第4話

「ゲーム……?」

「そうゲーム。時間が惜しいからルールは一度しか言わないよ。

一つ、学校の敷地から出てはいけない。

二つ、外部からの手助けは3回まで。

三つ、私が結夢ちゃんに触れたらそっちの負け。時間いっぱい逃げ切ったら結夢ちゃんの勝ち。

四つ、私は妖怪だから妖術で結夢ちゃんが逃げるのを阻止する。その代わり、結夢ちゃんには一人だけ一緒に逃げる人を選ぶ権利が与えられる。

五つ、一緒に逃げる人は必ずしも人間でなくても良しとする。

この五つ以外は自由。何でもOKだよ」

「要するに……鬼ごっこ?」


天梨はこくりと頷いて微笑んだ。


「そう。しかも私が凄い有利な。だって私の妖術は……」


指揮者の如く腕を振りかざし、天梨は結夢にささやいた。


「複数の物質を操る【傀儡かいらい術】だもん」

『gGG……』

『おggガァァ……』


不気味なうめき声を挙げるのは生徒だろうか、廊下へ出て来ている様である。


「……で、決まった?ヘルプの人」

「……連絡手段のスマホ、使っても」

「駄目。さっきもう使ったでしょ?きっと来てくれるよ。もし結夢ちゃんの事、本気で心配してくれる人なら、だけど」

『本気で心配してるその人が来たよ!!』


誰!?とお約束のセリフを吐いて天梨が叫んだ視線の先、個室の外すぐの窓から、その声は聞こえてきた。結夢にも聞き馴染みのある、とてもハツラツとした声だ。


「この妖気……まさか」

「ふぅん、会って5秒も経ってないのにもうバレちゃうかぁ。そう、私は竜の一族」


ここからじゃ直接は見えないはずの束ねられた長い黒髪が、窓から床に降りる瞬間ゆらりと風をはらむのが見えた気がした。


「【新澤探偵事務所】受付、宇壌螭子よ」

「まさか……あの宇壌家の生き残り!?」

「ゲームは好きだけど、貴女のはゲームとは呼べないなぁ。残念だけど、中止だかんね」


螭子はどうやら天梨をお手洗いの入口の方へと追い込んで廊下まで出て行ったらしい。

少しして結夢が個室から出た途端、廊下で激しい衝突音がしたので廊下を覗くと、螭子は退魔たいま用と思しき御札おふだを、天梨は人魂ひとだまに見える火球を互いに投げ合って戦闘していた。

コンクリート製であるはずの床は所々焼け焦げ、壁や天井には深くえぐられたと思われる傷がおびただしい数付いていた。

ところが当の本人達には傷一つ付いていない。螭子が何故か着ているこの高校の制服に至ってはシワ一つすらない。戦闘などした事のない結夢でさえ、すそが少しヨレていると言うのに。


「結夢ちゃん!とりま屋上まで行って!!」

「ありがとう螭子さん!!」

「逃がさないっっ!」


天梨が煙幕の様なものを廊下中に撒き散らした。その本質にすぐさま気が付いた螭子は結夢へ叫んだ。


「結夢ちゃんマジで逃げて!!!」

「えっ────?」


だが、その叫声は少し遅かった。天梨の煙幕──高濃度の瘴気──はあっという間、否『あっ』とも言わぬ間に結夢の全身を包み込んだ。

丈夫な人間でもまともに吸ってしまえば発狂するそれを、ただの女子高校生が吸えばどうなってしまうのか。螭子には想像に難くなかった。

諦観から結夢に背を向けた螭子を天梨は勝気に嘲笑った。


「ゲームを中止する?実行出来ない発言はしない方が身の為よ、死に損ないの蛇さん」


結夢を護れなかった。

重責に耐え切れず自責のループに陥った彼女に、そんな嘲笑は聞こえなかった。

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