「焼きたてのパンの香りって、『幸せ』を体現してるよね」
「「「いただきます」」」
と三人はミニクロワッサンを食べ始めた。
〝ボリッボリッ……〟
〝ボリッボリッ……〟
〝ボリッボリッ……〟
「「「…………」」」
三人は沈黙してしまう。
「見た目は……、クロワッサンだよね?」
「……味もおいしいよ?」
「……でもなんだろう? この食感……」
三人は再びパンを食べ始める。
〝ボリッボリッ……〟
〝ボリッボリッ……〟
〝ボリッボリッ……〟
「「「…………」」」
再び三人は沈黙して考え込んでしまう。
そこへリノが紅茶を持ってきて、席に着いた。
「皆さん、どうかなさいましたか? 真剣な顔で黙っていますが」
「……うん、おいしいよ。おいしいんだけどさ。あ、二個目いただきます」
「ウチも二個目いただきます」
「……この食感……。あ、俺ももう一個いただきます」
「え? なにかまずかったのでしょうか?」
「リノっちも食べなよ」
「あ、はい、じゃあ私もいただきます」
〝ボリッボリッ……〟
「……この固さは一体……」
〝ボリッボリッ……〟
〝ボリッボリッ……〟
〝ボリッボリッ……〟
「……この食感……、クッキー?」
「……ビスケットかな?」
「……せんべいほど固くないよね?」
「……もしかして、バター入りのパイ生地に加えて、パン粉が無かったので代わりに薄力粉を使ったのがいけなかったのでしょうか……?」
「それかもしれない……」
「……でもおいしいんだよね」
「……見た目と食感のギャップ、かな……?」
こうして四人はミニクロワッサンをおいしく噛み砕き、次のクエストへと出かけた。
今日もエリーが冒険者ギルドでクエストを受けてきた。
「今日はDランクのクエ、『廃教会に巣食うゾンビ達を倒せ!』です」
「ゾンビを全滅するやつ?」
「そうみたいね」
「ゾンビだけなら強くないわよね」
「でもここにもボスがいるかもしれませんよ?」
「とにかく、その場所に行ってみるか」
彼らはそう話して、その廃教会の場所へ向かった。
それからしばらく後、一行は雨の中、森を歩いていた。
目的地の廃教会はこの森の奥にあるらしい。
彼らは時々空を見上げ、いつかは雨が止むことを期待してみる。
だが、一向に雨は止まず、ついに目的地に到着してしまった。
その廃教会は墓地に隣接しており、今にも墓の下からゾンビが出てきそうだった。
一行は雨の中で立ち続ける訳にもいかず、とりあえず廃教会の中へと入って行く。
その中は礼拝所になっていて、その奥には左右に扉が見えた。
「かなり濡れちゃったね」
「こういう所まで作りこまなくてもいいのにね」
「服を乾かしたいのですが、たき火でも欲しいですね」
「何か燃やせるものでもないかな? ちょっと教会の中探してみようか」
四人は教会の中を探し始めた。
教会の左の扉の先の廊下に隣接している小部屋は、修道士達の部屋らしい。
右の廊下の先には、書庫のような部屋があり、多数の本が置いてあった。
他には、生活に必要な設備や倉庫などがあり、それぞれ見つけた物を持ってきた。
「地下に降りる階段があったぞ」
「壊れた木の椅子があったよ」
「ぼろぼろのシーツを持ってきたわ」
「台所から油を持ってきました。台所の暖炉も使えそうです」
「階段は後にして、まずは服を乾かそうか」
そうして一行は、台所の暖炉に火をつけて、暖を取った。
「敵、出てこないな……」
「そうですね、お墓から何か出てくるかと思ったのですが、静かですね」
四人が服を乾かしながらぼんやりしていると、突然〝ガタッ〟と物音がした。
少し驚いて台所の入り口を見る一同。どうやら部屋の外からの音らしい。
再び〝ガタガタッ〟と物音がどこからか聞こえてくる。
エリーはクロウに言った。
