時そば
大弥次郎
全1話
えー、「時そば」という落語がございまして、ま、知らない方はまずいらっしゃらないと思いますが、この話のキモは、江戸時代の時制にあります。時間の数え方が今と違っておりまして、真夜中が九つ、おおむね2時間ごとに一つずつ減っていきまして八つ、七つ・・・・四つまでくるとまた九つに戻る。これを昼と夜それぞれ1回で24時間。しかも、季節ごとにおおむね2時間(一刻)の長さが変わるという大変複雑な仕組みになっておりました。江戸末期にこれを機械式時計にした人が「からくり儀衛門」という人で、のちに「東芝」になる会社を創業した人です。本物は東京の国立科学博物館にあります。機械だけでなく、彫金やら蒔絵など、大変素晴らしいものです。
明け六つ暮れ六つがそれぞれ日の出、日の入りに対応しています。夏と冬では昼と夜の時間がちがったんです。ですから「秋の夜長」などといいますが、実際長かったんですな。え?冬はもっと長いだろうって?いや、照明と暖房代がかさむんで酒でも飲んでさっさと寝ちまう。たぶんそうなんだろうと思いますが、こんなこたぁ歴史の本に書いてない。ですから、「時そば」という落語も、九つ(午前0時)の前が四つ(午後10時)だと分かっているのと分かっていないんでは味わいがちょっと違います。
二八蕎麦というものがありまして、十六文(もん)で商っております。一六文だから二八とかうどん粉が二分でそば粉が八分だからとか、諸説あります。そんなこたぁどうでもいいんで、旨きゃいいなんて乱暴な人までいる。今はそばやといいますと大変立派な建物やデパ地下に入っていたり、・・・もちろんそうでないのもありますが、当時はほとんど屋台でした。今でいう「江戸の三大グルメ・寿司、てんぷら・そば」はみんなこの屋台発祥です。
だから、変に気取った、すし屋やてんぷら屋なんか見るとつい「お高くとまるんじゃないよ、この唐変木が・・・」などと言いたくなってしまいます。
ある男がそば屋でそばを食います。
割り箸を褒め、どんぶりを褒め、汁を褒め、そばを褒め、ちくわを褒め、……そのあげく、勘定の途中に時間を聞き、勘定をごまかしてしまう。
こんな具合・・・。
「いいかい、それ……ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、ななつ、やっつ、何どきだい?」 「へえ、九刻(ここのつ)で」 「とお、十一、十二、十三、十四、十五、十六だ。あばよ」
これを聞いていたのが落語の世界では、おなじみの世の中をついでで生きているようなボーっとした男。本家の時そばでは一刻早い四つに出かけたもので、かえって損をしてしまいますが、皆知っている話をここに載せてもしようがない。今度のそば屋は武家上がりです。
そのあくる日、よせばいいのに、こまかいのを用意してそば屋を呼びとめました。
「ごめんよ」
「何か用か?」
「あれ?ずいぶん威張ったそばやだな。そばひとつくんねぇ」
「何だ、客か?花まきにしっぽく、どちらがいいか申せ」
「うへっ、さむれぇ?武士をたばかるとはただではすまんぞ。手討ちにいたすなんてえことになったら、どうしよう。これが本当の手打ちそばなんて、いやだなぁ、ま、相手は荷物があるしおいら足には自信があるんで、そうなったら金払わねぇでさっさと逃げちまおう。」ひどいやつがあるもんで、変に度胸を決めます。
「何をごちゃごちゃ言っておる?」
「そばやさん、おさむれぇさんですかい?」
「さよう、仕官しておったが倅に家督を譲って隠居の身じゃ。」
「へぇ・・・蕎麦屋は長いんで?」
「うむ、今日で二日目じゃが安心せい、わが殿直伝のそばじゃ。」
「え?そばの殿様ですかい?するってぇと蕎麦の家来?何だか怪しくなってきた。大丈夫かなぁ・・・じゃ、しっぽくをひとつこしらえておくんなさい……」
「あいわかった。しばし待て。」
「できたぞ、食せ!……」
「へぇ・・・いただきます・・・なんだか調子がおかしいなぁ…だんな、割り箸をつかってますね。うれしいねえ。」
「待て!男子たるもの、ものを食うときにべらべら喋るでない。黙って食え!つべこべぬかすとただでは済まんぞ。」
「困ったねぇ・・・そばを食うのも命がけって・・・」
「何だ?」
「いえ・・・黙って食います。」
別に普通に食えば命がけでもなんでもないんですが・・・。
「だんな、おいくらで?」
「愚なことを申すな。そばの値は十六文と決まっておる」
「すみません、細けぇんで手をだしておくんなさい。勘定しておわたししますんで……だんな、行きますよ」
「おう、まいれ!」
「剣術の稽古みたいだね……ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、ななつ、やっつ、いまなんどきで?」
「さよう、亥の刻じゃ」
「・・・・・・」
時そば 大弥次郎 @ooya-jirou
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