第4話

探偵は事務所から人の姿で出て来て、鼻をかゆそうにしながら表通りへ出た。

そして近くのタクシーを呼び寄せると、『隣町の商店街まで』と言って、送迎を頼むのであった。


タクシー内、探偵はずっとコートのえりで顔の輪郭を隠す様にして、一言もしゃべらずに、後部座席の左側に自分、右側に少し大きな手提げカバンを置いて車に乗っていた。


時折運転手が話し掛けると気さくに笑顔を見せていたが、少しするとやはり黙って、何かを深く考えている様に見えた。

窓の外、隣町が近付くに連れて背伸びするビルの群れを流し目で見ながら、探偵は隣町まで数キロの距離を移動する。

決して安くはない料金を現金でさっと払うと、軽く会釈してタクシーを降りた。




その頃昏先は、助手席に河童の環河、後部座席に結夢と湊を座らせて警察署へ移動していた。


「嬢ちゃん達も何かやったのかァ?」

「ただの事情聴取だ、お前とは違う」

「……気になったんだろ?例の死体が」


環河に言われる直前、様な感覚に陥った。

そうして彼はニヤニヤしている。

結夢は堪えられず、環河に問うた。


「『読心』出来るんですか」

「……どうしてそう思う?」

「私の心臓、握られた感じがしたので。心読みましたよね?デリカシー無さすぎですよ」

「けっ、横文字で話すんじゃねェやい。

俺ァ外来語がでぇ嫌いなんだよ」


結夢は口元に苛立ちをにじませながら、しかし落ち着いた口調で問うた。


「……さとり、という妖怪を知ってますか」

「妖怪で知らねェ奴ァいねェよ。……嬢ちゃんよォ、お前さんあんまり知りたがりだと、追々命懸ける事になんぜ?」


表情からするに、さとりは随分と人柄?の良い妖怪だったらしい。

彼の目には確かに、懐古の色が見えた。

かつてのい記憶を慈しむ様に、殺人犯の顔は一時、ただの心優しい妖怪に戻っていた。

ところが回想から帰還した彼の顔はやはり、数多あまた命を刈り取った殺人鬼マーダーのそれであった。


「好奇心を持つなとは言わねェ。だがな嬢ちゃん、これは覚えといて損はねェぜ。

『七不思議は最後まで知ってる奴はいない』

……さとりの件は、その七つ目だ」


誰も彼女を知らない?

誰もが知っている様な口振りだったのに。


環河の含みのある言い草に、結夢はますますさとりへの興味を膨らませていた。


と、話している間にパトカーは警察署に到着した。まず昏先は環河を降ろし、他の警官に連行させると、結夢達に向けて言った。


「もう一度だけ聞くが……お前達はあそこで何をしてたんだ?」

「私が悪いんです」


湊が口を開いた。


「私が結夢を誘ったんです。例の事件の現場を見に行かないか、って……。

勝手に入るのは厳禁だって知ってたのに、結夢まで巻き込んでこんな事して…………。

本当にすいませんでした」

「……これに懲りたら真面目に学校行けよ」


パトカーが元来た方へきびすを返す。


「反省に免じて今回は許す。無断侵入の件に関しては手帳にも書いてないし、お前達を送ったら俺の鳥頭はこの件を忘れるだろうよ」


その瞬間、結夢の隣で息を詰まらせて紅潮する湊の姿があった。どうしたのだろう。


帰りの道中、湊は終始黙ったままで、路地裏で下車した後も少しの間口を聞かなかった。


「……ねぇ湊。一体どうしたの?熱?」

「…………良い」

「え?」

「あの昏先って警官どちゃクソ格好良い!!

どうしよう私ハルヤの事もミツヒサの事も裏切れない!!あぁ乙女の純情!」


何を言っているのかサッパリだったが、とりあえず面倒な事が一つ増えたのは確かだ。

湊は、昏先に恋してしまったのである。

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