第3話
パトカーに乗るなどもちろん生まれて初めてだからか、結夢はかなり緊張していた。
対して湊はと言えば、見慣れぬパトカーの車内に興奮気味で、周りをキョロキョロと舐める様に見回していた。
「ちゃんと座んなよ湊。危ない」
「いーじゃん別に。どーせ警察署行くんでしょ」
「そういう問題じゃないでしょ。急ブレーキとか掛けた時に危ない、って言ってんの」
かく言う結夢も、シートベルトを締めた途端緊張がピークに達していた。
「……そろそろ出発するぞ。道路交通法遵守で行かせて貰う」
時速にして約50キロ。車間距離も適正、ガチガチの運転である。
「……昏先さん、大丈夫です?」
「何がだ?至極普通の運転だろうに」
……いや、後続車両がめっちゃ詰まってるんですが。ルールは完璧に守れているが、その代わりもう一つの何かが疎かになっちゃいないか?
「うわあめっちゃ渋滞してんじゃん!
ねぇねぇお巡りさん、後ろ渋滞してる!!」
湊は相変わらず騒がしい。しかもちゃっかりシートベルト外してるし。
昏先は眉間に怒りの色を露わにして、アクセルを踏む右脚がプルプル震え出した。
相当背後の渋滞が気に食わないようだ。
「車間距離カツカツ過ぎんだろうが……!!
スピードも法定速度外、交差点毎の目視確認もなし、何故だ、何故なんだ……!!!」
何故か無性に、結夢はこの警官に対して腹が立ち始めた。そしてその怒りのまま、彼女は彼にその感情を言葉に乗せてぶつけた。
「あの……いい加減にしてくれませんか。
ルールも確かに大事ですけど、マナーっていうのも大事ですよね?
人に迷惑掛けておきながら自分は警察だから悪くない、ってそりゃないでしょう?」
「五月蝿い、俺は警察だぞ?」
「権力をひけらかすのは犯罪じゃなくて?
暴挙も甚だしいですよ」
「何だと……!!」
いよいよ昏先の怒りが爆発するかと思われたその時、無線が良くない知らせを告げた。
『A市〇〇町にて傷害事件発生!現在犯人は〇〇町内を東、✕✕町方面へ逃亡中。
巡回中の警官は至急現場へ向かって下さい』
「……こんな時に……。
結夢、湊、ここで降りろ。事情聴取はまた今度だ」
「ここがどこかも分からないのに!?」
「そうですよ昏先さん。ここで降ろすくらいなら連れてって下さいよ」
少し考えて、昏先は『分かった』と言った。
「ただし、勝手に車から降りるなよ。見つけたら即、重要参考人として強制連行だから」
昏先はそう言うとハンドルを切った。
向かうは東、隣町との境だ。
その数分後、犯人は逮捕された。
頭をまるっと刈り上げた、人相も顔色も悪い男だった。
「お前……名前は
どうやら昏先はこの男を知っている様であった。
「コイツは前科3犯、正真正銘の殺人犯さ」
「3だァ?笑わせんな、13だよ」
舌舐めずりすると男は、結夢を見て言う。
「可愛い嬢ちゃんだなァ?どうだ、俺にその細っこそうなアバラをおくれよ?なァ??」
その言葉だけで背筋がゾッとする。
この男は私を……他の人間を、そんな風にしか見ていないのだ。
そう思うだけで、この男の気味悪さが一層増した様に感じられた。
「……お前、今回は誰だ?」
昏先が突然、環河と結夢の間を塞ぐ様に立って彼に問うた。
「何の話だァ?」
「今回の依頼主だよ馬鹿。お前さん、毎度雇われて人殺ってるだろうが」
「けけけ、やっぱポリスメンは違うねェ。
……そう、今回も傭兵家業さ」
殺人の委託先は傭兵ではないだろう。
結夢は口にするのも恐ろしくて言わなかったがそう思った。
「答えろ。誰に雇われた?」
「……ここまでか。しゃあなし、教えてやんよ。今回はかの大妖怪様さ」
「大妖怪……?」
「聞いて驚け。あの『
河童の俺としちゃあ、またとない
鵺。
その単語が耳に入り込んだ瞬間、えも言われぬ悪寒が結夢の背中を這い回った。
素性も良く知らぬその名前に、ただ
「鵺……奴は地獄にいるはずだぞ」
昏先が言った矢先、環河はケタケタ笑って罵倒するかの如く言った。
「どうやら警察官生活が長すぎたみてェだな天狗さんよォ。
鵺様は脱獄したんだぜェ!?たった一人で、あの地獄から!!」
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