青空に継がれる営み
壮大な羽音を立てて飛んできた群れが青空に大きな弧を描いた。
「いやあ、これはすごい」
「はい。なかなか見事なものでしょう」
「あれで40……、いや50はいますか?」
その一群は空を一周するとほど近い巨木の葉陰に次々と降り立った。
あるものは群れを離れて更に高い鉄塔の方向へ飛び去り、またあるものは滑空してきてこの区域を示す看板の上に羽根を休めた。
〈野生ドローンMFP-001特別保護区〉
「まさかこれほどのドローンがいまだ稼働しているとは……」
「驚くのも無理はありません。野生ドローンの全機駆逐完了が宣言されたのがはや30年前。既に過去の遺物と思われていた彼らがこうして生き延びているのは奇跡に近いですからね」
「どういうわけか駆逐を免れたというわけですね」
「はい。それから20余年、私たちが発見する三年前まで彼らはじっとこの森の中に身を潜めていたのですよ。電力を食い荒らす害機として殲滅が望まれたことも今思えば本当に災難でした」
「なるほど。それでどの程度分かったのですか、彼らが野生化したエラーコードは?」
「まだほとんど判明していないというのが現状です。おそらく天文学的な偶然が重なっているのでしょう。もはや神の仕業ですね」
「ふうむ」
枝を離れた数機のドローンたちが木の周囲をゆっくりとホバリングしている。
周囲に目を巡らすと高くそびえる鉄塔から区域のあちこちに点在する電柱へと電線が伸びている。その上に止まるドローンの姿も見える。
「あれはいわば食事中のドローンですか?」
「ご名答。ああして電線にクチバシを突き刺して直接電線に触れることで電力を需要しているのです」
「ほお、クチバシを」
「針のような極めて細いものが底面に付いています。いっけん原始的に見えて実に合理的。目覚ましい進化モデルチェンジです」
「私はまたあのコンセントのような二つの穴を使うのかと」
「ああ、あれはそうではないんですよ」
男は、はは、と乾いた笑い声をあげた。
「もう少し近づいて観察してみてもいいでしょうか」
「どうぞ。ただし一つだけ注意点があります。あの木の下にはどうか近づかないように」
「あの大きな木ですか? どうしてまた?」
「先日子どもが産まれたんですよ」
男はどこか誇らしげに言った。
「ほお……」
もう一方の男は思わず目を見開いた。
「子どもが小さいうちは母ドローンの気が立っていますからね。うっかり近づくと頭上から襲いかかってきます。私も何度かやられました」
「それはそれは」
「彼らに悪気は無いのです。母が子を思う気持ちは人もドローンも変わりありませんから」
そう言った男は目を細めた。
二人はしばらくのあいだ沈黙してドローンたちを見詰めていた。
「それにしてもあれですね」
一方の男が言いにくそうに口を開いた。
「なんです?」
「子どもが生まれたとなると、やっぱりその、交接が必要になったりするのでしょうか?」
「ええもちろん。我々と同じです」
問われた男は事も無げに答えた。
「想像するとなんだか可笑しいですね。あのドローンが二機で折り重なっているというのは」
「あ、いえ。違うのですよ」
男は顔の前で手を振った。
「違う、というと?」
「いま私たちが目にしている彼ら。彼らはみな正確には彼女らなんです」
「つまり?」
「あれらドローンはすべてメスの機体なんですよ」
言われた男は再び目を大きく開いた。
「すべてがメス……。でも繁殖にはオスとメスの交接が必要なんですよね?」
「その通り」
「ではオスの機体はいったいどこにいるのでしょうか?」
「オスでしたらさっきからずっと見えていますよ」
男は遠くを指さした。その先には高い鉄塔があった。
「オス? あの鉄塔が?」
「はい」
「ということは……」
「この区域にオスはたった一機しか存在しておりません。一棟と言った方が適切でしょうか」
「しかし、あんな巨大な物とどうやって……」
「どうぞこれでご覧ください」
困惑する男に双眼鏡が手渡された。男はそれを目に当てた。
「どうです? 見えますか?」
「はい」
「それでは彼の表面をようく観察してみてください」
「はい……。ええと、なにやら紐みたいな物がたくさん付いています」
「倍率を上げてその先を」
「はい。ええと、あれは……」
男は息を飲んだ。
それはプラグだった。
巨大な鉄塔の表面にはおびただしい数の差込プラグが体毛のようにびっしりと生えていた。
「おお、いまちょうど発情したメスが飛んでいきましたよ」
言われるがまま男は双眼鏡を向けた。
そこには二つの空洞から白い煙をくゆらせながら羽音も高らかに巨大な鉄塔へと一直線に飛んでいく一機のドローンの姿が映っていた。
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