「クロ、様子見てきて」
「えっ? ちょっと怖いんだけど」
「男の子でしょ、ゴー」
そう言われてクロウは渋々台所から出て、教会内を調べに行った。
だがクロウは、五分十分過ぎても帰ってこない……。
どこからか発生している物音が、時々台所に聞こえてくる。
三人は徐々に不安になってきた。
「遅いね……何やってるんだろ?」
「ゾンビに食べられたとか……」
「お腹壊しそうですよね……」
「ジャンケンで誰かが次に探しに行くことにしよっか」
三人はうなずいて、ジャンケンを始めた。……負けたのはリノだった。
「……行ってきます……」
リノは沈んだ顔で台所から出て、調べにいった。
クロウとリノが謎の音を調べに出てからどれくらい経ったのだろうか。
謎の物音は鳴りやまないどころか、その音が徐々に大きく、間隔も狭くなってきた。
さらに不安に駆られるエリーとフェイ。
「二人で探しに行こっか」
「うん」
そう言って二人は怯えつつ台所から出た。
二人は廊下を歩き、最初に教会に入って来た時にあった礼拝所へ向かった。
突然背後から〝ガタガタッ〟と大きな音が聞こえ、二人は驚いて振り向く。
そこには、鎧を着た男性のゾンビが立っていた。
そしてその顔は、心なしかクロウに似ているようである。
「ぎゃぁぁぁ!」
「ひぃぃぃぃ!」
「クロがゾンビにぃぃぃ!」
二人は恐怖に怯えて走り出す。
礼拝所に入ると、そこにいたのはメイド服を着た少女のゾンビだった。
「ひぃぃぃぃ!」
「ぎゃぁぁぁ!」
「リノっちもゾンビにぃぃぃ!」
二人はさらに礼拝所を抜けて奥の扉を開け、廊下を走る。
その廊下の先の方は右に折れていて、そこから下り階段になっているようだ。
廊下を走り階段を手前で立ち止まり、後ろを振り向く二人。
だがそこには、誰もいない廊下が続いているだけだった。
「追いかけて来てない?」
「みたい……」
……不意にエリーは肩に手を置かれているのを感じ、振り向いて叫んでしまった。
「ぎゃぁぁぁ!」
「ひぃっ!」
そして気絶してしまうフェイ。
だがそこにいたのは、階段を登ってきたクロウとリノだった。
「うるさいなぁ」
「ひいっ、クロ? とリノ?」
エリーは二人を見つめる。
「はい」
「地下に行ったらゾンビに襲われてね、一体ずつ倒してたら、上から悲鳴が聞こえてきて、そこに二人がいたと思ったらコレだよ」
「怖かった~、二人ともゾンビになったのかと思った」
「大丈夫でしたよ、あ、フェイさんを起こしますね」
四人はやっとのことで合流した。
そして一行は再び、教会の中を探し始めた。
再び礼拝所に行くと、先程までいたメイド服の少女のゾンビはいなくなっていた。
「あれ? メイドのゾンビはどこ行ったの?」
「さっきまでいたのにね」
「何か聞こえませんか?」
リノにそう言われて耳をすますと、どこからか声が聞こえてくる。
〝一枚……、二枚……〟
「なんだこの声……?」
四人が声のする方を見ると、そこにはアイドルの衣装を着た女が何か数えていた。
〝三枚……、四枚……〟
「何を数えているの……」
「あれは……、捨てられたアイドルのCDだ……」
「アイドルのCDなんて、握手券か投票券の価値しかないからね……」
〝五枚……、六枚……〟
「これ何枚まで数えるのかしら? 万単位じゃない?」
「何万枚売れても、
「あたしらがとやかく言う事じゃないけどね」
「どうしましょう? 倒しますか?」
「そうね……、
「あ~はいはい、とっととやっちゃおう」
こうして彼らはバンシー娘と戦うことにした。
だが彼女は、一人では何の価値も無いようで、一振りでクロウに斬られてしまった。
〝ブ……ブログの更新が……〟
バンシー娘48の元メンバーは、そう言いながら消えて行った。
「誰も読んでないだろ……」
