第9話

昏先は地獄を去った後、地上へ出て一路東京へ帰路をとっていた。


「聞いた話が本当ならまずいな……」


地獄で昏先が聞いた話は以下の通りである。


『飢者髑髏は復活して地上へ逃走した』

『京都や大阪は【陽の気】が多すぎて、彼が行くにはあまりに酷過ぎる環境である』

『即ち、地上へ妖怪が逃げるなら北東?』

『恐らく東京でひと暴れはするだろうけど』


東京…………日本の首都たる街だ、何としても護らねばならないと昏先は思った。


東京の警視庁本部には対妖怪の部隊がない。

止められる警官と言えば……自分くらいのものだと責任を感じていた。




「飢者髑髏は思念の集合体みたいな妖怪。だからボクが思うに、アイツはまだ本体が復活できてないんじゃないかな」


本当にそうだろうか?奴は犯罪者だぞ??

だが何も確証がない今、唯一の証言を前にして動かない訳にはいかなかった。


「本体?という事は奴にはスペアの身体でもあるって言うのか」

「言ったじゃん、奴は思念の塊みたいなの、って。凝固してるなら解体すれば良い」


そうすれば、いくらでもスペアに出来るよ?


猩野の表現には狂気しか無かったが、凶悪犯の視点というのはそういうものなのだろう。

一生分かり得るはずもないだろう感覚を、昏先はホルモンでも食べる様に何度となく反芻し続けた。

そうして飲み下せないまま、胸中の『モヤモヤ』を溜め込んでいくのだった。




その頃結夢。

彼女は探偵事務所から出て、路地裏の片隅でイチャイチャしている猫のカップルを見ながら、表通りの自販機で買った缶ジュースを飲んでいた。酷く酸っぱいそれのラベルには、

『この酸味、破滅級。未体験の刺激を君に。

Super ZZ 濃縮青リンゴ風味』

とか何とか書かれているが、青リンゴの甘酸っぱい風味はどこへやら、といった感じだった。


彼女がふと空を見上げる。

雲が掛かって空がかげり、少しばかり暗くなったからである。

そしてその空の上、鳥と呼ぶには少し大きすぎる様な影が東京方面へ飛び去るのが見えた。


「昏先さん…………?」


そう、それは昏先。結夢の目にはスーツが見えたのだ。

表情こそ見えなかったが、ひどく焦った様子で東京へと急いでいる様であった。


「どうしたんだろ……?」


そのわずか数分後、東京はおろか日本の存亡が危ぶまれる危機が訪れようとは、この時の結夢は知りようもなかった。




同時、新橋・SL広場。

昼休みを利用してサラリーマン達のいこうこの場所に、単身ボロ布を羽織ったみすぼらしい格好の男がいた。

髭も髪も伸びっぱなし、お世辞を挟んでも汚らしい男である。


何か袋を抱えてニヤニヤする男に、サラリーマン達は警戒して少し距離を取っていた。


と、少し強い風が吹いた。

男は抱えていた袋を落とし、周りはその中身に恐怖の叫びを挙げた。

すべて人骨だった。しかも見た所、少し肉がこびり付いた肋骨なのである。


ザワザワと騒ぎが大きくなり、サラリーマン達は方々に散って逃げ惑い始めた。

その中、真っ直ぐ男の方へ歩むスーツ姿が。


「!!」

「お前が飢者髑髏だな。地獄から逮捕状が出てるぞ」

「アンタ何者だ?人間じゃねぇだろ」

「天狗のお巡りさん、とでも言っておこう」

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