異世界転生支援センター
「ご予約の田中様ですね。こちらへどうぞ」
スーツ姿の男に案内されたそこは清潔な商談室といった雰囲気の狭い個室だった。
〈本当にその現世で、スタッフロールを迎えるのですか?
あなたの転生、全力で支援します。〉
あの日、満員電車に押し込まれてスマホを取り出すことすら叶わずにどんよりと濁った目で見詰めた車内広告にはこんな口上が踊っていたのである――。
「担当の鬼塚と申します」
テーブルの向こうから差し出された名刺もいたってシンプルな物だった。男の名前の上には〈転生コンシェルジュ〉との肩書きが控えめに記されていた。肉付きが良いけれども自分より少しだけ若いか、と見える男の笑顔もいたって自然なものだった。
「田中様は転生は今回が初めてで?」
「はい。まだぜんぜん勝手が分からないのですが……」
「ご安心ください。私どもは異世界転生に関してましては業界の草分け的存在として確かな実績を誇っております。ゆえに他世界線様からの厚い信頼も得ておりますので多様なご要望にも添える準備が出来ています。お客様のサポート体制にも絶対の自信を持っておりますので、どんな些細なことでもどうぞ安心してお気軽にご相談ください」
男は冷たい麦茶の入ったグラスを俺の前に置いた。
「まず始めに田中様、お願いしていました履歴書を拝見してよろしいでしょうか?」
「あ、はい」
俺はバッグからクリアファイルを取り出すと挟んでおいた履歴書を男に手渡した。
鬼塚と名乗る男はその履歴書に目を落とすやフムフムと何度か頷き、やがて真顔になり、しだいに眉間に皺を寄せ始めた。
「あの……、何か不都合などありましたでしょうか?」
「いえ。ええと、そうですね……。田中様、何か特殊なスキルなどはお持ちではなかったでしょうか?」
「スキル……、と言いますと?」
「まあ資格のようなものです。単に趣味や得意なことでも構いません」
まともな資格と言えば中三の時に取った英検三級くらいなもので普通自動車免許すら俺は持っていない。趣味と言ってもゲームと読書くらい。別に他人と比べて得意というわけではない。
「資格……、そうですね、特に……」
「現在は企業でSEをやられていると?」
「あ、そうです。あれですかね、何か軍の司令部とかそういう方面には……」
「ああー……、中にはそういう方もいらっしゃるみたいですが、それはあくまでも例外ですのであまり現実的にはオススメ出来ないかと」
「そうですか……」
俺は麦茶を啜った。
「ちなみになんですが田中様、転生後のレベルはどの辺りを想定してらっしゃいますでしょうか?」
レベル? なるほど、異世界だからそうなるのか。
まあいきなりカンストというのも都合が良すぎるだろう。物語をサクサク進められる強さを持った上である程度の遊びを残しておいた方が冒険のしがいがあるというものだ。
「出来れば……、レベル30くらいが……」
そう言った途端に鬼塚の表情が険しくなった。
「そうですねえ……。率直に申し上げますと現在の田中様の現状ですと転生後のレベルは2、良くて3といったところでしょうか」
「えっ、そんなもんなんですか?」
「なにも田中様の転生価値がそうだというわけではございません。そこから徐々にキャリアをスタートさせた方が将来的に理想の姿に近づけるかと、そういうご提案なわけです」
「はあ」
「とりあえず幾つか候補をお持ち致しますのでアンケートに答えて少々お待ちいただけますか」
鬼塚は部屋を出て行った。
手元のアンケートは、このセンターを何で知りましたか? とか、今回が何度目の転生になりますか? といった別にあらためて答えるほどもないような質問ばかりだった。
アンケートを書き終えて時間を持て余していると鬼塚が現れた。
「すみません、お待たせしました」
手にはファイルが何冊か抱えられている。
「えーとまずはこちらの転生なんですけれど」
「地底在住、労働特化型……。あの、これっていわゆるドワーフですか?」
「よくご存知で。こちらはどの世界線でもたいてい存在しています汎用に長けた職種でございます。こういった土木関係は生活も安定しており、近年また希望者が増えている人気の転生先となっておりまして……」
「ええっと、ドワーフはちょっと……」
「土木関係はご興味がおありでない?」
「はい」
「そうしましたら……。田中様、接客の経験はおありで?」
「あ、はい。学生時代に飲食店でアルバイトを」
「それでは、こちらなどどうでしょう?」
「道具屋の番頭見習い……」
「はい。勇者が二番目に訪れる道具屋ですので扱う商品はシンプル。早めのマスターが見込まれます。ここから初めて将来的には城下町で酒場を開店するというキャリアも夢ではありません」
脱サラで居酒屋開業。申し訳ないが個人的には夢を感じることが出来ない。
「これもちょっと……」
そうですか、と鬼塚は失望した様子でファイルを引き下げた。
「ではノンキャリアから始められるこういったものもあるのですが。村の入り口で村の名前を訪れた勇者に告げるという簡単なお仕事です。契約なのですが」
「いや、契約社員は……」
次々に提案されるどの転生もピンと来ず、次第に意欲を減退させる俺の様子を見て鬼塚は、ちなみになんですが、と話の矛先を変えた。
「田中様、転生はいつ頃を予定してらっしゃいますでしょうか?」
「予定ですか? まあ、早ければ早いほどって感じなんですが」
「もし転生先が決まった場合、それはあちらの世界線様との信頼関係もございまして。つまり、なるべく早急に現在の人生を終わらせていただくことになります」
「人生を終わらせる?」
「はい。でなければ転生は出来ませんから」
「まあ、そうですよね……」
「当センターでは現世の終わらせ方に関しましても様々なサービスをご提案させていただいております。まずそちらからご覧頂くというのも具体的な方向性が見えてくるかもしれません。ではそうしましょう。いま資料をお持ちしますので」
「はあ」
「当センターでは最後まで責任を持って田中様の転生を全力でサポートさせていただきます!」
鬼塚の出ていった清潔な個室で俺は空になったグラスをどんよりとした目で見詰めていた。
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