第5話

探偵は隣町まで出向いて、商店街の路地裏に入った。

彼はそこに置いてあった段ボールをコソコソと開く。すると中には大量の注射器、液体状の何かが詰め込まれていた。

探偵は変化を解き猫の姿に戻ると、その注射器を器用に咥えて、自らの胸元に突き刺した。


「……いい加減、見つけなきゃな……」


探偵は独り言を呟いた。

それを聞いた者はゴミ箱を漁るカラス位である。


再び人の姿に化け、探偵は段ボールを丁寧に閉じ物陰に隠した。


彼の顔には、確実な焦りがあった。




結夢はその日の登校を早々に諦め、午後もまた探偵事務所へ赴く事にした。

ところが言ってみれば、そこに探偵はおらず珍しく螭子一人だけなのである。


「どったの結夢ちゃん」

「探偵さんは?」

「あー……私起きた時にはもういなかった」


ダメか。

結夢は踵を返して湊の家にでも行こうか、と考えたその時、丁度探偵さんが帰ってきた。


「やぁ結夢。学校はどうしたんだい?」

「ストライキ。それともサボタージュかな?どっちでもいいか。欠席しました」

「学校はしっかり通うべきだよ。私は行けなかったから勉強出来るのは羨ましいな」


勉強出来るのが羨ましい……?

結夢にはどうもその感覚は分からなかった。


「……そういえば結夢、将来に夢はあるかい?なりたい職業とか」


突然の質問に、結夢は言葉を詰まらせる。

将来の事を、この期に及んで考えていなかったのだ。


「突然言われてどうこう、って問題でもないんじゃない?探偵さんシビア〜」


螭子はそう言ったが、結夢としてはそれがシビアでもなんでもない事も承知だった。

現実問題、結夢は何日か前担任に『いい加減進路を決めなさい』と叱責を食らったのである。

焦りが無い訳では無かったが、いざこういう時に言える夢を持っていなかったのだった。


「もし無いのなら……ここで働かないか」

「え…………?」


一瞬探偵さんが何を言ったのか、何を言いたかったのか分からなかった。

それほどに彼の言葉は唐突で、かつ結夢には鮮明過ぎるほど簡潔だった。


「あまり給料は良くないし、危険な事件も取り扱う、善良とは程遠い職場だが……」

「働きたいです!この探偵事務所で!!」


結夢の口は、彼女の脳が考えるより早く動いた。心から働きたいと思った結果がそれである。


「……そうか。それじゃあ改めて。

ようこそ、新澤探偵事務所へ、結夢」

「あーっ!それオレの台詞っスよ!!」


新澤さんも帰ってきた。これから楽しくなりそうだ。

窓の外では秋の終わりを告げるように、ふわりふわりと雪が降り始めていた……。

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