勇者一行は眠れない
とある一日。とある宿屋での光景である。
「眠れませんか?」
カーテンを閉め切った一室で勇者がぼそっと呟いた。
「さっぱりです。勇者さんは?」
「同じく。目が冴えてしょうがないですよ。そんなにエンカウント率低いんですかね、睡魔ってのは」
「あいにく、私にも睡魔を司る力はありませんから」
黒魔術師が溜め息を漏らす。
「しっかし、いくらカーテン閉めてるったってこんな真っ昼間っから眠れるわけねえってもんさ」
武道家の声は寝室らしからぬ音量で響く。
「まあですよね」
「っていうかこの世界って昼夜の区別どうなってるわけ? 前に一度だけ夜のイベント発生したことがあったけどさ?」
「ああ、あの盗賊の村のことですか」
「主人公の勇ちゃん以外は全員寝てるって設定だから俺らは詳しく知らないんだけどね」
「あれは特殊イベントですから。基本的にこの世界は昼ですよ」
「大人の事情ってやつかい?」
「いいじゃないですか明るくて」
勇者と武道家の問答に黒魔術師は目を瞑ったまま口をはさんだ。
「だいたい今回は宿屋のスパンも短かったしなあ、誰かさんのせいで」
武道家は黒魔術師の方へ首を向けて笑った。
「しょうがないじゃないですか。村を出たら二歩目でパペットに遭遇したんですから。その時点で半分以上MP吸い取られたらいったん宿屋に戻って回復するのが賢明でしょう?」
「宿屋の主人も驚いたろうに。まさか出てったばかりの勇者たちが速攻で帰ってくるなんて。しかも見た目はピンピンしてるのに」
「私の精神はズタボロだったんです」
「まあまあ。今回は運が悪かったってことで」
勇者が身を起こして二人をたしなめた。
……。
「でもよく宿の部屋取れますよね、毎回毎回。わりとお客さん入ってることあるじゃないですか」
話題を変えたかったのか、黒魔術師が疑問を口にした。
「ああ、それはその……、そういう仕組みになってるんですよ、なんか」
勇者の口調はどこか歯切れが悪い。
「仕組み、というと?」
「そのう、僕の口からは言いにくいのですが、あるんですよ」
「なんだ気になるじゃねえか。教えてくれよ」
武道家が乗った。
「これオフレコなんですけど、勇者が入ってきたら宿屋は必ず部屋を提供しなければいけないっていう決まりがあるみたいなんです」
「本当ですかっ?」
「マジか」
勇者の衝撃の発言に残りの二人が思わず起き上がった。
「王様がおふれを出してるみたいで。要は世界を守るために戦ってる勇者だからっていう名目なんですけど、こちらとしては正直気が引ける部分がありますよね」
「もし部屋が空いてなかったらどうするのでしょうか?」
「勇者が寄りそうな村ではたいてい勇者用に部屋を空けとくらしいんですけど、たまたま客入りが込んで部屋を使ってしまっていた場合は……、空けるんだそうです」
「どうやって?」
「……どうにかして」
「うわー。やってること完全にモンスターじゃないですか」
「ほんとだぜ。善良な旅人になんて仕打ちしてくれてんだよ」
「いやいや、あなた方だって僕と一緒に旅をしている時点で同罪ですからね」
それでも武道家はケダモノを見るような目付きで勇者を見た。
「それにタダで泊めろと言ってるわけではありませんから」
勇者が言い逃れを重ねた。
「たしかに私たちはきちんと代金は支払ってますからね。ゴールドが足りなければ普通に泊めてもらえませんし」
「商売的には間違っちゃあいねえか。今回みたいに短時間に二度も泊まりに来ることだってあるわけだしな」
「その通りです。むしろ善行です」
黒魔術師は力強く言った。
「そもそも部屋が無いケースはまれですから。僕は一度も経験ありませんよ」
「勇者さんの言うとおり今日だって普通に部屋空いてましたよね。しかも二部屋」
武道家はうーんとうなった。
「それはそれでどうなんだい? 部屋数に関係なく宿泊料が同じってのは」
「パーティーに女性がいる場合はどうしてもね。もちろんその場合の部屋数に厳格な決まりはないはずです。その辺りは宿側のご厚意でしょう」
「ホスピタリティというものでしょうか」
「まあそういうことです」
「当の白魔術師のやつはどう思ってんだろうな?」
「めっちゃ喜んでました。逆に私たち男三人と同部屋のときの空気やばいですからね。速攻で寝ますから」
「ああ……」
勇者と武道家は同時に天井を見上げた。
勇者たちの宿泊はまだ始まったばかりだ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます