第8話

ふと目が覚めると、冷え切った牢獄の煤けた壁が目に付く。

彼女は寝ぼけ眼を擦って、看守の来るのを簡易ベッドの上にうずくまって待っていた。


そこは地獄。世界で唯一の亡者専用監獄であり、世界最高の収容数を誇る大監獄だ。


美味しそうな焼肉の匂いかと思えば、それは罪人がべられた業火の臭い。

だが彼女にはそれはどんな芳香よりも芳しく甘美なものであった。


「受刑者、うしとらの48,4881番。面会だ」

「はぁい」


彼女はベッドから出て何百年振りに檻の外へ足を踏み出した。

焼けた土の感触が快感をもたらす。


「ねえねえ看守さん。今日面会に来てくれたのはどこのだぁれ?」

「日本の警察だな。名前は……」

「昏先蒼羽。だよね看守さん?」


ニコニコして彼女は地獄の焦土を踏みしめる。その足取りは心做こころなしか軽かった。




数十分前。警察署で環河の取り調べをしていた昏先だったが、供述の中に不審に思う点のあった彼は聴取を後輩に任せると地獄まで足を伸ばす事にしたのだった。


「……あぁ、蒼羽くんだ!久し振りだね!」

「気安く呼ぶな、脱獄魔」

「やだなぁ人聞きの悪い。ここ数百年、ボクはここから出てないよ?」

「無間地獄に捕らえておいたアイツを逃がしたのはお前だ。違うか?」


無間地獄とは地獄の最下層で、この監獄の中で最も極悪な犯罪者の収容される区画だ。

そんなところに軽々侵入し誰かを連れて外へ脱出出来る犯罪者を、昏先は彼女の他に知らなかったのだった。


「……だってボク、あの子に一度貸しを作ってたからね。そのお返しだったの」

「罪を重ねるだけ重ねて。そんなに処刑されたいのか?」

「前科が多すぎて裁けないのも知ってるクセに。蒼羽くんったらドSだねぇ」


彼女はやはりニコニコしたままだ。昏先は徐々に苛立ちを覚え始める。


「お前はやはり精神がおかしいな」

「そんな異常者の所に来て、お堅い話でもするつもりの君はどうなんだろうね?」


『我、汝を論破せしめり』とでも言いたげにニコニコして彼女は足をパタパタさせる。


「まともじゃない奴には、まともじゃない話しか持ち込まないさ。

……飢者髑髏ガシャドクロの所在を吐け」




時を同じくして日本。

結夢は皇酉に単刀直入に問うた。


「皇酉さん。探偵さん……化猫さんの過去を教えて下さい」

「大胆だね。そういう娘は嫌いじゃない。

だがすまないね。私の口からは言えない」

「何故です。私が人間だからですか」

「違うな。兎も角今は言えん」


皇酉はそう言うと、また探偵さんの方へ戻って談笑し始めた。

結夢の心はモヤモヤを濃くしていくばかりである。

いずれ真相は分かるのだろうか。

その事ばかりが彼女の脳内を占めていたのだった。

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