摘まれていたクエスト
ようやく目的の村に辿り着いた俺はそこに足を踏み入れるや驚愕した。
村の中にはモンスターがうじゃうじゃいるではないか……。
くっ。この村は既にモンスターに支配されてしまったというのか。
残り少ないHPを気にしながらブロンズソードを構えた俺に村人Aが歩み寄
ってきた。
「これはこれは勇者さま。長旅ご苦労さまです」
良かった。まだ村人が生存していた。
「ここは俺にまかせて、あなたも早く! モンスターが迫っています!」
「いえいえ違うんです。ああ、どうぞ武器をお収めくださいませ」
変だな? というのは村の中にいるモンスターから俺を襲ってくる気配がま
るで感じられないことで、よく見ればモンスターに混じってあちらこちらを村
人が歩き回っている。村人Aもモンスターがそばにいるというのに少しも恐れ
る様子が無いではないか。
半信半疑のまま俺は剣を下ろした。近くのオオガエルが一瞬こちらを見た
が、ペロリと舌なめずりするなり隣のウェアウルフと談笑しながら去っていっ
た。
「ようこそおいでくださいました。村長さまのお宅はあちらになります。あ、
それとも先におやすみなさいますか?」
村人Aは宿屋を指さしたがカウンターの中で一心不乱に右へ左へと歩いてい
るのがどう見てもリビングデッドなのを確認して俺は村長宅への案内を請う
た。
「ご覧の通り、この町はモンスターと共に発展してまいりました」
瀟洒なドレスを着たメイドが俺の前にソーサーとカップを置いた。信じられ
ないほど芳醇な香りが鼻をついた。
「それもこれも北の山に生息する竜涎草のおかげです」
「はあ。その竜涎草を取りに行くのが俺……、あ、いえ、私の次のクエストだ
ったはずですが?」
「聞いております。それがですね、北の山の頂上で竜涎香を守っている中ボス
がおりますでしょ」
「凍てつく吐息のホワイトドラゴンですね」
いかにも、とあたかも玉座のようなリビングチェアーに体を沈ませた村長が
うなずいた。
「かれこれ八年前の夏でしたか、そのドラゴンがどうやら夏バテしたようでし
てねえ」
「はあ。近年たしかに夏の気温が上昇しておりますが」
「だもんで奴が寝込んでいる隙にですね、取っちゃったんですよ、竜涎草」
「ええっ……」
「はい。取れちゃったんです。そうしまして、これはもう千載一遇のチャンス
だってことで村中の知識を結集しましてね、ついにわたくしどもは竜涎草の累
代繁殖に成功したのです」
「えっと……」
「つまり継続的な人工栽培というようなことですな。北の山の環境を再現する
ために地下に巨大な栽培プラントまで建設しましてね。今じゃあこの村の血脈
とも言える重要な施設です」
そういえばこの村には所々に地表から伸びる煙突があるなと思っていたが。
というか、村に入った直後からおかしいとは思っていたのだ。
それはモンスターばかりではない。フィールドでは山の麓にぽつんと存在す
るごく普通の村のはずが、足を踏み入れた瞬間、俺は王の暮らす城下町に入り
込んでしまったと錯覚したほどなのだ。それほどにこの村の家々、ことに村長
の住まいは巨大かつ豪華絢爛であった。
「竜涎草は人間にとっては気付け薬として知られていますが、実は微量の毒素
が含まれております。私どもはその毒素にこそ開発の匂いを嗅ぎ取りました。
竜涎草でしか治せない病の発症は極めて稀です。一方で、この毒素は非常に大
きなマーケットを秘めていたのです」
「はあ」
「我々が目を付けたブルーオーシャン。それがモンスターですよ。モンスター
にとって竜涎草から精製される毒素はたいへん貴重で、それゆえに高額での販
売が見込まれる物質だったのです」
「モンスターに、売るんですか?」
「はい」
「えっと、そもそもモンスター相手に商売が出来るのですか?」
「ええ。だって不思議にお思いになりませんか? なぜフィールドに生息する
モンスターが誰も彼もみなゴールドを所持しているのか」
言われてみれば。
「いっやー、とはいえ簡単ではありませんでしたよ。なにしろ前例がほとんど
ありませんでしたからね。まず竜涎草を採取した近辺の植生を調べるところか
ら……」
村長による竜涎草の育成から大規模な栽培、製品開発と市場開拓、そしてモ
ンスターとの不戦協定を結んでからのこの村の発展に至る苦労話はゆうに一時
間を越えた。
「というわけです」
「な、なるほど……。それでこちらのご邸宅もまるでお城のように立派に…
…」
「ハッハッハッ。人は竜涎御殿だなんて言いますがね」
村長は恰幅の良い体を揺さぶって笑った。
「あの……、それで私のクエストなんですが……」
「は? クエスト?」
「はい。この村の村長さんの娘さんが珍しい眠り病に罹ってしまい、それを治
すのは北の山の竜涎草を取ってくるしかない。もしそれが出来たら水門のカギ
をくれてやるっていう……」
「ああー、はいはい。ありましたねそんなの。ま、娘ならとっくに起きてます
がね」
「まあそうでしょうね」
「良いでしょう。カギなら差し上げますよ」
「えっ、良いんですか?」
「どうぞどうぞ。別にいまさら大事なものでもありませんから」
「いやあなんか得しちゃったなあ」
「ちょっと待ってくださいね。ええとカギカギ……。あれえ? どこ仕舞った
っけかな。これだけ広いと何がどこにあるやら」
「ですよね、これだけ大きなお宅となると……」
「あら? ありませんなあ。おおい! アリス! アリスや!」
「なによお! こっちだっていま手え離せないから!」
村長が娘の名を呼ぶと奥から大声で返事が返ってきた。
「しょうがないねえ。もう少々お待ちを。ええと……」
村長はずらりと並んだ宝箱のひとつに頭を突っ込んだ。
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