クロウはそう呟いて、剣を鞘に収めた。
「そういや、他にゾンビいないの? クエの目的がまだ達成されてないんだけど」
「地下は全部倒したよ」
「この教会の中にまだいるのかしら?」
「どうでしょうね、お墓の下とか?」
四人がこう話していると、突然、背後の扉が開いた。
そこに立っていたのは、頭に帽子を被り、顔に火傷の跡があり、縞々のシャツを着て、指の一本一本に刃物を仕込んだ、どこかで見た事のある者だった。
「うわっ!」
「きゃぁっ!」
「ひいっ!」
「フ〇ディでしょうか?」
突然、ホラー映画で有名な彼が現れ、リノを除く三人は驚いた。
次に、もう一つの扉も突然開き、そこにはホッケーマスクを被り、手にナタを持った大男が立っていたのだ。
「今度はジェイ〇ンかよ!」
「いやっ!」
「ひいいっ!」
「似てますね」
エリーとフェイは悲鳴を上げながら先を争って、教会の外へ走って逃げて行った。
クロウとリノもホラー映画で有名な二人に追いかけられて、教会の外へ出てしまう。
「実際見ると結構怖いな……」
「映画より怖いって!」
「もうダメ!」
「そうでもないですよ?」
四人それぞれ異なった反応を見せたが、背後で何かがぶつかる音がして、振り返って後ろを見た。
するとそこには、ホラー映画で有名な例の二人、しかも縦に割って二つくっつけたような姿をしている者が立っていたのだ。
「あれ? ぶつかった拍子に合体しちゃったのかしら?」
「なんで縦に半分に割れて合体してんのよ……?」
その彼の姿は、すでに恐怖から逸脱した珍妙な生き物になっていた。
「どうしてアシュラ男爵みたいに半々にくっつくかな~? 怖さも半分だって」
「右半分はジェイ〇ン? 左半分はフ〇ディかな?」
「残念な見た目ですが、それでも敵ですので、倒さなければいけませんね」
「とにかく調べてみるわ。
「……とりあえず、もう怖くもないし倒しちゃおっか」
そして彼らはフレソンと戦い始めた。
顔も体も変、というかその珍妙な姿のせいで、フレソンの動きはぎこちなかった。
クロウはフレソンの前に立ちはだかり、彼と何合も打ち合った。
さらにフェイの魔法、エリーの奇襲、リノの回復魔法を駆使する。
そうした戦いの末、クロウがフレソンの隙を突き、頭のマスクを割った。
そこへエリーの短剣が、彼の首に食い込み、致命傷を与える。
……ついに礼拝所の床に倒れ、動かなくなるフレソン。
怖いものに怖いものを足しても、二倍怖くなるわけではないという事を、四人は痛切に思い知ったのであった。
一行はフレソンが落としたアイテムを拾い上げ、調べてみた。
彼が落とした物は、『さびついたナタ』だった。
その武器は呪われているらしいので、街へ戻ったら店に売って皆で分ける事にした。
その後、彼らは残ったゾンビを倒して、クエストを達成させた。
その頃にはここで降っていた雨も上がり、空に晴れ間が見えてくる。
四人は明るくなった空に目を細めつつ、街へと戻った。
街へ戻り、クエストを報告して報酬を受け取る。
その後、一行はギルドの拠点へ戻り、果実ジュースを飲みながら喋っていた。
「今回の敵は弱かったね、少し怖かったけど」
「ウチは肩に手を置かれた時、口から心臓が飛び出すかと思ったよ」
「そりゃ~、クロが突然あたしの肩に手を置くんだもん、びっくりするよ」
「ん? 俺、一度も二人に触ってないけど?」
「私も触ってませんよ? 階段を登っていたら、突然エリーさんが絶叫して、フェイさんが倒れたのです」
「えっ……? 二人じゃないの? じゃあ、あたしらの肩を触ったのは……?」
エリーとフェイは顔を見合わせ、少しの沈黙の後、同時に倒れた。
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