第6話

あばら骨消失死体の被害者は増えていた。

環河が逮捕され拘留されている間も、あばら骨と命は一つ二つと盗まれていたのだ。


警察署にて、昏先は環河の禿頭ハゲあたまを眩しそうにしながら、しかし至って淡々と詰問していた。


「また被害者が増えた」

「けけっ、そりゃあ福音ふくいんだな」

巫山戯ふざけるのもいい加減にしろ。この犯罪を誰と共謀した?」

「守秘義務は破れねェなァ?大事な顧客の情報は守らなきゃいけねェし」

「法律も破るな阿呆アホが。そんなに人が憎いのか?お前達河童は本来、人と親しいはず」


昏先の問いに、環河はケタケタ嗤う。


「何が可笑しい?」

「いや、本当に何も事情を知らねェのな。

思わずそれに笑っちまった!!」


よほど昏先が無知なのか、環河の笑いが収まる気配はない。


「拷問とまではいかないが……聴取の為なら、妖怪相手に少しキツめの術を行使する事が許可されている。

どうだ、天狗の風に乗せて附子ぶすでも浴びてみるか?」

「良いぜ、いくらでも浴びてやるよ。俺に毒は効かねぇからなァ」


昏先は手帳を見返しハッとする。

環河が過去に盗んだものの中に、とんでもない代物があったのが目に入ったからだった。


「『鳳凰の羽』……!?お前まさか!」

「あぁそうだよ。俺ァ不死身さ。せっかくの拷問が無意味で残念だったな鳥頭バカ


環河はケタケタ笑った。昏先はその笑みに苛立ちを覚えたが、かえってそれが活路への道標となり、口の端を悦に歪ませた。


「…………司法取引と行こうか。人間の法じゃあ禁止だが、生憎俺もお前も妖怪だ。

いざとなりゃ違反も厭わない、だろう?」




翌日、結夢はいつも以上にキッチリと制服を着こなしていた。登校である。

昨日サボってしまったが、今日こそは絶対休まない、と心に誓っていた。


朝のニュースでそれを見るまでは、だが。


『昨夜未明、〇〇市にて同市第二高校の生徒と見られる少女の死体が発見されました。

死体に目立った外傷は無いものの肋骨を抜かれた状態であり、警察は同市で起こっている【連続肋骨消失死体事件】の一つとして捜査を進めています……』


肋骨。それを聞いただけで結夢の興味は高校から事件へ移っていた。

嗚呼母様ごめんなさい、私高校卒業危ないかも知れない……。

心裡でそう思いながらも、彼女の足は自ずと探偵事務所へ向かっていた。

探偵さんとの約束も破り、いよいよ社会への競走から足を踏み外した実感があった。が、結夢の意識はとうに覚悟を固めていたのだった。

彼女の瞳はハシバミ色だったが、その時ばかりはほの暗い闇を帯びて見えた。




「…………」

その様子を陰から見ていて、内心がっかりしていた人物が一人いた。

結夢の母・夢乃ゆのである。


「あの子ってば、学校二日もサボるつもりなの……?何故なのかしら、そんな子じゃないはずなのに」


勇気を振り絞り、極度の人見知りである夢乃はこっそり、結夢の後を着けてみる事にした。




結夢はまさか母親が尾行しているとも知らず、いつも通り路地裏へ足を運んだ。

夢乃はそこでふと不安に駆られる。


(あの子あんな細道に…………)

(何があるのかしら)

(まさかカツアゲ、なんて事は……!?)


夢乃はその不安をどこへやれば良いかも分からず、探偵事務所へ入ろうとドアノブに手を掛けた結夢を呼び止めてしまったのだった。


「母様!?」

「白状なさい。その建物の中に何があるの」

「ここは探偵事務所よ、この間の」


夢乃は勝手に想像を膨らまし、カツアゲ……或いはぼったくりと言っても良いかも知れない……の被害に結夢が遭っているのではないかと思い込んだ。

そして夢乃はろくに事情を聞く事もせず、探偵事務所へ乗り込んで行ったのだ。


「うちの娘にたかるのは止めて下さいます!?貴方達のせいで娘は、結夢は不真面目な子になってしまったんですよ!?」

「奥様、それは誤解です」


珍しく新澤くんが敬語で対応している。


「娘さんに事情をお聞きになりましたか?」

「聞かなくたって分かるわ。娘だもの」

「ではお伺いします。あなたの娘さんの将来の夢は?」

「…………まさか、あれだけ言ったのにイラストレーターにでもなるつもりなの」


夢乃が結夢を睨む。だが結夢はその鋭い視線に正面を切って告げた。


「その夢は諦めたよ。四年も前に」

「じゃあ何、お祖母ちゃんと同じ警官?」

「体力無いから無理だよ」


夢乃は結局、結夢の夢を答えられなかった。


「あのね母様。私探偵になりたいの。

困ってる人の支えになるって意味でなら、お祖母様とか母様と同じだよ」

「違うわ。探偵と警察は」


夢乃はしかし一向に結夢の将来を否定した。

それほどまでに探偵が嫌いなのだろうか。


「特にこの人……人、なのかしら?探偵さんに絡むのは止めなさい。貴女の将来を棒に振るハメになるわよ」

「そう仕向けたのは母様でしょ!?

私に何でも強制しないで、私は母様の着せ替え人形じゃないのよ!!」


結夢はとうとう激上して叫んだ。

これには探偵も驚嘆する。


「……もう衣繍の苗字を名乗らないで頂戴」


夢乃はボソッと結夢に言うと、早足に事務所を立ち去った。


事実上の勘当だった。

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